長年勤めあげた職場も60歳で定年を迎え、それから28年経って88歳になった。
「亭主元気で留守がいい」と、タンスにゴン似のおかみさんから言われ続け20年。Mixiをやり始めたばかりに引きこもりになってしまった生活を改め、おさらばできたのはつい最近のこと。それも、密かな楽しみができたからだ。^^
彼の名前は、阿仁金蔵衛門。
仕事に行く振りして家を出るのにも、もう慣れた。^^
途中駅から、ドドドドーと乗客が詰め込まれてくる。彼の斜め後方、左寄りの背中部分、ここにピタッと誰かがくっついた。何気に目をやる。背丈は自分より20センチほど低い。内心ニタっとする。こういうのをフィットする、というのだろうか、いやそれより今の状態を表わすには、密着という言葉の方が相応しい。こんなことを考えながら彼は満員電車に揺られた。混雑は老人には堪える。が、このひと時が彼の唯一の楽しみになのだ。こういった楽しみがあるから、88歳まで頑張ってきたんだ、とよく仲間に語る。
じんわりと温かさが伝わってくる。今流行りのファラフォーセットカット。その髪の毛からシャンプーの匂いが漂ってくる。彼の好きな香りだ。ん? ふくらはぎが当たっている。……ずうっと、そうしていたい。しかし、相手はそれに気づいたのか、意識的に離れる。でも、電車の揺れでまた触れる。諦めたようだ。体の芯が火照ってくる。88歳とは思えない彼の部品すべてが、溶鉱炉状態だ。
ゴトンゴトンという電車の振動音は、他の音を吸収しそこに静寂を形成する。彼は、目を閉じた。妄想の世界に没入した彼の体から、ポっポっとピンクのハートが立ち昇っては消えていった。
明日完結!!!!^^