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メカニズム(22)

2016年09月04日 | メカニズム
メカニズム(22)

 会話が減る。肉体の交渉も減る。不満が増える。愛の供給量が減る。

 愛は枯渇するが、どこかに潤沢にある。湧き上がるのを待っている。最初のドキドキが成長して大人になる。きっかけが必要だ。

 交際前の自分の水増し分をなつかしむ。ひげをきちんと剃り、服にはアイロンがかかっている。いまは、いつひげを剃っても自由であり、よれよれの部屋着を着ている時間が多い。居心地の良いことを最重要視して、性欲を殺す。いや、削減する。予算も潤沢にあった。動画を見る。日本のすべての女性が一度ずつ、映像に撮られているような錯覚をもつ。反面、似通った男性ばかりが背中を撮られていた。打率。振り逃げ。

「ノートも半分を過ぎたね。ラスト・スパート」

 この面では、持続を強要された。自分勝手は許されない。相手の満足を。
「次は?」
「それは自分で決めて」

 と言われても、最近のぼくには決定という条項もスイッチもない。ただ、罪悪感なのか、わずかばかりの高揚感のためなのか、ひとみに読み物を提供している。彼女は幼き頃、眠る前に物語を読んできかせるというスイートな親を有していた。ひとは甘美な記憶のぬくもりからなかなか抜け切れないものだ。

 彼女は出掛ける。ぼくは汚れが目立ち始めたノートを開く。コーヒーのしみがあった。そのしみに具体的な物体を何かの試験のように当てはめてみる。蝶々。かたつむり。金魚。ぼくもまた過去の記憶の異物だ。

 金魚を飼っていた自分。そのような物語を探す。浴衣姿の女性が登場する。ひとは同年代しか意識しない。子どもが接する大人は、先生か医者か床屋さんぐらいだ。子どもぎらいの床屋さんも困ったことになる。ぼくは髪を切られる前に待ちながら漫画も読まずに水槽を眺めている。優雅な尾びれ。子孫というものを想像できない孤独さ。すると、順番になって呼ばれる。ぼくは男前になる。簡単に。

 ひとみの浴衣姿を思い出す。首というのは魅力的なものだ。髪と汗。それを加えても優雅さは目減りしない。

 ノルマを達成してビールを開ける。ぼくもきれいな女性のとなりで快活に酔ってみたかった。しかし、テレビでアイドルのふわふわした音程の歌を聴き、静かに杯を重ねる。等身大の甘さ。

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