降って来るもの

写真と散文とぽえむ

三番目に短い昼の日曜日

2017-12-25 07:00:08 | 聴心記

        ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ございます!!

 予報では”夕方から雨になる!”でしたが、雨は、一年で三番目に短い貴重な昼が終わるまで待ってくれました。

朝の散歩の続きで、現住所から5分もかからない新住所で始まった家の建築の進捗状況を覗きにゆきました。

基礎が済んで

この上に建ってゆきます。年内は此処までのようで正月の半ばごろから、いよいよ本格的に建物が建ってゆきます。

息子と孫も

見学に

ウオーキングの出発か遅かったので、水玉も殆ど姿を消したような・・。

公園に行くと

木蓮が春の支度を

日曜日の朝の散歩は、ゆっくりゆったり、撮りながら考えながら・・

随想「降って来るもの」詩10「優しい漣」に次いで、今年三冊目になる『徒然草』別巻「心訓抄」を師走初めの日付で上梓。

何時ものように、多少の危惧と幾つものドキドキを抱えながら、長い間に亘って心交を結ぶTOMOに送付しました

     

その人にとって、何某かの意味あるものに為ってくれれば‥と願いつつ

12/25 07:00:07 まんぼ

    

 

 

 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聴心記.LⅠ

2017-12-25 06:07:19 | 聴心記

                  LⅠ「命のmamaで」

 

目まぐるしくページを繰って

僕は新しい何行かを書き付ける

最後まで流れる様に到達するものもあれば

何度も幾度も立ち止まり

振り返り、頭を抱えて

ようよう産み出される一言や一行もある

TOKIとして

言葉の欠片を抱えて無毛の荒野を

何日も徘徊する事さえもある

 成り立ちの全ては

其々の経緯を辿って一様ではないのだが

そうであっても

僕が産み出したものに

僕が命のmamaであることに違いはなくて

どのphraseにも

どのtitleの一篇にも

愛しい感情と一緒に

その有り様の責任を負っているのだと自覚している

 大袈裟だけれど・・

*12/25 06:07

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聴心記.L(50)

2017-12-24 05:20:09 | 聴心記

                   L(50)「冬至」

 

三百有余回にも亘って繰り広げられる

一期一会の月日の明滅の中で

昼間が一番短い日の夕方に

黄昏から次第に薄墨へと移ってゆく風景の中で

昼夜が混在する境目を潜り抜けた

 それはまるで

僕が歩いてきた幾万幾千の道程の

いま歩く場所と殆ど同じ様な

誰彼を行く道中を往来している気分で・・

 

日常の闇夜は

必ず夜明けのブルーが今日を約して

今日の明るさを齎してくれるが

イノチの旅の終わりには

其処から果てない無の闇が続くのだろう

 

弥陀の慈悲で

天上の明るさに掬い上げられるか

閻魔の招きで

天下の黒暗を長々と彷徨うのか

ピリオドの先は誰も知らないけれど

 そんな風に

彼是と際どいもの想いを同行しながら

一年で一番短い昼間しか持たない

冬至という日の暮方のTOKIのまにまを移ろった

                      「純粋時間」

 

何一つの物音もない

何一つの不自由もない

何一つ不満のない

何一つのこれ以上もない

夜の終わり方の端っこに

闇と混在する朝の始まりの兆しの隅っこに

一日一回の貴重な

僕の純粋時間が有る

 

其処ではまるっきり一人で

何時でもアナタといたい僕が

何処かに雲隠れしたように

唯一人のfreedomの豊饒を抱きしめる

 

何の邪魔も

誰の節介も皆無の

純粋空間の其処で僕は

イノチの原点に回帰しては

再甦のエネルギーを補給するのだ

                        「何故」

 

何故だろう

僕は寒風をついて歩いている

 歩きながら胸の門戸を全開にして

降ってくるものを迎える

ココロを掠めてゆくものが

こんなに愛しいのは

 何故だろう

イノチの儚さを簡単には言えないけれど

何時でも胸の奥の奥で

点滅する侘しさが頭を擡げるから?

 何故なんだろう

ほんとうに風にそよぐ葦が愛しい

アナタの匂いがする丸文字が切ないのだ

限られた時間の中で

触れ合える人の温もりが恋しいのだ

 何故だろう

彼是とココロ騒ぎに揺蕩う移ろいの

果てないトキの間に間をゆく

孤独と触れ合うこの高揚は

この豊饒のトキメキは・・

 

いつかjinenの中に埋もれて眠りたい

いつか想い人の夢に遊びたい

 何故なんだろう

ひとりを慈しみ

百篇の夢に癒されるこの情感は

*12/24 06:13 万甫

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聴心記.ⅩLⅨ

2017-12-23 03:40:50 | 聴心記

                     XLⅨ「是非もなし!」

 

真冬の黄昏がどんなに侘しくても

ヒトはうららかな春を浮かべられる

体を傷つけてゆく風が

 暴虐の限りを尽くしても

僕等は頬を撫でてゆく優しさを知っている

今日がどんなに空っぽで

虚無と倦怠に犯された一日だったとしても

微笑みの記憶はそれを支える

 

今日を生きる得物が少ないと嘆く勿れ

それは求める各々の器にこそ盛られる

 

オモテとウラとmeiとanと禍と福と

幸不幸や運不運やイノチの長短やは

生きる必須のitemとして

是非もなくそれぞれに担うもの

それ故、彼の風雲児のように

”是非もなし!”に生きねばならぬ

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聴心記.ⅩLⅧ

2017-12-22 21:30:31 | 聴心記

                 XLⅧ「想いの織物」

 

此の儘を維持できれば

僕は一体何反の言葉の布を

幾枚の想いの織物を

手に入れることが出来るだろう

 その反物の存在が

箍て僕の冬を温めてくれる

何時か僕の夏を爽やかな涼風で満たす

 それはまだ

透き通る度に鮮明な像は結ばないけれど

埋火のように仄かに

身の内を温め続けてくれる予兆は感じる

 其処に

最も親しい沢山の僕と

附かず離れず傍に居てくれるアナタが居るから

この調子で織り糸を継ぎ足していけば

 きっと僕と

僕以外の誰かと一緒に温もれる

大きさや枚数の織物になる

*12/22 21:30

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聴心記.ⅩLⅦ

2017-12-22 06:08:01 | 聴心記

                   XLⅦ「一年で一番」

 

一年で一番短い昼間が始まる前の

一年で一番夜が長い一日の

二番目に長い夜のそろそろ終わりに向かおうとする

何とも微妙な時間割に紛れ込んで

 如何でもいいという人や

 それがどうした!という人には

何の意味もないだろう文章を

暗がりに小さな明かりの穴を開けて綴っている

 

書いている此の僕でさえ

意図してその時間の価値や意味を

詳細に記述しようと思っている訳ではないのだが・・

 ふと

一年で一番短い昼の事を思って

その続きにある

一年で一番長い夜を経験する前夜の

漣のように幽かに揺れる感慨が生じたので

その日脚の長短の事を面白可笑しく

言葉に移植してみたのだが・・

 

だから

それが如何した?と詰問されれば

 一たまりもない

                   「思惑を抱いて」

 

僕は膨大な数と量の書き物を残してきたから

愚作も駄作も

取るに足らない

 或いは

殆どがその範疇に分類されるかも知れない凡作や

その他の雑文に評価されそうな類も・・

 けれど

若しかしたらその中に

幾篇かの佳作や偶には秀作に値するのも

混じったり埋もれているかも知れないと自讃して

 是は

独り善がりで我儘な僕の望みだけれど

アナタと生活を共にできるような

アナタと昼夜を同居できるような

アナタの胸に届く傑作が含まれているとしたら

 其の玉石混淆から

アナタの一行や一篇が見つかったとしたら

ボクは半世紀に亘って倦みもせず

日捲りを更新してきた甲斐が有ったというもの

 

云わばその分厚さが

そのページの枚数が

何万字にも折り重なる言葉の重さと味が

 此の僕の

再生し続ける昨今の記念碑

 

戌年の水無月を目途にして

一つの集大成を為したいと

思惑を温めている

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聴心記.ⅩLⅥ

2017-12-21 14:32:03 | 聴心記

                     XLⅥ「極意は」

 

取り敢えずは

間も無くやって来る洗い師の”仕事納め”の28日だろうか

曲げるたびに痛みを伴う“ばね指”の

その度に湧き上がる苛立ちから

ironを持たない事で4分の3ぐらいは

少なくとも10日位は軽減される

上手く行けば

その間に掻き消える場合だって望める

(ばね指を体験した先輩が言っていたのだ)

 その前に

日常的になって来た”イブ”が有るが

便乗する意味は、遠の昔に既に色褪せてしまった・・

 その次と言えば

やっぱりよく晴れて気持ちのいい元旦の朝の

初日の出を撮るための、新年最初のwalking!!

 そうして

正月元旦だけ

寝惚け眼が完全に醒める、午前十時までに届く年賀状!!

表裏印刷物のは確認だけで済ますが

読むことでimageの拡がる賀状は繰り返し読む

 それから

すっかり正月も半ばになる頃に

予定日が含まれる次女の第二子との対面

無事に誕生を祝ったら

僕は幸せにも”七人の孫”を持つ身になるのだ!!

 お次に控えしは、っと

如月の最初の土日に予約した休暇村”讃岐五色台”での一泊の旅

又友達3人~4人での愉快な旅が・・

メーンは僕には2度目の”金毘羅詣り!!”

”丸亀城址”も予定に組み込んである

 それからそれから

そうこうして過ごしているうちに必ず遣って来るのが

春の訪れとともにあげる「竣工式」

僕には第三の故郷になる新居が完成する

新しい住所で女房と息子夫婦と孫2人と義母も一緒に

総勢四世代7人が同居して残りの人生を刻んでゆくのだ

 きっと其処までの月日は

世界記録を軽々と更新するマラソンランナーの

驚愕のspeedのように過ぎるに違いない

 まだあるぞ

月日は未定だが

女房の還暦祝いに子供3人と其々の連れ合いと

恵まれた7人の孫が一堂に会する一泊旅行!!が

全部揃ったら何と総勢15名にもなる

幸せの塊だ

 

そんな風に歩いてゆく先々に

心を騒がせる「楽しみ」を鏤めておくことだ

何時でも近未来の

手の届く場所に・・!!

 そうすれば

日々は素早くイノチの瑞々しさを運んでくれる

*12/21 14:32

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聴心記.ⅩLⅤ

2017-12-20 22:27:44 | 聴心記

                 XLⅤ「幾兆個の」

 

順列や組み合わせを捻り

想いを濃淡に塗し

意味を複雑に織り込み

気分を彩なし、心血を注いで

 一瞬ごとのイノチの有り様を

 cosmosに渦巻く星雲を

有無の垣根を超え

明暗の壁や、悲哀や憤怒の形相を突破し

千載一会のchanceを愛撫しながら

 僕はほんとに沢山の言句を陳列したので

流石に何処かで影のように

表裏の片割れのように

怪人のように何面相もの疑似体が

 うようよと連なるかも、と案じたけれど

千差万別のヒトの頭数のように

ひとつの束に括られたものは

それぞれに別物の一個の塊と一瞥の表情で

 幾兆個の細胞で生きる僕の

その一個に違いないのだと

其処に行き着いて安堵した次第だ

*12/20 22:46 万甫

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聴心記.ⅩLⅣ

2017-12-20 05:30:05 | 聴心記

                   ⅩLⅣ「無の抽斗から」

 

支えられているのをヒシヒシと感じながら

僕は一行を書き下して行く

 耳元に

そのヒトの息遣いが途切れたら

僕は書くという目途を失ってしまうかも知れない

 其処に必ず

そのヒトの眼差しが注がれ

僕はその温かい視野に見守られて

 無の抽斗から有を取り出し

色々の型枠に嵌め込んで

其々の形を創造してゆくのだ

 

支えられていることの確たる幸せを

強固な深基礎に据えて

                     「自惚れる」

 

僕が書いたものの全てに

対面してくれるヒトが

果たして数えるほどに居てくれるだろうか

僕が提示した沢山のフレーズに

ココロを付き合わせてくれたヒトが

せめて片手の指の数を越える位には

存在してくれているだろうかと・・

 

生きることの先行きと同じように

正確なことは何一つとして

明らかなものはないけれど

僕等は

其々に都合がよくて

各々に味方してくれる予想や想像で

明日の架け橋を渡ってゆくのだ

 

僕の書物が

両手両足の指の数では

少し足りない程の人に読まれていると

自惚れているように・・

                      「脳内青春」

 

活き活きと血が滾っている時代には

イノチがただそれだけで輝く絶頂期には

 次々と壁に挑み

これでもかとばかり

障害を飛び越えて疾走する

 前途に洋洋たる明日が約束されていると

信じて疑わないから

 

ムネの鼓動が静かに時を計るようになると

無理を押し通してはいけない

 必ず反動が来る

背伸びしてはいけない

必ずどこかを挫く

 多くを望んではいけない

積み重ねてきた過去に見合いの未来を・・

けれど

抑制の対象外があるとしたら

たった一つ「脳内青春」だろうか

 其処では

精力的な日常が可能だ

数多の夢を結ぶこともできる

                   「今日の衝動のままに」

 

書き過ぎてはいけないということが

有るのだろうかと

想うことが時折にある

 

数多く書くことの弊害が

何処かに出ないのだろうかと

訝ることがある

 

書き過ぎて損なわれてゆく

濃さや深さや鮮度やが

派生することは無いのだろうかと

自分に問い質してみるけれど

渦中に居てpenを奮っているときには

そんな危惧などお構いなしに

トキの間に間を通過してゆくのだ

 

それで良しとしよう

 

よしんば障害が発生しても

枯渇して

干乾びる未来が待っているとしても

それが明日だとしても

僕は書きたい今日の衝動のままに

今日の僕を物語ってゆくのだ

 

今日の悔いを

明日の思い残しにせぬ様にと・・

*12/20 05:30:05 万甫

 

 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聴心記.ⅩLⅢ

2017-12-19 14:22:38 | 聴心記

                  XLⅢ「淡々と」

 

潤滑油が膝の周囲にゆき渡るまで

-想いが心を穏やかに潤すまで

ゆっくりと動くのがいいのだ

-柔らかに思索するのがいい

速足で行かないと身に付かないと

助言をくれる人もいるけど

 体現するのは自分だから

掛け替えのない己の心と身体だから

軋んだり痛んだり歪んだり挫いたりしそうに為ったら

静かに佇んで

暫く成り行きを見守るのがいいのだ

 

歩くのも書くのも

その時に必要な分だけ

 淡々と熟してゆけばいいのだ

                   「三界に亘って」

 

書き物がどんどん積み上がって

もしかしたら

ちょっとした小山になるかも知れないけれど

その懐も、稜線も、麓だって、頂だって

僕のイノチの大方が沈殿し、堆積して

今もそれが鍾乳石のように成長を続けているので

僕はその山の何処に、何時どんな風に

ココロやカラダの塒を求めても

 永遠に変わらず温かいのだ

 

僕が注いできた心血で

僕の山は

僕のイノチと同じように生き

 三界に亘って呼吸している

                  「あらゆるMessiahに」

 

何かの階(きざはし)に足をかけた感触が

僕の何処かで察知できれば

 僕は何時でも

其処から無を辿ってゆく旅人になれる

 そうして

其処から何某かの有を紡ぎ出すのだ

勤勉な織工のように

 そうして

それは又それ以上ない

トキの間に間でもある

 そうして

そのように巡り会える

触感と感性を授けられたことを

 有りとあるMessiahに感謝したいと・・

*12/19 15:00 万甫

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする