アメリカンハンバーガー(2019.8.18日作)
なんという便利さ
なんという無神経さ
なんという粗雑さ
なんという巨大さ
なんという乱暴さ
なんという下品さ
最低部類の料理
アメリカンハンバーガー
まるで豚の餌のようだ
それでも
アメリカという国は
嫌いじゃない
自由で大雑把で
どこか神経質
尊大な国
アメリカ
(アメリカントランプは嫌いだが)
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(8)
俊一は帰宅して部屋へ入ると同時に、雰囲気がいつもと違う事を敏感に感じ取った。
テレビも点いていなかった。
いつもは食事をしている由美子が、両腕に頭を乗せ、うつ伏せになって背中を見せていた。俊一が帰った物音を聞いても、顔さえ上げなかった。
俊一は不安を覚えた。
妊娠している体に何か異変があったのか ?
「どうしたんだよ、何処か悪いのか ?」
気遣って聞いた声には怯えが混じっていた。
背中を見せた由美子が死んでいるわけではない事は、微かに体を震わせて泣き始めた事で分かった。
「どうしたんだよ。具合が悪いのか ?」
由美子の傍へゆき、背中に手を置いた。
「俊ちゃんの嘘つき ! なぜ、わたしを騙したのよ。なぜ、貧乏なんて平気だって言ったのよ」
顔を上げて振り向いた由美子は、猛然と食って掛かった。
一晩中、泣き明かしていたのではないかと思われる程に、やつれを見せていた。
「どうして、俺が嘘つきなんだよう」
俊一は訳が分からずに、呆気に取られて言った。
「だって、そうでしょう。あんたの家は大きな医院で、あんたはお医者さんになって、その跡を継ぐんだって言うんじゃない。それなのに、なんで貧乏なんて平気だなんて言ったのよ !」
涙まみれになった顔で由美子は、怒りに満ちた視線を俊一に向けると一気に言った。
俊一は息を呑んだ。
「誰が、そんな事を言ったんだよ」
それだけを言うのがやっとだった。
「誰が言ったって、あんたのお母さんよ。あんたのお母さんが昨夜(ゆうべ)、わたしの所へ来て話してくれたわよ」
「ここへ来たのか ?」
すぐには信じられなかった。
「そうじゃないわよ。わたしのいるお店へ来て、仕事が終わったあと、近くの喫茶店へ行って、話してくれたのよ」
「おふくろ、一人だったのか ?」
「男の人と一緒だったわよ」
「どんな奴だった ? 五十歳位の男か ?」
「違うわよ。四十歳位で、興信所の人みたいだったわよ。その人、わたしの両親の事や、妹がおばあちゃんの所にいる事や、わたしの妊娠の事まで知っていたわよ」
「それで、おふくろはなんて言ったんだ」
「あんたと別れろって言ったわよ。いろいろ、お金が必要だろうから、その分は持つからって、分厚い封筒を出して、あんたは今、休学しているけど、すぐに医科大学の試験を受けなければならないんで、遊んでいる暇はなんだって」
「それで、金は受け取ったのか ?」
「そんなお金、受け取れる訳ないでしょう」
由美子は怒りに満ちた口調で言った。
「心配すんなよ。俺たちは俺たちだよ。おふくろの言った事なんか気にしないで、今まで通りにやっていこうよ」
「俺たちは俺たちだって言ったって、生まれも育ちも違っていて、どうやって上手くやってゆくのよ。今まで、一緒にいられたのも、あんたがわたしみたいに一人ぼっちだと思ってたからよ。病院があって、最新型のベンツを乗り回しているような親がいる家の子と、わたしみたいな孤児(みなしご)同然の人間とで、どうやって上手くやっていけると思ってんのよ。あんたは貧乏ぶって、一人ぼっちぶってるけど、いざという時には、いつでも帰って行ける家もあるし、両親もいるわ。それに比べてわたしなんか、家もないし、両親も行方知れずなのよ」
由美子は涙に濡れたままの顔の厳しい視線を俊一に向けて、きっぱりと言い放った。
「いいか、由美子。俺は家を出たんだよ」
俊一は自然と昂ってくる感情を懸命に抑え、諭すようにして言った。
「なんで出たのよ。奈木医院の御曹司が、家を出なければならない理由なんてある訳ないじゃない」
「俺はあの病院を継ぐ気もないし、医者になる気もないんだ。だから出たんだよ」
「そんなの、お坊ちゃん育ちの我がままよ。いつか気が変われば、きっと帰ってくわ」
「そんな事ないよ。俺には俺の生き方があるんだよ。親に押し付けられた生き方なんてうんざりだっていう気がするんだ。そのために、どんな事があっても、自分で責任を取る覚悟は出来てるんだ」
「だからって、そんな事、わたしになんの関係があんのよ」
「関係ないわけないじゃないか。俺達には子供まで出来てるんだぞ」
「子供なんて、堕胎(おろ)せば済む事だわよ。まだ、三か月で、手遅れにはならないわよ」
「よく、そんな事が言えるな。由美子は俺が嫌いなのか」
「嫌いよ。嘘つきなんて、大っ嫌いよ !」
なぜ、由美子がそこまで激怒するのか、俊一には理解出来なかった。
あるいは、二人が生まれ育った環境のせいか ?
頼る人もいない孤独な日々の中でようやく見つけたと思った、同類とも思える相手が、思いもかけない裕福な世界に属していた。
由美子に取っては、自分と同類と思っていた俊一に出会った喜びと期待が大きかった分だけ、裏切られたという思いもまた、一層、強いものになっていたのかも知れなかった。
だが、だからと言って、俊一には、今以上に出来る事はなかった。自身が生きて来た過去が由美子の前では、もはや、取り返しの付かない過誤であった、とでも言うのだろうか ?
「いいかい、由美子、落ち着けよ。俺は由美子には何も悪い事はしてないんだぜ。俺の母親が由美子になんて言ったか知れないけど、母親が言った事なんて、忘れろよ。俺達には関係ないよ。俺たちは俺たち二人でやっていこうよ」
「わたしだって、忘れたいわよ。でも、お坊ちゃん育ちのあんたなんかに、一人ぼっちのわたしの気持ちなんて分かるはずがないわよ」
「そんな事ないよ。俺はいつでも由美子の傍にいるよ」
「それでも、あんたはいつだって、良家の影を引き摺ってるのよ。親から見捨てられて一人ぼっちのわたしなんかとは、根っこから違ってるのよ。あんたのお母さんが言う
ように、一緒に暮らしていたって、土台、無理な話しなのよ」
「バカ、そんなに自分をいじめるんじゃないよ」
「バカでもなんでもいいわよ。あんたはもう、本当の事を知る前の俊ちゃんじゃないわよ。ここを出て行ってよ」
「やだ ! 出て行かない」
「あんたが出て行かないんなら、わたしが出て行くわよ。どっちにしたって、あんたのお母さんが、わたしとあんたを引き離しに来るわよ。あんたが家へ帰るまで、何回でも来るから、よく考えておくようにって、お母さん、言ってたから。わたしたちがここに居る事もお母さん、知ってたわ」
俊一は母親への滾(たぎ)るような憎悪を覚えた。力なく俊一は言った。
「おふくろの事は俺の方でなんとかするよ」
由美子はそれでも、俊一の言葉を受け入れなかった。
諍いのあった翌日、由美子は普段と変わらない時刻に支度をして家を出た。
俊一は冷却期間を置けば、いずれ、由美子も冷静さを取り戻して、再び、元通りの生活が出来るようになるだろう、と考えた。
その日、俊一はいつもの通り、午後六時過ぎに歌舞伎町の由美子が働く店に立ち寄った。
だが、由美子の姿はなかった。