『ランニング』(79)(1980.6.13.東劇)
世渡りの下手なかつてのマラソン・ランナー、マイケル・アンドロポリス(マイケル・ダグラス)が、妻から離婚を請求されたことをきっかけに、新たな自分を見いだすために再び競技に復帰する。やがてマイケルは、モントリオールオリンピックに出場を果たすが…。
どうしても他のスポーツ映画と見比べてしまうが、そういう見方をやめて、例えば、男の自立映画だと思って見ればいいのかもしれない。
マイケル・ダグラスは、フランク・ショーターの走法を研究したらしいが、なかなかのはまり役だったし、モントリオールオリンピックの実写フィルムを取り入れたアイデアも面白い。脇では、妻役のスーザン・アンスパックと娘役のジェニファー・マッキニーがうまかった。
等々、良作ではあるのだが、やはり『マイ・ウェイ』(75)や『ロッキー』(76)といったスポーツ映画の影が頭をかすめるのは仕方ないところか。こういう映画は早く作った方が勝ち。
アンドレ・ガニオンの音楽と、劇中に流れるサイモンとガーファンクルの「早く家へ帰りたい」が印象に残った。
『ミュンヘン』(05)(2006.2.20.品川プリンスシネマ)
トリノ・オリンピックの中継や『ガーダ パレスチナの詩』(05)を見ながら公開中のスティーブン・スピルバーグ監督作『ミュンヘン』のことが気になった。
1972年のミュンヘン・オリンピック開催中に起きたパレスチナ・ゲリラによるイスラエル選手への襲撃事件と、それに報復するために組織された暗殺団の動静が今出てくるのはあまりにもタイミングが良過ぎはしないかと思ったのだ。
ユダヤの血を引き、かつて被害者の側から描いた『シンドラーのリスト』(93)を撮ったスピルバーグが、果たしてこの事件をどう描いたのか。イスラエルの正当性を一方的に主張したものなのか。見る前は正直なところ政治的な強いメッセージが発せられるのでは、と少々危惧していた。
ところが、銃撃戦をはじめ、すさまじいリアリズムで描写される暴力=報復の連鎖の果てに、正邪は描かれず、空しさだけがつのる映画に仕上げていた。
その結果、『シンドラーのリスト』とこの映画を対で見ると、例えば、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』にも似た広がりを感じることができ、被害者も加害者もない国家や民族対立の根深さや複雑さが浮き彫りになる。
むしろスピルバーグの恐ろしさは、こうした題材を扱いながらも映画本来の娯楽としての面白さを決して失わないところだろう。
例えば、今回は1970年代を描いたためか、暗殺団が標的を追い詰めていくサスペンスの盛り上がりは『ゴッドファーザーPARTⅡ』(74)、リーダー(エリック・バナ)が精神的に疲れ、爆弾の在処を狂的に捜す様は『カンバセーション-盗聴』(74)と、あの頃のフランシス・フォード・コッポラの映画を筆頭に、70年代のアクション、政治サスペンス映画を手本にしたような描写でこの重苦しい題材を一気に見せ切る。
おまけに、暗殺団がめぐる各国のロケが効果的で、ロードムービーの趣すらあるのだ。このスピルバーグの力業を政治的なプロパガンダととらえるか、単純に一本のよくできた映画として見るかでこの映画に対する評価は大きく分かれると思う。
『ロンリーウェイ』(83)(1987.4.19.)
カナダの国民的な英雄で、東京オリンピックの1万メートル走の金メダリスト、ビリー・ミルズ(ロビー・ベンソン)の半生を描く。
『炎のランナー』(83)の主人公エイブラハムズ(ベン・クロス)がユダヤ人である自分について、あるいは『黒い弾丸/オーエンス物語』(84)のジェシー・オーエンス(ドリアン・ヘイウッド)が黒人である自分についての、アイデンティティーを求めて走っていた(描かれていた)ように、この映画のミルズも、インディアンと白人との混血である自分についての答えを求めるかのように走っている。
そこに共通点があるし、オリンピックがそうしたことの答えを見付けられる場として存在し得た純粋な時代がうらやましい気がする。
ただ、この映画の場合は、同時期に『炎のランナー』という同種の傑作があるために、見劣りがしてしまうという不幸がある。
また、低予算故か、クライマックスの東京オリンピックの描写が粗雑に見えて、東京オリンピックを一種特別なイベントとして記憶しているわれわれ日本人からすると、残念な気がしたのは否めない。
大会の記録ではないが、大会が舞台になったり、背景などに使われた映画も結構ある。
夏
1924年パリ
『炎のランナー』(81)(1983.4.11.銀座文化)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/d5b0823bfa6bc9ad8252b1779a2fa598
1936年ベルリン
『栄光のランナー 1936ベルリン』(16)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/b56add6eef7fdcb9119a325be7dd320c
1996年アトランタ
『リチャード・ジュエル』(19)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/e4229eda0e6aff2a0489b25c5d9666df
冬
1988年カルガリー
『クール・ランニング』(93)(1994.3.17.日比谷映画)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/51d04cf44b39863b70877c84975e2a0c
1998年長野
『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』(21)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/fb5ff9bf507da0a85c31839f795da0cd
2002年ソルトレイクシティ
『シムソンズ』(06)(2006.2.23.渋谷シネ・ラ・セット)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/7a8561e76d900ec65327e95c6dcb90ac
賛否両論ある中、東京オリンピックが開幕する。オリンピックの記録映画も結構見ている。
夏
1936年ベルリン『オリンピア』(『民族の祭典』『美の祭典』)レニ・リーフェンシュタール監督
1964年東京『東京オリンピック』市川崑監督(1975.1.1.)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/726f0988f988a9ad76ec0e394ae0937a
1968年メキシコ『太陽のオリンピア』アルベルト・イサーク監督(1973.2.3.)
1972年ミュンヘン『時よとまれ、君は美しい/ミュンヘンの17日』市川崑他7人の監督(1980.7.19.)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/f93f740dd4d987a5b0d431737c5760ec
1992年バルセロナ『マラソン』カルロス・サウラ監督(1996.7.13.)
冬
1968年グルノーブル『白い恋人たち』クロード・ルルーシュ監督(1987.2.1.)
ルルーシュが、映像の美や敗者の姿のドラマチックさを強調し過ぎて、少々鼻につくところがあるし、フランシス・レイの音楽に随分助けられている気もする。作為的なところが見え過ぎて、素直に入り込めないところがあった。
1972年札幌『札幌オリンピック』篠田正浩監督(1974.1.2-9.水曜ロードショー)
1976年インスブルック『ホワイトロック』トニー・メイラム監督(1978.3.8.)
1984年ロサンゼルス大会からは、バド・グリーンスパンという監督が専門に担当するようになった。彼は、1996年アトランタ、2000年シドニー、2004年アテネ。冬も、1988年カルガリー、1994年リレハンメル、1998年長野、2002年ソルトレイクシティ、2006年トリノ、2010年バンクーバーと、計10大会でオリンピックの記録映画を監督している。
「僕」の声は高杉真宙
【インタビュー】『超・少年探偵団NEO-Beginning』高杉真宙
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/9942ca5900a74d6fe0c9cf8bb6d16d43
実写版
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『超高速!参勤交代リターンズ』(16)
ゲーム感覚で見せる“ニュー時代劇”の続編
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