その中で人間は ?(2020.3.10日作)
その果てさえ知れぬ 広大な宇宙の中で
この地球が生まれて 何年になるのだろう
人の命が生まれて 何年になるのだろう
そして今 こうして人間が生きている
その人間はやがて
何処へ行くのだろう
人は生まれて死んでゆく
人が生まれて死んでゆくように
この地球が生まれた時から
地球の終わり その死は
決定付けられたものなのだろうか ?
地球が終わりを迎える日
その時 人類 人間は
どのような時間
どのような人の生を
生きているのだろう ?
日毎に縮み 暗くなってゆく太陽
日毎に冷え 凍ってゆく地球
やがて 訪れる闇
漆黒の闇 闇 真性の闇
漂う暗黒
その中で 人間は ?
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踊(ストリッパー)子(2)
彼の前を過ぎて行った女はホームの外れ近くまで行くと、電車が停まる最後部かと思われる辺りで足を止めた。そこでようやく目的の場所に辿り着いたという様にふと、肩の力を抜いた安堵の気配を見せて、電車の影のない線路の辺りに視線を向けた。だが、それも一瞬の間で、そのあと女は何気ないといった様子で今、自分の歩いて来たホームの方角に視線を戻した。
彼はその間、自分の意識の中を駆け巡る何か分析出来ないものの影を執拗に追い続けながら、ずっと女の姿を見守っていた。女は無論、そんな彼の視線など意識したわけではなかったのだろうが、何気ないといった様子で振り返った女の視線と彼の視線がその時、偶然、明かりの乏しい夜のホームの上で鉢合わせをした。
彼は狼狽した。慌てて、女の姿を追い続けていた視線をそらしたが、女は遠く離れた場所の暗いホームの上で出合った二つの視線を別段、気にする様子もなくて極めて自然に視線をそらした。
が、その瞬間だった。彼は、はっきりと理解した。
" 水町かおるだ ! "
女が眼の前を通り過ぎる時に見ていた、遠目にも明らかに見て取れる細い鼻筋と何処か淋し気な翳を宿した頬が、図らずも彼に一人の女の面影を思い浮かべさせていたのだった。
彼はなぜか、胸の鼓動の速くなるような軽い心の昂ぶりと共に再び、自分の思いの齟齬のない事を確かめるかのように視線を女の方に向けていた。
あるいは女もまたその時、彼の上に過去の何かを認めていたのだろうか、再び視線を彼の方に向けた。
二人の視線の再び合う事はなかったが、それでも彼はその時、女の再度、彼に向けた視線の中に、強い緊張感と共に狼狽の気配の走るのを明らかに見ていた。と同時に女はハッとした様子の何かに気付いた印象の強烈な拒否の姿勢で彼の方へ向けていた視線を暗い線路の上の空間に戻した。
彼はその様子から、明確、決定的に確信した。女が「水町かおる」である事に間違いはない。そして女も、俺が誰かに気付いた !
女はそれから二度と彼の方へ視線を向ける事はなかった。強い拒否の姿勢で彼に背を向けるようにして未だ最終電車の来ない暗い線路の向こうを見つめていた。
やがて電車が入って来た。彼は何人かの後に続いて乗り込んだ。女の姿も車内に消えた。彼はだが、女が居ると思われる最後部の車両へ行って、昔のように再び声を掛ける気にはなれなかった。おそらく、二十何年振りかの出会いに違いなかったが、彼には女の、依怙地とも思えるような強い拒否の姿勢を見せた背中と共に、かつての輝きを失った女の崩れた姿が彼の気持ちを押しとどめていた。
2
当時、彼は東京へ出て来て五年程だった。中学を卒業すると貧しい実家の家計を支えるために集団就職で東北から上京した。
彼が働く鉄工所はネジや鋲などを造る小規模の会社で神田にあった。住まいは知り合いの紹介で借りた池袋の古い木造アパートの、西陽だけがよく当たる一室だった。日々の生活はほとんど、その会社と住まいとの往復で明け暮れた。午後五時までの仕事が終わると後片付けをして、そのまま真っ直ぐ自分の部屋へ帰った。帰りがけに住まいの近くの店で買ったパンと牛乳と、有り合わせの果物などで腹を満たして食事とした。
鉄工所での友達はなかった。工員のみんなが彼の父親に近い年齢の者たちばかりで、話し相手にもならなかった。彼はそれでも真面目に働いた。兄妹の多い実家の事を考えれば、贅沢などは言ってはいられなかった。
唯一の趣味は映画を観る事だった。休みの日はほとんど、映画を観る事で過ごした。そのあと、繁華街の軽食の店や喫茶店などでみつ豆などを食べのがささやかな楽しみだった。
始めてその劇場、F座へ足を運んだのがどんな動機だったのか、何時だったのか、定かな記憶はなかった。以前にも映画を観ての帰りなどにその前を通る事はあっても、ウインドーに飾られた裸体姿の女たちに気恥ずかしさを覚えて、立ち止まってそのウインドーの中の写真を見る事にさえ出来ないでいた。それがいったい、どんな動機で、何がきっかけでその劇場の入り口をくぐっていたのか ?
始めてその劇場の入り口を入って内部の世界を見た時の強烈な刺激と衝撃は彼を一瞬、混乱させた。自分がいったい、どんな世界に迷い込んだのか、理解不能の状態に陥れた。総てが豪華で華麗でそれでいて俗っぽく見えた。耳をつんざくような強烈な音楽と共に、舞台上で繰り広げられていた裸の女たちの踊りが彼を興奮と混乱の極みに誘った。ライトの光りを浴びた女たちの裸体は彼がこれまでに一度たりとも眼にした事のない世界の美しさだった。彼は座席に着いてからも次々に繰り広げられる裸の女たちの卑猥に満ちた踊りや動き幻惑され、極点にまで沸き立つ血の騒ぎと興奮に耐えきれずに遂には、座席に座ったままで自分の下着を汚していた。
その日以来、その劇場の世界は彼に取っての想像を超えた新しい世界となった。映画の世界さえが白々しい一枚の絵の世界でしかないように彼の眼には映った。