降って来るもの

写真と散文とぽえむ

再開と再会

2018-06-30 05:02:03 | 日記

6/30 04:36     

お早うございます! 

 古希を前にした最後の誕生日の翌日の朝の18日に「anniversary」の記事をupして、正倉院の宝物のような、複数のブロ友さんからの祝福を受け、さっそくにも返事のコメントを!!と思って机に座りながら果たせなかった無念の朝から、30日の今朝で全くの空白期間は12日間に。

 本当に日時は嘘のように瞬く間に過ぎてゆきましたが、奇しくも今日は9年前の夏に亡くなった母の月命日と、7人の孫のうちの2番目の孫「颯真」の5歳の誕生日。この不思議な符号の合致は、人間は何時でも何かの後押しで生かされていて、僕の新しい命の拍動による再開と再会もそのような摂理に支えられて果たせることになったのかも知れません。

 夕べ遅くまでかかって女房が、遂に新しい「DELL」のパソコンの画面を、中断前の状態そのままに整えて(何しろ僕ときたら書き込むだけで、それ以外の操作や調整などは皆目ダメなので、まさに女房様様なんです)くれたので、今朝は4時過ぎには目を覚まし、新しい自分になった気分でブログの書き込みの再開と、待っていてくれた、そうして楽しみに読んでくれる「anata」との再会を果たしています。

 今朝の一瞬の朝焼け(僅か数分後には全く違った風景を演出しましたが)を撮ったので、其れが上手く挿入できてこの記事の上下を飾ってくれるのか?書き終えた後で挑戦してみます。無事に早朝の風景が載っていたら拍手喝采を!!それで完全復活と言えるかもしれません。

 本当に心配をありがとう。一瞬でも僕にココロを配ってくれた「anata」に改めて感謝を伝えて・・


04:55

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Anniversary

2018-06-18 06:36:49 | 日記

       ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ございます!!

 書き始めた時間は正確に記述すると”06/18”撮り立てて何もない月曜日の”05:47:18”。何時ものように障子を開けると、何時ものこの時間の三分の一ほどの明るさで、降るとも知れない粉糠雨が風景を静かに濡らしています。

 ですが、昨日は日曜日とFather s Dayと古希前の最後の僕のbirthday🎂と、更に天上のお天気神から”晴男”のお墨付きをもらったような、”蒼の称号”を授けられたような、記念日に相応しい一点の瑕疵もない、梅雨さなかの青天白日の夜明けになった

06/17 04:00

06:00

 PCに、何度も何度も“バージョンアップせよ”との表示が出るので根負けし更新ボタンを押したものの、ムカつくほどに時間を要してその間は全く使えぬこととなり、結局その仕様の更新は翌日の昼前までかかってしまった。

 仕方なく、書き込もうと思っていた”宇治”の記事は保留にし、誕生日に予定されていたscheduleを順を追って謎ってゆく。

 10:00から、年間に5回の当番を割り当てられている、自治会公民館二階の一画に設えられた図書室に詰める。09:45~11:05まで、僕は誰も訪れてこない静寂の僕一人の空間で、細かい文字がぎっしりと詰まった村上春樹の長編「世界の終わりと・・(上)」の文庫本を読み進める。

 役目を果たし終えると、同居し始めた義母の引っ越し荷物を運びに軽四貨物を回す。荷台いっぱいの荷物を積んでFHに到着したところで正午の時報が鳴り、そのままにして昼食を。

 前日の夜に”明日の夜は爺ぢいの誕生日のお祝いをするデ・・”と女房が孫達に喧伝していたので、その言葉だけでも滅多にない歓びの三重奏の一日を活き活きと送れそうな気分になった日曜日。

 夕食は皆揃っての「スキヤキ」を。義母からのプレゼントも有って嬉しい宵を過ごし、19:30からの町創り協議会の中の文化部会に出席。喧々諤々部員で意見を出し合い、ではまた次回に、と21:00に槐さん。劃して”Anniversary"の一日のお開きとなった

06/18 06:36 まんぼ

 

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紫陽花寺partⅡ

2018-06-16 05:40:51 | お出かけ

        ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ございます!!

 此の和室の少し開いた隙間から鈍色の空と陰鬱気な風景が見える。今日は曇り時々晴れ所により雨・・の梅雨を象徴するような文言が並ぶ土曜日。ブログ紫陽花寺の、そんな季節にこそ似合う様々なアジサイの色合いを賞味して気分を紛らわせて

此処は西国観音霊場十番の札所なので、納経所の前には行列が!!

  

参拝を済ますと、手入れされた一万本の紫陽花が咲き誇る五千坪の大庭園に

さまざまな種類と幾種もの色合いを楽しんで・・

     

  

紫陽花色の乱舞

      

見つけると幸せになるというの花房

       

     

堪能して、さてさてtitleの「京都 宇治へ」何処へ行きましょう・・

06/16 06:05 まんぼ

 

 

 

 

 

 

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京都.宇治へ-三室戸寺-

2018-06-15 06:24:13 | お出かけ

                      西国十番「三室戸寺」partⅠ

 

 用事があって女房と京都の娘宅を訪れ、序に西国観音霊場十番の札所、この時期なら京都の紫陽花寺として有名な「三室戸寺」へ行ってきました梅雨の晴れ間のに恵まれ、ゆったりとこの時期の花、六月生まれの象徴花でもある”アジサイ”を観賞してきましたよ

 受付を済ますと

参道の脇には

様々の

現在進行中の

山門に到達

     

参道から見えるアジサイ園では、幾種幾万本の紫陽花たちが七色の彩りを演出

平日の午前というのに、参道には人が溢れ、思い思いに立ち止まっては花を眺めたり写真を撮ったりで、そのゆったりと流れる時間に心地よく身を投じて、やっと「明星山 三室戸寺」の本堂へと続く石段に辿り着く。

  

本堂前には蓮池が設えられ、清らかな蓮の花が咲く・・、極楽浄土がこんな風になっているかのように

   

西国観音霊場十番札所「明星山 三室戸寺」本尊は「千手観世音菩薩」又の名を「紫陽花寺」

 

凄い人でしたよpartⅡへ                  06/23 06:23 まんぼ

 

 

 

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初夏のpromenadeを

2018-06-14 06:25:42 | 

    ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪

 初夏を感じさせた昨日の朝、Cameraを肩に5000歩ばかりpromenadeで撮り心に響くもの達を

栗の花

茅萱の穂

合歓の蕾

凛と野薊

松の花

早苗田と

赤clover

蓮池

久し振りに撮ろうかな!と思える夜明けの風景です暑くなりそうな・・

     

06/14 06:25 まんぼ

 

 

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我がChronicle.Ⅸ

2018-06-13 05:35:39 | 詩15

                     我がChronicle.Ⅸ-再甦へ-

 

 母の死と云う否応なしに齎された現実に因って、押し寄せる、もう永遠に”子供には戻れない”という類なき淋しさと切なさと儚さを契機に、三十年に亘る定型詩の成果を「道、なかば、」という歌集に纏めて一区切りつけると、間髪を置かず、僕はその哀しみとの引き換えのように、その侘しさを埋めるように「ぽえむ」に復帰する。

 二十代に自費出版したと思い込んでいた第4詩集”明日の鏡”の原稿を、母が居なくなって無人になった故郷の家の整理中に発見したのだ。果たしてそれらは無事に出版されて陽の目を見たのか?遠い記憶を辿ってみても記憶の行き着く先は茫洋としたまま。

 其処で手始めに復帰への第一弾として、その原稿に残存する当時の詩に、それ以後の20年余に僅かに書き溜めていた数10篇の詩を加え、改めて詩4「明日の鏡」として独立させたのだった。

   

 その出来事は、実に1979年から2010年に及ぶ30年もの年月を超える詩の空白の隙間を埋めるように、詩に、詩を書くことを僕に促し、その本然に復帰した紛れも無き瞬間だったような気がする。

 想えば、短歌の師でもあった母がそのように促がしてくれたのかも知れぬ契機を通過して僕は、劃して翌年の誕生日の日付で詩6「再甦」を生み出し、以後は毎年のように”多作こそ才能!!”と断じてくれた恩師の言葉を躊躇わず実行してゆく。

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我がChronicle.Ⅷ

2018-06-12 06:44:18 | 詩15

                  我がChronicle.Ⅷ-episodeⅢ.愛しきもの-

 

 僕は幸せなことに”古来希なり!”の齢を前に「七人の孫」を持つ満願成就の爺ぢいになった。しかも、もしかしたら其れは現在進行中かも知れないのだ。

 思えば京都で暮らしていた長女に最初の女の子が生まれた時から、僕は初爺に為れた嬉しさと、その愛しさに否応なく衝き動かされて「愛しきもの」に残す詩歌集を一心不乱に編んだのだ。若しかしたらその情熱こそが僕を詩の世界に引き戻した原因かもしれないと想える程に。

    「遙花の詩」は2010年まだママのお腹でイノチを養っている月日から、誕生して我が家で母子ともの安静な時間の集積を終えて京都に帰るまでの、凡そ2年間に亘って綴った詩歌を三冊の本に纏めたものだ。

   

それから、嫁いで三重に住む次女に長男が生まれた時にも産前産後を共に過ごした溢れるばかりの愛しさを文字にして、彼女がblog上で自ら綴った「新米ママの育児日記」を本にして、その後半のページを埋めた。

そうして、一緒に住むことになった長男夫婦に、長男の「湊人」に続いて長女「蒼唯」を授かり、僕は今嬉々として事あるごとにペンを握り「君の詩を!!」を現在進行形で書き継いでいる

   

一歳の誕生日を目途に書いてきたが、そうしてその日から早や一ヶ月が経過してしまったが・・。まだ閉じるのが惜しくて継続中のままにしてある。

爺ぢい記念日を七つも与えてくれた「愛しきもの達」は、それぞれにそれぞれの表情で僕の中に”宝物”としてあり、僕のイノチと共に、或いは僕のイノチを支える心柱として一緒に生きていると実感する日々である

 

 

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我がChronicle.Ⅶ

2018-06-11 05:48:25 | 詩15

                       我がChronicle.Ⅶ-祝歌と挽歌-

 

 書くことを支えたその短詩系の”みそひともじ”の形式は、省略と凝縮という書くことの重要なプロセスの在り方を鍛えてくれた。

 詩を書くことから隔たった三十年の月日を、折々に奏でる短歌を新聞に掲載される週に一度の地方版の短歌係宛てに投稿する日々。数多い投稿歌から入選に選ばれるのも、はたまた特選の栄誉に輝くのも、或いは没(書いた数の歌の比べれば、掲載されるのは一割にも遠く及ばない確率だったが)の憂き目を見るのも、全ては選者の感覚次第の新聞投稿の短歌欄だったが、其処で切磋琢磨した二十数年の武者修行は知らぬ間に僕のpoemの感覚も磨いてくれたような気がする。

 1982年運命の伴侶に巡り合って結婚。10数年ぶりに詩心が復活して愛のUTAを詩5として成立させた後は再び沈黙のTOKIを移ろったが短歌に限れば、その後の”祝歌と挽歌”で膨大な数の作品を生んだ時期でもあった。

 1984年1月、初めての我が子を授かる。それから一年半たって次女が誕生。僕はその度に何首もの”祝歌”を書き何度も応募した。1986年二人の孫娘を目の中に入れても痛くない程に可愛がってくれた義父が急死して舞台は暗転する。

 地域の消防の副団長という要職にあった義父が、行ってらっしゃい!と送り出したその火災現場で”脳内出血”で倒れ、ICUでの緊急の治療も叶わず僅か51歳の男盛りでこの世を去り、子供たちは飛び切りの”爺ぢい”を喪失。

  百か日の法要に合わせて短歌百首の挽歌を詠んだ。

1987年に長男誕生。喜びも束の間に2年後の平成元年(1989年)に父がこの世を去る。喜怒哀楽を繰り返しながら、その度に僕はその感情の起伏を歌日記にしながら日々を送った。

一人に為った母はその後の20年余りを故郷の家で過ごしていたが2011年に倒れ、それから四か月介護の甲斐なく他界する。

    

ようように心が穏やかになった頃に、母への挽歌「円ゐ」を編んで仏前に供えた。

翌年の一月、母の生まれ変わりのように京都に住む長女に初孫が誕生する。紆余曲折を経て僕はとうとう本物の”爺ぢい”になったのだ。

 平成22年、新聞に掲載された入選特選歌が200首を突破したのを契機に思い立ち、女房の百%の協力を得て詩歌集「道、なかば、」を完成させ、短歌と共に歩んだ20有余年の集大成としたのだった。

    

その間にも子供たちの結婚、孫の誕生と続き、僕は息つく間もない日常を余儀なくされていたが、多分それは幸せに裏付けされた繫忙の日々だったのに違いない。

その日常の中から再び詩心が芽生え、その芽を伸ばし始めるのはもう少し後の話になる。

 

 

 

 

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close-upレンズで

2018-06-10 06:16:04 | 水玉

     ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪

 まだ雨粒は落ちてきてないようですが、PC机の前の3分の1開けた障子の外の硝子窓から、今にも・・の鈍色の空が見えています。予報は太平洋を北へと進む台風5号の影響で所によっては豪雨になる!ですが、どうやらその嵐の前の静けさのような風景です。

 近畿地方も例年より少し早く梅雨入り(した模様です)との発表がありましたが、ちょうどその自信なさげな宣言と時を同じくして、此方は毎年明確に訪れる、子と孫と12人のうちの半分が此の水無月の間にひとつ歳を加える誕生日月間がスタートしました

雨が上がった昨日の朝は、久方ぶりにルミックスにクローズアップlensを装着して何時ものpromenadeを辿ってきました

   

      

紫陽花と

忍冬

     

    

野薊

     

お決まりの

滴たち

      

不思議の世界

      

久し振りなので、とても新鮮な感覚でしたよ                  09/10 07:47 まんぼ

 

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満気になることなど

2018-06-09 20:40:45 | 詩15

                          満気になることなど

 

気は様々の用途と居場所で

色々に変化するものだが

中でも

満気になることなど当に希少で

もしも

そんな好運に遭遇したら

他所は

絶対に見えなくなる

それが幸か不幸か

即断はしかねるけど

 警戒する必要は

 有りそうだ

気を散らしたり、或いは

気を小刻みに使ったり、又は

気を紛らわせて、ほどほどの気分で

気長に生きるのが得策かもしれぬ

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