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メカニズム(20)

2016年08月29日 | メカニズム
メカニズム(20)

「今日、なんの日か覚えてる?」ぼくは地獄に通じる質問をされる。もちろん、覚えていない。今日は、明日と昨日の中間にあるだけだ。
「さあ」
「やっぱり」

 無言というのも、また地獄の一面だった。男は黙って、というコマーシャルを思い出している。ウディ・アレンの世界観と正反対にあるもの。
「それで?」腹をくくる。
「なんにもないよ」

「なんだ」安堵する。そして、カレンダーを眺める。生まれた日を境に大人になるわけではない。大きな経験が節目となって大人に変える。伏し目がちで。だが、ほんとうに今日はなにもない日なのか? 試験に不合格なのではないか。ぼくはぼんやりと考える。頭のなかでひとみと会ってからのあれこれを思い浮かべている。最初のデート。最初のあれこれ。数回目のあれこれ。最後のあれこれ。なかなか最後を判断するのはむずかしい。ぼくらは継続中の関係なのだ。

 継続というのは、あやふやで、ふわふわして、特別な楽しみがあった。新聞記者も手を出せない途中という段階。歴史家のわずらわしい手も入らない。ただ当事者だけが存在する。

「休みだから、どこかでご飯でも食べる?」
「いいね」
「なにがいい?」
「寿司、焼き肉、ハンバーグ、カレー」
「もっと、いいものにしましょう。たまには」

 やばい。やはり、何かの記念日なのか? オレは試されるという過程の正式な当事者なのか。
「どこか探そうか?」
「ほんとうは、もう予約してあるんだ」

 決定的である。ぼくはトイレにいったん避難する。もしくは非難される準備を整える。ことばの魔術師は、ダジャレしか思いつかない。それから、シャワーを浴びて久々にひげを剃る。つるりとした肌にローションを塗る。できあがりだ。しかし、記念日を思い出せない。まったくの空白だ。オレの脳は砂漠であり、卵のいないカマキリの卵であった。

「おめかし」とひとみはぼくの服装をからかった。まだ、笑顔がある。いつか怒りに変化するかもしれない。予兆はおびえとなってつながる。安心感を得たい。そして、与えたい。ふたり連れ立って燻される前の外に出る。夜は若かった。ぼくは誰かの模倣にしか過ぎない。

「ほんとうは、明日なの。なんの日か覚えてる?」

 ぼくの記憶には、タイガースの三連続バックスクリーンしかない。そんな日でもない。夜の空気は苦かった。さんまのはらわた並みに苦かった。

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