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メカニズム(15)

2016年08月15日 | メカニズム
メカニズム(15)

 書いたものが貯まっていく。遠い先の終わりを意識するようになる。大人はゴールを設定してしまう。子どもはいつまでも遊びたがる。良識という鎖がぼくを不自由にし、固定した。

 直ぐにスランプが訪れる。向いていない、という甘えに浸かる。ぼくは音楽に逃避する。

 キース・ジャレットというひとが異国にいた。当然もつべきであろう金銭欲とか、女性から人気が得たいとかの邪念が一切、奏でる音から感じられなかった。正当なる妥協とか打算も見当たらない。ただ、真摯にピアノに向き合っている。それをつづければ発狂というゴールが待っているような気もする。ぼくは、他にはゴッホしかこの危うい生真面目さの匂いを感じなかった。

 そして、生身の自分は緩やかさを肯定する。空腹もあり、頭痛もあって、睡魔も襲う。

 ひとみは化粧をしている。自分の満足というより、ひとへ見せるということが過分に含まれているようだ。そのような洋服を着ている。ぼくは誉めるべきなのであろう。実際、そう口にした。服装のセンスのないひともどこか魅力がある。ガードが低い印象を与えるのか。だが、ジャブという小さな手法を用いなければ、強打にもつながらない。強打は、ぼくの望むところではなかった。なけなしの人生訓を奥から引っ張り出さなくても。

 音楽が終わる。静寂があるのみだ。本物の肉体は疲労を感じる。複製の音源はなんどでも繰り返して聴ける。別の音楽をかける。ひとりでピアノに向かう男。ぼくが払うのは数千円の円盤代だけだ。ほぼ半永久的に所有することを許される。フロントドアからの許可もなかったが。

 ひとみは出掛ける。いつもより少し早い時間だ。約束があるという。危険な、かつ抵抗までに及ばない淫靡なにおいがする。なす術もない自分は目を逸らすようにノートを開く。

 野心や下心が芸術をけん引する場合もある。反対に、まったくその隠すべき体臭を感じさせないひともいる。芸術とか音楽に立ち向かう態度。ぼくはまだ知らない。永久に知らないままだろう。

 女性が洋服を買いに行く話を思い付く。しかし、生まれたのは時間の経過ののろさに飽きて暇をつぶす男性の話になった。これを読めば自分への注意と批難と勘繰ってしまうかもしれない。薄氷を踏む、という使い慣れないことばが浮かぶ。字にすると薄い氷だった。ぼくは冷蔵庫から氷を取り出し、酒の瓶をもぎたての氷入りのグラスに傾けた。


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