車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

白崎八幡宮 in 山口県岩国市今津町

2024年07月26日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・山口県

岩国市今津町に鎮座される「融通の神:白崎八幡宮」。御祭神は『應神天皇・仲哀天皇・神功皇后』配祀『武内宿禰命・埴安姫命・事代主命・素盞嗚尊・菅原道真公・五男神(いつはしらのひこがみ)・大山祗神・金山彦命・少童神(わたつみのかみ)』

由緒「鎌倉中期建長二年(1250)時の領主、清縄左衛門尉源良兼が、遠石八幡宮の御神霊が白鷺と化して室木に垂跡することを知り、氏族の繁栄と領内安民守護の神として、今津琵琶首に創建奉斎したのが始まり。」公式HPより

2015年に初参拝。2017年はj🐣さん希望で二度目の参拝。

明るく開放的な境内、参拝者を出迎えてくれるのは朱の鳥居と朱の欄干。その奥、石段正面に座す社殿。この赤い欄干が無ければ見慣れた拝殿のお姿なのですが、人の視覚というのは得てして不思議な感覚を生み出し、後の記憶の中では「赤い社殿」にすり変えられていました😅。

拝殿奥に架けられた、全国で唯一の「イガムロの木の注連木」。側の案内に「自然の力により出来た注連木は大神様の御神徳が宿ると云われています。」 「イガムロ」は広島県の方言で「ネズ」の事。確かに注連木が奉納されている社殿は、中国地方では初見だと思います。

坂道の参道左右より神域を守護されるのは二対の狛犬さん。大坂型に近い「蔓延元年(1860)」奉納の狛犬さん一対。吽形さんには立派な角が。

「尾道石工・大村喜兵衛」刻、尾道玉乗り狛犬さん一対。大きな玉の割に、前足が妙にか細い。阿形さん、満面の笑み😆

境内入り口より神域を守護されるのは「明治三十三年(1900)」刻の狛犬さん一対。萩型っぽいイメージですがどうでしょうか。おや・・・阿形さん・・・!!立派な男子だったのね😲

狛犬さんの紹介が終わった所で、再び境内に。境内には沢山の摂末舎が鎮座されています。画像左「白崎鎮守社」。御祭神は「創建者:清縄左衛尉源良兼、弘中兼胤、歴代の武将・太宮司の御神霊」。画像右「白蛇社」。御祭神は『白蛇大神』

金銀融通・財運隆昌の「白蛇大神」、こんなイメージかな?(本殿の後ろには他の干支十二支も並んでいます)

画像左「粟嶌神社」。御祭神は『素盞鳴命・少彦名命・大己貴命』。 画像右「猿田彦神社」。御祭神は『猿田彦大神』

画像左「住吉神社」。御祭神は『住吉三神』。 画像右「劔神社」。御祭神は『武甕槌大神』

画像左「稲荷神社」。御祭神は『宇迦之御魂大神』。 画像右「銭亀かえる」。御祭神は『銭亀かえる大明神』

左より「三宝荒神社・恵比須神社・弁天神社・亀石神社」

手水舎

近くに奉納された新しい手水鉢。鉢には米俵に集まるネズミ。吐水の場所にはネズミの天敵「ヘビ」が描かれた自然石。う~~ん、干支と思えば問題ないのだけどシュールだわ😅

向井一路:句碑一杓の釜湯かしこし 寒牡丹 一路】

最後に・・神社庁の傘下から外れた所為で「白崎八幡宮」には神様がいない・・・という噂を聞きました💦  何でそんな話になるんでしょう?。日本古来の神様は、人が作り上げた決まりや規則によって、居たり居なくなったりしません。神とは人の敬いによって存在する大いなる力。神様のいない社・祠とは、誰もがその存在を忘れ果て朽ち果てた時に、はじめて何もない「モノ」になるのだと私は思っています。どれほど派手で有ろうと、商魂たくましかろうと、日々、神への祝詞を上げ、神を敬う参拝者が訪れる限り、神はそこにおわし給うのではないでしょうか。🙏  

参拝日:2015年11月19日&2017年11月27日

 


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2 コメント

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Unknown (だんちょう)
2024-07-26 19:17:25
こんばんは。

ほんとだぁww
大きな球の割りに
足ほそいですね

でも顔は迫力ありますよね!!
返信する
だんちょうさん (tibineko)
2024-07-26 21:34:19
 広島・尾道系の狛犬さん
最大の特徴はこの大きな玉で
別名「玉乗り狛犬」とも呼ばれています

わたしは「男(おのこ)」だと主張する狛犬さんがツボでした(笑)
返信する

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