遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉286 小説 踊(ストリッパー)子(3) 他 雑感五題

2020-03-22 12:52:02 | つぶやき
          雑感五題名(2018ー2020・2月)

 
   Ⅰ テレビ番組の中でのコメンテーター
     分かり切った事を後生大事に
     大真面目に言う能力を持った人
     テレビ番組の中でのリポーター
     報道の名の下に正義を振りかざし
     必要のないものまでもほじくり出す
     人の心の痛みの分からない偽善者

   2 現代は拡散の時代
     自己を取り巻く環境は日毎に拡散してゆく
     そんな中で大切なのは
     自己の中心点を明確にして置く事だ
     自己の世界を持たない人間は時代の中で霧散し
     自分を見失ってゆくだけだ
     国家についても言える事

   3 美しい日本語とは耳に心地良いものだ
     美しい言葉は各地にある その地方地方に根差し
     その生活 環境の中で生まれた発音 抑揚 意味などで構成され
     それが混然一体となった言葉は美しい

   4 学校とは人間形成の場であり その中で
     知識も習得するものであり そこから自ずと
     学校というものの姿が見えて来る
     知識を詰め込むだけでは学校とは言えない
     それは知識缶詰工場だ

   5 昼と夜 光りと闇
     世界はこの二つの極によって形成される
     光りを求めるだけで 真の闇
     闇の深さを知らない人間の頭脳では
     真の思索は出来ない
     現代社会の軽薄さ それは人工照明の光りの中で
     真の闇を見つめる事のない所から来ているのではないか




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         踊(ストリッパー)子(3)

 F座通いは続いた。月毎に変わる出演の踊子たちや演出が彼の興味を誘って止まなかった。時には浅草の演芸場などで活躍する、売り出し中のボードビリアンなども舞台の色として出場する事もあって、飽きる事はなかった。
 彼に取ってはまた一つ、別の楽しみも増えていた。F座専属の踊子たちの他に月毎に入れ替わる踊子たちの名前を覚える事だった。幕の降りた後、彼はわざと遅くまで座席に着いていて、一番最後の人々と共に劇場を出るようにした。ウインドーに飾られた新し踊子たちの姿を思い描きながら名前を確認するためだった。その踊子たちの名前と舞台上に見た肉体の美しさを胸に抱きながら夢うつつの内に自分の部屋へ帰ると一人の行為に耽った。
 水町かおるの名前を知ったのもそうした事の結果だった。F座通いを始めてほぼ一年近くが過ぎていた。
 始めて彼女を見た夜、水町かおるはフィナーレの前のステージを一人で踊った。豪華な衣装や羽根飾りに半裸体の身を包んでの、いわゆるセミヌードの舞台だった。その舞台に彼が一目で魅了されたのは、まず、彼女の持つ、独特の愁いを含んだように見える淋し気な頬と、細い鼻筋の美しさだった。彼女は他の踊子たちが持つはち切れるような肉体の美しさとは違って、何処か華奢な感じを抱かせる細身の体型で、それでこそ、豪華な衣装や羽根飾りがその色白の肉体に似合うように思えた。
 彼はその夜、彼女の姿と名前を確認するためにだけ、一番後になって劇場を出た。その時、ウインドーに飾られた写真とその下に書かれた名前で知ったのが " 水町かおる "だった。
 彼のF座通いはその夜以来、水町かおるを見るためにだけ月に一度、出し物が変わる度毎の定期的な習慣となっていた。水町かおるを見るためにだけ、足を運んでいたと言えるかも知れなかった。
 その水町かおるの美しさは、そんな状態の中でも彼の期待を裏切る事はなかった。初めて見た夜と同じように彼女はいつもラストステージの前に一人、セミヌードの豪華な衣装で踊ったが、何処かに愁いを含んだようにも見える淋し気な頬に浮かぶ微かな微笑みの変わる事はなかった。正面舞台から客席中央、中程まで延びた円形の小さな舞台に至るまでの狭い通路舞台を進んで来る時には、客席の男達の視線が両側から一斉に彼女に向けられたが、そんな時でも彼女の表情は変わる事なく、その静かな笑みと共に、何処か言い知れぬ虚しさに満ちた虚無の影を引きずっているようにさえ見えた。
 彼のそんな風にしてのF座通いがそれからどれ位続いたのか、今の彼には記憶も曖昧になっているが、当時の彼に取っては、水町かおるの何処となく愁いを含んだようにも見える表情が、中学校卒業と同時に東京へ出て来て、小さな町工場で働きながら四畳半一間の部屋で友達も無く、一人暮らす彼の孤独と一つに溶け合って、彼の心を引き付けていたのに違いないようにも思えるのだった。

          3

 それは、単なる偶然だったのか。或いは、何かの引き合わせ、とでも言えるような力が働いていたのだろうか。その日、彼はいつもの土曜日と同じように、午前十一時に仕事が終わると珍しく寄り道もしないで帰りの電車に乗った。山手線の昼のガランとした車内の座席の一つに座ってホットするのと同時に電車は動き出した。池袋へ向かう電車の次の駅は秋葉原だった。それは何時もと変わらない事で、彼はただぼんやりと電車が停まった階段下のやや暗いホームの辺りを見つめていた。
 始め、彼は確信が持てなかった。ほとんど化粧のない顔。職業柄、想像される派手さの少しもない装い。むしろ地味なぐらいに見える袖なしの白いワンピース姿に黒革のハンドバッグ、左手に何かの入った紙袋を抱えるようにして持っていた。その極、ありふれた身なりの女性から、あのF座の舞台上に見る華やかな装いの水町かおるを即座に思い描く事は出来なかった。ただ一つ、彼の注意を引いたのが女性の持つ、何処か淋し気な気配を感じさせる頬と、細い鼻筋の美しさだった。その女性を見た瞬間、オヤッ、と眼を見張ったが、すぐに如何にも地味なその装いと共に水町かおる ? というその思いは打ち消されていた。
 女性は二、三の乗客の後に乗り込んで来ると、正午も近い昼間の空席だらけの車内で彼が座っている前の座席に席を取った。
 女性はそのまますぐに両手に持った荷物を自分の横に置くと、紙袋の中から週刊誌を取り出してページを開き始めた。
 彼はその間ただ、瞬間的に水町かおるを思い浮かべさせた女性に何気ない視線を向けていた。
 女性は無論、そんな彼に気付くはずはなかった。すぐに開いた週刊誌のページに眼を落とし始めた。
 電車は幾つかの駅を通過していた。彼は熱心に週刊誌に眼を落とし続ける女性にそれ以上は興味も持たずに眼を閉じ、電車の振動に身を委ねていた。
 車内放送が次の停車駅、大塚を告げた。次が彼の降りる池袋駅だった。彼は閉じていた眼を開け、車窓の外に流れる風景を確認した。女性はなお、週刊誌に眼を向けたままでいた。
 やがて電車は大塚駅で停車し、再び動き始めた。彼はホームの柱を後ろにずらしながら少しずつ加速する電車の振動音を何気なく聞いていた。間もなく池袋駅だった。
 彼は降りる心構えで車窓を過ぎ行く風景に眼を向けていた。その時、今まで熱心に週刊誌に眼を落とし続けていた女性が初めて、周囲の状況を確認するように視線を上げ、ゆっくりと車窓の外を見渡した。同じように車窓の外を見つめていた彼の視線と女性の視線がその間、一瞬、交叉した。
 彼に取っては別段の事ではなかった。ただ、それだけの事にしか過ぎなかった。
 女性に取ってもそれはまた、格別の事ではないらしかった。女性は静かに交叉した彼の視線から視線をそらすと、開いていた週刊誌を閉じて紙袋の中に入れ、次の池袋駅での下車の準備に取り掛かった。
 その瞬間だった。彼は突如として意識の総てを覆った決定的、確信的な思いに捉われていた。水町かおる ! やっぱり、水町かおるだ。 
 最初に女性を眼にした瞬間、湧き起こった疑念が再び彼の意識の表面に躍り出て彼の心を揺さぶっていた。
 女性は池袋駅で降りる !
 池袋はF座のある場所だ。
 水町かおるに間違いない。
 何処か淋し気な気配を感じさせるあの頬。細い鼻筋の美しさ。それらは総て水町かおるが備えたものだった。
 彼は一気に高まる確信と高揚感と共に、息の詰まるような胸苦しを覚えていた。
 水町かおるが今、眼の前、手を伸ばせば届く距離にいる ! 水町かおるに間違いない !