最後の火花 98
わたしは世界一の器量をもっているわけでもなく、世界一の親切さも身に着けていない。しかし、少なくてもふたりの男性には愛された。これも深くさぐれば勘違いで、ほんとうはたったのひとりかもしれない。ひとりには必要とされただけで。でも、これで充分だった。ジャンヌ・ダルクでもなく、マリー・アントワネットほど後世にのこる存在でもないのだから。
いや、若いときにはこれでも淡い恋をしたのだ。目をみつめることも恐く、目が合えば卒倒しそうになるぐらいに純情だった。あの気持ちは体内にのこっているような気もするし、全部、どこかに流れ出してしまったかもしれない。子どもを産んで、どこにでも連れていける腕力をものにした。
外国には多数の女性と関係をもったひとの本もあるらしい。うどんをそんなに食べないと満足できないのかとも思う。ひとには、そのひとに見合った数字がある。わたしは平均という考え方が好きだった。
平均的な子どもの数からすればうちは少なかった。弟や妹がいない家庭で育つとどういう恵みがあり、反対にどういう後遺症があるのだろう。分け与える喜びは減少されてしまうのか。やはり、最終的にはその子の性質によるのだろうか。
山形は旅の仕度をしている。古びたカバンに下着などを入れている。あのカメラもある。あんな素敵なものを個人で買える日がくればよいのに。英雄の成長の記録となる。入学式の彼。卒業式の彼。運動会や遠足。ひとは楽しいものを待っているその予感がいちばん素敵な充実した瞬間かもしれない。
彼の旅は好ましいものが待っているだけではない。大病を患っている友人に遭うのだ。涙があり、衝撃があるだろう。わたしは後に話と写真で確認できるかもしれない。山形の過去のことを知りたい。その好奇心が愛情とも思える。寄り添うこと。寄り添われること。あの若い少女時代のわたしがもっていなかったもの。
数日間だけまたふたりきりの生活になる。わたしは解放される気持ちと不安な気持ちの天秤にのる。
「英雄、しばらく家を空けるから、お母さんのこと手伝ってやれよ」
「分かってる。じゃあ、お土産買ってきてよ。よくできたら」
「買ってくるよ」
「どこで、そんなことば覚えたの? 病気のお友だちを訪ねるだけなんだから、お願したら悪いわよ」
「いいって。子どもは、そういうのを楽しみにするようできているんだから」
食卓は和やかだった。英雄はなぜかいつもより甘えている。彼のひざの上にのり、後ろから話しかけられている。その様子は微笑ましいものであり、わたしが少女のときに期待した情景の実現の姿だった。
わたしは誰かと比較することがクセになっていたのだろうか。その野心を見えないところに隠していた。しかし、いまはもう捨てる覚悟ができている。誰にとがめられることもなく、誰かに非難されることもおそれなくなった。大地にしっかりと立つことを希望している。わたしは個人的な勝利に酔いしれる。むかしの感激屋さんの自分がようやくもどってきた。
外は雨が降りはじめたようだ。晴ればかりもつづかない。そうなれば野菜も育たないし、地球の裏側のみたこともない動物も身体を洗わなければいけないし、飲み物として口に入れなければいけない。空には無尽蔵の水があるのだろうか。いつか英雄にもっと勉強してもらってから教わることにしよう。彼は賢い恋人を見つける。わたしは、どこに長所を見出すのだろうか。せめて息子の恋人には限りない優しさを示せるようになりたい。きっとできるだろう。その小さな期待すら失ったら、わたしが生きつづける価値もなくなる。
夜になる。わたしは横の男性の息遣いを感じる。もう他人と感じることはない。当然だ。はじめて男性といっしょに夜を過ごした遠い日を思い出そうとしていた。わたしは泣いた。痛くて泣いた。いつか歓喜となってしまった。もうあのことで泣くことなどできない。痛みは通過という儀礼にふさわしい。その痛みが最後の死という段階まで到達しなければの話だ。
山形は何度も寝返りを打っている。気分が高揚しているようだ。旅というものから遠ざかっている。彼はまたひとりになることにも恐れているようだ。わたしは横に行き、ゆっくりと抱いてあげた。大きな子どもに対するように。わたしたちは唇を寄せ合う。この夜に自分は懐妊しそうな気が不意にした。わたしの身体にある命の種が宿る。男性から移行したもとがわたしの器官を通して成長する。ひとつの命のもとが生じる。小さな鼓動を刻みつづけ、わたしは苦しみながらそれをこの地上に吐き出す。痛みは一時的な恩恵だった。わたしは真っ暗な空を見つめながら、その映像と流れを頭に浮かべていた。
「帰ったら、きちんと公式なものとして届けもしよう」
彼はむずかしいことばを使った。暗い中でも彼の緊張しながらの笑みも見えそうだった。わたしは小さくコクリとうなずく。その拍子にわたしのおでこが彼の胸にぶつかった。それが合図といえば正式な合図であった。合意というのはこういう形式で全うされるものなのだとわたしは理解する。
わたしは世界一の器量をもっているわけでもなく、世界一の親切さも身に着けていない。しかし、少なくてもふたりの男性には愛された。これも深くさぐれば勘違いで、ほんとうはたったのひとりかもしれない。ひとりには必要とされただけで。でも、これで充分だった。ジャンヌ・ダルクでもなく、マリー・アントワネットほど後世にのこる存在でもないのだから。
いや、若いときにはこれでも淡い恋をしたのだ。目をみつめることも恐く、目が合えば卒倒しそうになるぐらいに純情だった。あの気持ちは体内にのこっているような気もするし、全部、どこかに流れ出してしまったかもしれない。子どもを産んで、どこにでも連れていける腕力をものにした。
外国には多数の女性と関係をもったひとの本もあるらしい。うどんをそんなに食べないと満足できないのかとも思う。ひとには、そのひとに見合った数字がある。わたしは平均という考え方が好きだった。
平均的な子どもの数からすればうちは少なかった。弟や妹がいない家庭で育つとどういう恵みがあり、反対にどういう後遺症があるのだろう。分け与える喜びは減少されてしまうのか。やはり、最終的にはその子の性質によるのだろうか。
山形は旅の仕度をしている。古びたカバンに下着などを入れている。あのカメラもある。あんな素敵なものを個人で買える日がくればよいのに。英雄の成長の記録となる。入学式の彼。卒業式の彼。運動会や遠足。ひとは楽しいものを待っているその予感がいちばん素敵な充実した瞬間かもしれない。
彼の旅は好ましいものが待っているだけではない。大病を患っている友人に遭うのだ。涙があり、衝撃があるだろう。わたしは後に話と写真で確認できるかもしれない。山形の過去のことを知りたい。その好奇心が愛情とも思える。寄り添うこと。寄り添われること。あの若い少女時代のわたしがもっていなかったもの。
数日間だけまたふたりきりの生活になる。わたしは解放される気持ちと不安な気持ちの天秤にのる。
「英雄、しばらく家を空けるから、お母さんのこと手伝ってやれよ」
「分かってる。じゃあ、お土産買ってきてよ。よくできたら」
「買ってくるよ」
「どこで、そんなことば覚えたの? 病気のお友だちを訪ねるだけなんだから、お願したら悪いわよ」
「いいって。子どもは、そういうのを楽しみにするようできているんだから」
食卓は和やかだった。英雄はなぜかいつもより甘えている。彼のひざの上にのり、後ろから話しかけられている。その様子は微笑ましいものであり、わたしが少女のときに期待した情景の実現の姿だった。
わたしは誰かと比較することがクセになっていたのだろうか。その野心を見えないところに隠していた。しかし、いまはもう捨てる覚悟ができている。誰にとがめられることもなく、誰かに非難されることもおそれなくなった。大地にしっかりと立つことを希望している。わたしは個人的な勝利に酔いしれる。むかしの感激屋さんの自分がようやくもどってきた。
外は雨が降りはじめたようだ。晴ればかりもつづかない。そうなれば野菜も育たないし、地球の裏側のみたこともない動物も身体を洗わなければいけないし、飲み物として口に入れなければいけない。空には無尽蔵の水があるのだろうか。いつか英雄にもっと勉強してもらってから教わることにしよう。彼は賢い恋人を見つける。わたしは、どこに長所を見出すのだろうか。せめて息子の恋人には限りない優しさを示せるようになりたい。きっとできるだろう。その小さな期待すら失ったら、わたしが生きつづける価値もなくなる。
夜になる。わたしは横の男性の息遣いを感じる。もう他人と感じることはない。当然だ。はじめて男性といっしょに夜を過ごした遠い日を思い出そうとしていた。わたしは泣いた。痛くて泣いた。いつか歓喜となってしまった。もうあのことで泣くことなどできない。痛みは通過という儀礼にふさわしい。その痛みが最後の死という段階まで到達しなければの話だ。
山形は何度も寝返りを打っている。気分が高揚しているようだ。旅というものから遠ざかっている。彼はまたひとりになることにも恐れているようだ。わたしは横に行き、ゆっくりと抱いてあげた。大きな子どもに対するように。わたしたちは唇を寄せ合う。この夜に自分は懐妊しそうな気が不意にした。わたしの身体にある命の種が宿る。男性から移行したもとがわたしの器官を通して成長する。ひとつの命のもとが生じる。小さな鼓動を刻みつづけ、わたしは苦しみながらそれをこの地上に吐き出す。痛みは一時的な恩恵だった。わたしは真っ暗な空を見つめながら、その映像と流れを頭に浮かべていた。
「帰ったら、きちんと公式なものとして届けもしよう」
彼はむずかしいことばを使った。暗い中でも彼の緊張しながらの笑みも見えそうだった。わたしは小さくコクリとうなずく。その拍子にわたしのおでこが彼の胸にぶつかった。それが合図といえば正式な合図であった。合意というのはこういう形式で全うされるものなのだとわたしは理解する。
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