田中雄二の「映画の王様」

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『女のいない男たち』(村上春樹)

2021-07-05 10:10:21 | ブックレビュー

 自分は村上春樹の小説の熱心な読者ではないが、時折、仕事の関連で読むことがある。以前、『トニー滝谷』(04)を撮った市川準監督にインタビューをする際に、同作が収録された短編集『レキシントンの幽霊』を読んだが、今回は『ドライブ・マイ・カー』に主人公の妻の音役で出演した霧島れいかにインタビューをすることになり、同作が収録された、何らかの経緯で女性に去られたり、別れを経験した男性を主人公にした短編集『女のいない男たち』を読んでみた。

 まえがきに「この本は音楽で言えば「コンセプト・アルバム」に対応するものになるかもしれない。実際にこれらの作品を書いているあいだ、僕はビートルズの『サージェント・ペパーズ』やビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』のことを緩く念頭に置いていた」とある。

 それ故か、ビートルズの「ドライブ・マイ・カー」と「イエスタデイ」がタイトルに使われており、後者の、関西弁で「イエスタデイ」を歌う木樽という男以外には、ビートルズとの直接的な関係は出てこないのだが、各編に記された映画や音楽の引用は興味深いものがあった。

 例えば、今回の映画の核となった「ドライブ・マイ・カー」は、「ヴァーニャ伯父=ワーニャ伯父さん」(アントン・チェーホフ)。

 「イエスタデイ」は、「イエスタデイ」(ビートルズ)のほか、ウディ・アレン監督・主演の『アニー・ホール』(77)「ライク・サムワン・イン・ラブ」(ビル・エバンス)、バリー・ホワイト。

 美容整形外科医が主人公の「独立器官」は、フランソワ・トリュフォー監督の『夜霧の恋人たち』(68)

 今回の映画で、妻の音が語る話として使われた「シェエラザード」は、『千夜一夜物語』の挿話から。

 今回の映画でも、少し引用され、主人公がジャズバーを開く「木野」は、アート・テイタム、「ジュリコの戦い」(コールマン・ホーキンズ)、「ジョージア・オン・マイ・マインド」(ビリー・ホリデイ)、「ムーングロウ」(エロール・ガーナー)、「言い出しかねて」(バディー・デフランコ)など。

 そして、最後の「女のいない男たち」は、自殺した昔の恋人が好んだ「エレベーター音楽」として、「白い恋人たち」(フランシス・レイ)、「夏の日の恋」(パーシー・フェイス)、「ムーン・リバー」(ヘンリー・マンシーニ)など。

 各編、語り口や話にはなじめないところもあるのだが、こうしたディテールを絡めて読むと別の魅力が浮かび上がってきた。そして、瀧口竜介監督と脚色の大江崇允は、この短編集を見事に映画として成立させたものだと感じた。

『ドライブ・マイ・カー』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/41626c461e7a54dfd9fdae42a3a35204

【インタビュー】『トニー滝谷』市川準監督
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/84b13d3bfb9242b59a7c1427ac35da53

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