爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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仮の包装(6)

2016年12月29日 | 仮の包装
仮の包装(6)

 約束事で一日の進行が成り立っていく。もちろん、前からそうだった。起床して、顔を洗って定期で駅の改札を通過する。そして、職場のそばの駅でまた通過する。帰りは反対をする。一週間が一か月になり、一年になる。

 ぼくは掃除をして、午後の三時頃には魚をもらいにいく。ここの死んだ主も、もともとは漁師だったようで親友ともいえる間柄だ。娘がひとりいて、自転車に乗ったセーラー服姿をちょくちょく目にするようになる。海の男の娘としては色白だ。健康そうな笑顔。ぼくは会釈をする。急にあらわれた風来坊。

 慢性的な人手不足で決まった休みはないが、そもそもお客の予約がなければそのまま休みとなった。ぼくは本をもって海辺に行く。カモメが飛んでいる。

 しばらくすると前の仕事はクビになった。私物もそのまま処分されたらしい。同僚に電話をかけておおよそのことを聞いた。迷惑がかかっているのだろうが、それほど厭な応対もされなかった。いずれ、ぼくのことを忘れるだろう。ぼくも忘れてしまうのだから。

 用事を片付けていくつか店が並んでいるところまで歩く。ここですべてのものを仕入れる。ないものは数日、待つ。ケーキ屋もある。品揃えが悪いが、どうしてもおいしいものが食べたければ、どこか別のところに行くのだろう。興味もないので素通りすると、店内から声をかけられる。ぼくは、自分ではないだろうと思いながらも、そちらを向く。

「こんにちは」

 若い女性がいる。直ぐに誰かわからないが、その年代の知り合いはひとりしかいない。漁師の娘だ。
「ここで、バイトしているんだ?」
「そうです。こう見えてもおいしいんですよ」
「そう」
「好きじゃない?」
「あんまりね」
「どこ行くんですか?」
「今日も、お客さんがいないので、ペンキでも買いに行こうかと」
「退屈そうですね?」

「そうでもないよ」ぼくはペンキの缶をながめている。ひとから退屈といわれれば、そのような気もしてくる。車も自転車もない。徒歩圏内で用が済むのだから不満もない。音楽のライブや映画も見ていない。多少の本が壁に積まれる。売るための古本屋もなかった。

 予約の電話が入る。釣りもしたいそうだ。以前はここの主人が船を出していたらしい。いまは頼みに行く。その用をぼくは任される。

 民宿を出るとケーキ屋が閉店の準備をしている。するとお土産なのか小さな箱をもった女性がシャッターをくぐりぬける。こちらに気付くと、かすかに微笑む。行き先は同じである。若い女性と会話もめったになく、やはり、それは退屈と定義して間違いのないものだろう。

コメント
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