平成9年12月11日、父の誕生日に贈った刺繍のバッグです。
これも気になっていたもので、今回出てきました。
「皆真斎」 というのは、父の雅号(?)です。
同時に、これを贈ったとき父がくれたお礼のファックスの原文も出てきました。
まごころのこもった てづくりの りゅうの
ししゅうのあるハンドバッグを ぐ(愚)
パピィへ たんじょうびの きねんに くださ
って ありがとう。 とてもうれしいよ。 ぼくは
きょうで76さいになったよ。 でも、ちかごろは
80をこえないと、テレビにでて、つまらぬしつ(質)
もんに こたえられなくても、ばかにされず、
わらいものに されるだけになるのは むずか
しいね。パピィは こどものころから、ひとより
おとっているように おもわれていて、ときどきばか
にされて ざんねんな おもいをしてきた。ほんとう
は ひとより すすみすぎていて、まわりのものにつう
じなかっただけだったのだ。それで はやく としを
とって、ものをしらなくても、よいようになりたかったの
だが、ちかごろは86さいぐらいにならないと、
テレビにだしてもらえないね。あと10ねん じゅみょう
を のばそうかな。そしたら また なにかおくれ。
パピィの かいしんさい翁
(改行も原文のまま)
広告の裏に、マジックで書かれたものです。
なんで平仮名なんだろう。
しかもなんで、パピィなんだろう。(もしかしたら、私が冗談で「パピィへ」と包装紙に書いたのかもしれない)
父はこの後、年が明けた1月半ばに自宅近くの駅で転倒して頭を打ち、
はっきり意識の戻らぬままに2月14日に76歳と2ヶ月余の生涯を閉じました。
本人も予測しなかった事故でした。
なのに、なぜ、「あと10ねん じゅみょうを のばそうかな」 なのでしょう。
事故の前日、雪が降りました。
父は妹に、積もった雪の前で写真を撮ってくれとせがんだそうです。
妹は、「寒いから嫌だ」 と言ったそうですが、頑強に撮ってくれ撮ってくれと、
父にしては珍しく言い張ったそうです。
その写真が遺影となりました。
葬儀屋さんも、「いいお写真ですね」 と言ってくれました。
どうも父の場合、潜在意識下において、自分の死期を決めていたのではないか……
今でもそう思えてなりません。
だって、わざわざ2月14日ですよ。命日が。
死んでからも毎年チョコレートを貰えるんですよ。
父は生前、貰ったチョコレートの数を、人数でなく個数で数えては
「今年は○個もらったーー」
と、喜ぶような、こだわりの人でした。
(だから、小さくてもいいから たくさん入ってるチョコを欲しがった)
これも気になっていたもので、今回出てきました。
「皆真斎」 というのは、父の雅号(?)です。
同時に、これを贈ったとき父がくれたお礼のファックスの原文も出てきました。
まごころのこもった てづくりの りゅうの
ししゅうのあるハンドバッグを ぐ(愚)
パピィへ たんじょうびの きねんに くださ
って ありがとう。 とてもうれしいよ。 ぼくは
きょうで76さいになったよ。 でも、ちかごろは
80をこえないと、テレビにでて、つまらぬしつ(質)
もんに こたえられなくても、ばかにされず、
わらいものに されるだけになるのは むずか
しいね。パピィは こどものころから、ひとより
おとっているように おもわれていて、ときどきばか
にされて ざんねんな おもいをしてきた。ほんとう
は ひとより すすみすぎていて、まわりのものにつう
じなかっただけだったのだ。それで はやく としを
とって、ものをしらなくても、よいようになりたかったの
だが、ちかごろは86さいぐらいにならないと、
テレビにだしてもらえないね。あと10ねん じゅみょう
を のばそうかな。そしたら また なにかおくれ。
パピィの かいしんさい翁
(改行も原文のまま)
広告の裏に、マジックで書かれたものです。
なんで平仮名なんだろう。
しかもなんで、パピィなんだろう。(もしかしたら、私が冗談で「パピィへ」と包装紙に書いたのかもしれない)
父はこの後、年が明けた1月半ばに自宅近くの駅で転倒して頭を打ち、
はっきり意識の戻らぬままに2月14日に76歳と2ヶ月余の生涯を閉じました。
本人も予測しなかった事故でした。
なのに、なぜ、「あと10ねん じゅみょうを のばそうかな」 なのでしょう。
事故の前日、雪が降りました。
父は妹に、積もった雪の前で写真を撮ってくれとせがんだそうです。
妹は、「寒いから嫌だ」 と言ったそうですが、頑強に撮ってくれ撮ってくれと、
父にしては珍しく言い張ったそうです。
その写真が遺影となりました。
葬儀屋さんも、「いいお写真ですね」 と言ってくれました。
どうも父の場合、潜在意識下において、自分の死期を決めていたのではないか……
今でもそう思えてなりません。
だって、わざわざ2月14日ですよ。命日が。
死んでからも毎年チョコレートを貰えるんですよ。
父は生前、貰ったチョコレートの数を、人数でなく個数で数えては
「今年は○個もらったーー」
と、喜ぶような、こだわりの人でした。
(だから、小さくてもいいから たくさん入ってるチョコを欲しがった)