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物語の連鎖
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メカニズム(18)

2016年08月21日 | メカニズム
メカニズム(18)

 魚は骨があってこそ魚であった。ぼくが作っているのは、単なる軟体動物である。もしくは、価値のない夏祭りの夜店の金魚のようなものだ。骨格がない。そして、歯応えなども誰も求めていない。ひとりの女性の眠気覚ましのようなものだ。あるいは反対に入眠の儀式の道具。

 最初は頼まれたものでも、のちのち真剣に行えば天職という高みにまで達するだろうか。しかし、つなぎの仕事であることは自分がよく知っていた。そもそも、仕事とも呼べない。高尚なる暇つぶし。

 鍵盤を八十八の数だけ左右に並べる。お金はいちばん左端でいい。気にも留めない風に。そのなかにピカソもあって、ライカのカメラもある。カフカがあって、ルイ・アームストロングもいる。お金にならないものこそ品の良い音がする。しかし、品性をなくした酔っ払いとの接客によって、段階を経るが、それがぼくの生活費のもととなった。原材料。それでも、ぼくは自分の人生をきれいに奏でたい。

 骨がない物語の糸口を探す。ギャンブルに夢中になるひとの話はどうだろう。はじめのうちは幸福の何たるかも知らないのに数回は勝つ。負けてこそ、血が逆上して入れあげる理由が生じる。最後にすってんてんになり身ぐるみをはがされる。無一文になり起死回生の勝負に出る。そういう情熱も意欲もない自分は机上だけのやりとりで信憑性に欠けてしまう。

 骨がない。つまりは経験がない。ぼくは自分の鍵盤を空想のなかで眺める。半分ぐらいは、もしくはそのまた半分ぐらいは汚れたものがあった方がリアルになるのかもしれない。すると、家のチャイムが急になって驚いた。どんな使者が訪れたのだろう? 殺し屋か? 恫喝されるのか。

 新聞の勧誘員だった。洗剤を見せられる。ひとみにはお気に入りがあって、それ以外は試すこともできない。ぼくはその馬鹿げた理由を言うつもりもない。厭な顔を置き土産に戸を閉じた。断るのも仕事であり、断られるのも仕事であった。もっと神秘的でガッツのある鍵盤を望んでいた。


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