人は逝く(2021.8.20日作)
人は逝く
わたしは残る
時は逝く
わたしは残る
総て逝く
記憶が残る
年老いた時間
わたしは見つめる
遠く過ぎ去る総てのもの
迫り来るもの
無
過ぎ逝く時の中で
人生は
過ぎ逝く時の中で見る
束の間の夢
目覚めた時の中で見る 幻
あの事 この事 そんな事
過ぎ逝く時の中での 数々
その数々の 過ぎ逝く時の中
再び 戻る事はない 人はただ
過ぎ逝く時の中
総ての過去を抱きつつ
迫り来る崖 永遠の闇 無に向かい
歩いて行く 過ぎ逝く時の中 今を
過去の夢 幻としながら
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荒れた海辺(5)
沖の彼方で時折り砕ける波が、蒼一色の広がりの中で白く小さく陽に輝いていた。
八月も終わりの季節を思わせて、海の上には思い掛けない暗さがあった。それが、午後の時間の深まりと共に、一段と増して来るようだった。
「お風呂が出来ましたから、どうぞ」
女将が迎えに来た。
夕食が出る頃には建物全体に明かりが入っていた。
遠い海が夕闇の中で次第に見えなくなっていった。
「食堂が午後十一時まで開いていますので、御用が御座いましたら、どうぞ、御利用下さい」
夕食の膳を下げに来た女将が言った。
入れ替わりに斎木を玄関に迎えた年若い女性が床を取りに来た。
窓の外はまったくの闇になっていた。
星空が鮮やかにその闇を彩っていた。
昼間は気にする事もなかった波の音が、窓の下に押し寄せるように聞こえて来た。
二階の窓から見下ろす庭先には、門灯が二つ、闇に向かって明かりを投げ掛けていた。
その向こう、砂利道の県道を越えてすぐに、松林が黒い群れとなって砂浜に続いていた。
斎木は布団に入ってもすぐには眠る事が出来なかった。
「午後十一時まで食堂が開いています」
女将の言葉を思い出した。
浴室に向かい合って、その食堂はあった。
薄くなった白髪をきれいに撫で付けた老人が一人、カウンターの奥にいたのを斎木も眼にしていた。
あの老人が板前なのだろうか、斎木は眠れないままにそんな事を考えていた。
波の音が枕の下に迫って来るように聞こえていた。
女将たちはもう、やすんだのだろうか、家の中に聞こえてくる物音はなかった。
いつの間にか、斎木は眠りに就いていた。
翌朝、眼を醒ました時には午前七時を過ぎていた。
一瞬、雨の音かと思ったのは、波の音だった。
カーテンを透かして朝の光りが感じられた。
そのカーテンを開けると、外は陽光に満ちていた。
青い海の広がりが松林越しに見えた。
昨日の午後の思い掛けない暗さは、その青の中にはまだ、なかった。
斎木は浴衣を脱いで自分の服に着替えた。
洗面のために廊下を通って、階段を降りて行った。
女将が襷がけで階段の下の拭き掃除をしていた。斎木に気付くと、
「お早う御座います」と、優しい気遣いの笑顔で言って、「よく、お寝みになれましたか」
と聞いた。
「はい」
斎木は、女将の優しい言葉掛けに戸惑いながらも、素直に答えた。
斎木にとっては、他人から優しい笑顔の言葉掛けを受けるなど、これまでに無い事だった。
「お食事はどのように致しましょうか。お部屋へお運び致しますか、それとも、食堂でお取りになりますか」
女将は続けて言った。
「食堂で取ります」
斎木は迷いもなく、咄嗟に答えていた。昨夜、ちらっと見た、どこか穏やかな感じの品のいい老人の姿が この時、斎木の頭の中には浮かんでいた。
「そうですか、それでは、そのように準備して置きますので、いつでもどうぞ」
女将の表情には相変わらず優しい微笑みがあった。
「それから、もう一晩、泊めて貰いたいんですけど」
斎木は何故か、突然、そんな事を言っていた。自分でも意外に思える言葉だった。
「はい、それは構いませんけど」
女将に、ためらう様子はなかった。
斎木は安堵する自分の胸の裡を意識していた。
斎木が食堂の珠すだれを分けて入ってゆくと、カウンターに向かい、俯いて何かの仕事をしていた老人が顔を上げた。
斎木の姿を見ると、
「いらっしゃいませ」
と、穏やかな、斎木を労わるような笑顔で言った。
地肌の透けて見える白髪は、昨夜、眼にしたのと同じように、きれいに七三に別けられていた。白いシャッの襟元には赤い蝶ネクタイが結ばれていた。顔には深い皴が見られて、すでに七十歳を越えていると思えた。
斎木は 五脚あるテーブルの一つに向かい、椅子に腰を降ろすと、早速、メニューを開いた。
「食材の準備がなかったものですから、大した物がお出し出来ません」
老人は謝罪するかのよう言った。
斎木は御飯に味噌汁、目玉焼きなどの定食を頼んだ。
老人がお茶を運んで来た。年齢を感じさせるゆっくりとした足取りだった。
だが、カウンターに戻って、フライパンを握るその手の動きには熟練を感じさせる確かなものがあった。
老人の仕事は速かった。待つ、という程の間もなく、定食が運ばれて来た。
老人は再び、カウンターの中へ戻ると、洗い物をしながら斎木に声を掛けて来た。
「お一人で旅行してるんですか」
「はい」
斎木は素直に答えた。
「お若いのに、こんな、何もない所へ来ても面白くないでしょう」
老人は言った。
斎木は答えに窮したが、咄嗟に、
「友達を訪ねた帰りなんです」
と、取り繕っていた。
「そうですか」
斎木の言葉を聞くと老人は何故か満足気に頷いて、
「もう、夏も終わりで、泳ぐのには水もちっょと冷たいしね」
と言った。
斎木は、そうした老人との言葉の遣り取りのうちに食事を済ませると部屋へ戻った。
しばらくは窓枠に腰掛けて庭や、辺りの景色を見つめていた。その位置からは海は見えなかった。
庭では芝生を縁取るサルビアの赤が一際、鮮やかだった。
陽射しが暑さを増して来た。
斎木は海辺へ出てみようかと考えた。
宿の下駄を履き、玄関から踏み石伝いに芝生の庭を抜けて門を出た。
粗い砂利を敷いただけの県道が、早くも埃っぽさを感じさせて白く乾いていた。
その県道を横切り、斎木は松林の中へ足を踏み入れた。
芒や萱に覆われて細い道が通っていた。足元を邪魔されながら、その道を辿って行った。
両手に収まるぐらいの幹を揃えて、松の木が視界を遮っていた。
やがて、海がその間から見えて来た。
その道を歩いて行って斎木は、思わず足を止めた。
行く手に墓地が見えていた。
道はそこに通じていた。
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takeziisan様
コメント 有難う御座います
読み上手のtakeziisan様に そう仰って戴けると
励みになります 有難う御座います
いつまでこの暮らしが出来るのやら
実感です でも 諦めたら終わり と思って
毎日を精一杯生きています 八十代 今の時代
まだ 若造 そんな気もします テレビの映像などで
九十代 百歳に近い年齢の人達が 元気に
動き廻っている姿を見ると まだまだ 老け込む歳
ではないという気もします
稲刈り 富山の常備薬 昔 懐かしい響きです
あの当時は それが当たり前の事でしたね
懐かしい言葉の響きです
期外収縮 わたくしも時々 起こります
血圧が低いものですか 低気圧が来たり 高温などに
なったりします 今でも心臓の鼓動に異変を覚え
慌てて 血圧を測ってみたりしますと 必ず 極端に
低かったりします 毎年 健康診断を受ける医師は
長生きが出来ますよ と軽く言いますが 低いのも
楽では有りません 幸い その他 何処にも悪い所は
なく 百点満点です と医師は言いますが
タマスダレ 屋上にも咲いています 放って置く
だけなのですが 毎年 この時期になると白いきれいな
花を咲かせてくれます
月下美人 わが家では七月終わりに一度
咲いたのですが 今また 三 四 個の蕾を付けて
います この不安定な天候の中で 旨く咲いてくれるか
危惧しているところです ところで この月下美人
この花に見せられて以前 このブログにも
月下美人は艶な花 香りと姿で魅惑する
だけど おまえは淋しい花 夜更けにひとり
そっと咲く
と 投稿した事があります
今回もいろいろ 楽しい写真を見せて戴きました
有難う御座います お互い 年齢を考え 慎重に
でも 元気に生きてゆきたいものです
桂蓮様
有難う御座います
ハリケーン お住まいに近い辺りだったのでしょうか
大変だったようですね 日本のテレビでも映像を流して
いました
実際 世界中の気候の大荒れ 先が思い遣られます
わたくしのコメントが何かのお役に立てば
嬉しいのですが どうぞ お世辞 おべっかとは
受け取らないで下さい わたくしは真実を常に
心掛けるようにしています それに 人を批判するのは
その人の行為や言葉が他者を著しく痛めたり 傷付けたり
する以外 必要ではないと思っています むやみに人の
欠点や弱みをさらけ出し 批判するのは百害あって一利
なしです 誰もが欠点や弱みを持っています 他者に
害を及ぼさない限り それを あえて騒ぎ立てる必要は
ないのではないでしょうか 人は褒めて育てろ と
言います 人の気持ちを豊かにするのは批判では
ありません 良い所があれば褒める それで人の気持ちも
育ち 心も豊かになります
今回 新作が無かったので 旧作の回遊をした結果
私たちの物語「相対性理論」を拝見しました
この理論はわたくしには全く分かりませんが
御主人様との出会いの原点 面白く拝見しました
壮大なる宇宙に関する理論から 極 小さな人間同士の
愛が芽生える 素敵な話しではありませんか 人の縁
ですね それにあれは「絵」なのですか 写真のように
見えます 見事なものです
縁と言えば その下にありました
縁の原点と巡り会い 人の世は人知の及ばない所で
構成されているのですね 相対性理論 人の縁
人間存在など 極々 小さなものに思えて来ます
いつも御感想をお書き戴き 有難う御座います