岡山市北区下足守に鎮座される「葦守(あしもり)八幡宮」。御祭神は『応神天皇・神功皇后・玉依媛命・兄姫命・御友別(みともわけ)命』。
領内総鎮守として古くから信仰を集め、応神天皇行幸の旧跡としても知られています。
由緒「当宮は世にいう葉田葦守宮で応神天皇行幸の旧跡である。葉田葦守は応神天皇の皇妃吉備兄媛の郷里であり、応神天皇の22年9月この地に御臨幸になった。応神天皇はこの行幸において、兄媛命の兄御友別命及びその子、兄弟のもてなしを受けたことを大変喜ばれ、吉備の地を分国し、長子の稲速分(下道臣の祖)に川嶋県、次子仲彦(上道、香屋臣の祖)に上道県、末子弟彦(三野臣の祖)に三野県、兄の浦凝別(苑臣の祖)に苑県、弟の鴨別(笠臣の祖)に波区芸県を与えられた。天皇崩御の後、御友別命の子中津彦命(仲彦)は、天皇の仁徳を追慕し、天皇の神霊をその行宮跡に斎き祀り、葉田葦守宮と称したのが現葦守八幡宮である。」岡山神社庁HPより
駐車スペースの都合上、西参道からの参拝とした私たち。鳥居の前より神域を守護されるのは、これ以上長く伸ばせないほど伸ばした顎の毛が特徴的な狛犬さん一対。顔立ちの割りに可愛らしさがにじんでいます。
鳥居の先はかなり急な石段参道・・・それでもとにかくここを上らなければ境内にはたどり着けません。
石段参道の中間あたりで出迎えてくれる随身門、ここでひとまず息を整えます。
随身門の内より神域を守護されるのは、狩衣の色目も美しい左大臣・矢大臣。後世に手が入れられたのでしょうか? 太い格子の向こうに見えるお顔はとても表情豊か。
三月の空を背景にすっきりと建つ唐破風屋根の拝殿。注連縄はまだかすかに稲藁の香りを残していて、何もかもが清々しい雰囲気。
拝殿額の下、蟇股に施された彫刻は「怒涛の中を飛翔する龍」。飛び散る波の飛沫さえ感じられそうな力強さに思わず圧倒されます。
木鼻の獅子はかなりご機嫌な顔で、一生懸命見上げる参拝者に愛想を振りまいてくれます。
下から見上げる象は、機嫌がいいのか悪いのか?この位置からでは判然としません。
素晴らしい彫刻が施された拝殿左右より神域を守護されるのは、天明6年(1786)建立の狛犬さん一対。特に私一押しの吽形さんは、その端正な顔立ちから狛犬界の貴公子と呼ばれています😊
拝殿の横に設けられているのは廻廊でしょうか?後方には明治3年(1870)に再建された本殿が見えています。本殿には『木瀬浄阿彌』作の円鏡が御神体として祀られているとか。円鏡は、慶長12年(1607)に『豊臣秀頼』が寄進したものと言われています。
本殿扉の上部、貫に施された彫刻は・・・・下は逆巻く波と右に伊勢海老。上は獅子の跳ねる姿が見えますが、その周囲にあるのは老松でしょうか?。素晴らしい彫刻ですが、写し手の腕の悪さは棚に置き、詳しい説明が無い為はっきりした事はわかりません。
境内にある神楽殿は絵馬殿も兼ねているらしく、天井近くの柱には沢山の絵馬が奉納されています。
「神功皇后の前で、生まれたばかりの応神天皇を抱き上げる武内宿禰」。明治時代の奉納とは思えないほど鮮やかな色使いに、思わず奉納年を再確認。
平安時代末期の嘉応元年(1169)に描かれたものを写したという「足守庄絵図」。実物は京都市の神護寺にあり、重要文化財に指定されているそうです。
摂社や南参道など、まだまだ興味深いものがありますが長くなりそうなので、この続きは「葦守八幡宮~其の二」で。
参拝日:2010年3月3日