集大成の宿題
受け入れるしか あるまい
否
受け入れるべきなのかも 知れぬ
その決断が
己が胸奥に潜む 不自由の 箍を
外してくれるかも 知れぬ
寛容であること
そうであり続けること
それは 人生の集大成の 宿題のように
耐え難い痛苦も伴うものだが
inochiの糧を 得るため
生きた証文を 得るため
是非もなく
その隘路を 選択しなければならぬ
集大成の宿題
受け入れるしか あるまい
否
受け入れるべきなのかも 知れぬ
その決断が
己が胸奥に潜む 不自由の 箍を
外してくれるかも 知れぬ
寛容であること
そうであり続けること
それは 人生の集大成の 宿題のように
耐え難い痛苦も伴うものだが
inochiの糧を 得るため
生きた証文を 得るため
是非もなく
その隘路を 選択しなければならぬ
こんばんは !
一日中素敵なお天気になりましたね。アナタの時間は輝きましたか?
そう、今夜の”まんまるお月さん”のように、心配事のない明るさになりましたか?
蒼く美しい夜明け前の空
そのまま12時間が経って
晴れ渡る空に
10/31 06:20pm まんぼ
~~~ヾ(^∇^)おはよー♪
最強の山城「高取城」には、最強の備えがある。急峻な大手道を上っても、本丸に導く”大手門”まで、何と二の門から六つの堅牢な門を突破しなければならないのだ。
それも強固な石組みの石垣で守られた・・
二つ目の門跡はまだこんな山中に存在する。
一会の記念に
気力も体力も使い果たしそうになる・・
宇陀門を突破
何を語らむ・・累々と石垣
鬱蒼と樹木
這う這うの体で、最後の門「千早門」に到達。残すは天主への入り口「大手門」のみ
往時の城をCGで再現したものが有る。
これが昔日のまま残る、大手門の整然と築かれた苔むす石垣。
あと一息でいよいよ本丸にひと息いれますね・・ 10/31 05:50 まんぼ
こんにちは!!
明日朝にUPするつもりだった国見櫓からの展望。午後少し余裕の時間が取れたので”今日出来ることは今日のうちに”で、ここから-国のまほろば-を見下ろす最高の眺望を
空には適度に青が有って、白い雲と大和平野と・・
明日香から国中の風景。右の山が”大和三山”の「耳成山。左が「畝傍山」ですね。
手前の横に細長い山が「天の香久山」です。
この畝傍山の手前に拡がる家々が、歴史とロマンの宝庫「飛鳥」の里。
二つの瘤が在る「二上山hutakamiyama」
最高のシチュエーションで!!
素晴らしい長めに暫しウットリ。そこまでに搔いた汗をスッカリ拭い去れましたよ
気分を一新して、明日からまた、本丸への”城登山”を続けます 13:51 まんぼ
~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ございます
暫く休息してようよう息も整ったので、さあ!元気を出して”国見櫓”まで上りましょう
自然の池かと思ったら「水堀」
二の門石垣の数々
野面積みですかね
此処でこれだけの石垣。圧倒的な物量です。
険しい坂道を
240m登って、まだ本丸まで520mあるとの標識
取り敢えず目的の此処へ!!
櫓の石垣を下から撮ると
ǑǑ、こわ~上から覗くと・・
この目にした素晴らしい”国見”は明日に 10/30 07:12 まんぼ
誰かと何かを
誰かと何かを共有する
inochiの一滴を持ち合える
そんな現実が有れば
人生を亘って行く
それはkonjikiの楔
monoでもいい
tokiの印でもいい
muneで秘め持つ記憶でもいい
有形無形に拘らず
青史の何処かに刻むもの
標のように
栞のように
珠玉のように
誰かと何かを抱き合える
platinumの燦燦
お風呂に迎えに行って、服を着せて、暫く戯れる
機嫌が良かったのか、shutterを押すまで珍しく、じっと動かずにいてくれた
昨日と今朝の”秋の雲”を
10/29 9:39pm まんぼ
さてそれでは、anataも一緒に”城登山”の始まり!!
車で近付けるギリギリまで上って、
やっと城へと登る「七曲り」に取り着く。これが又キツイのなんのって。
延々と・・七曲り・・
やっとこさクリアしたと思ったら、次は一直線に登る、更に過酷な・・
上から下を眺めると
此処でやっと、最初の石垣が姿を現す。登り始めて30分後の事。
本丸跡までは、まだ
やっとの思いで”二の門跡”に到達。
凡そ40分の険しい道程。途中で何度かへこたれそうになったが何とか・・
まだ高低差110m、900mもある。
此処で一休みです。10/29 13:58 まんぼ
~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ございます
昨日の朝のブログで少し触れたように【日本三大山城】の一つ、恐らく最強と胸を張ってもいい、城好きの数多のヒトに自慢できそうな、地元大和高取の「高取城址」へ行ってきました
何しろその日本一の山城の全域を把握するのは、広大さと山中の高低さも有って非常に困難だともいわれている。
黒門という城への入り口、つまり通常の家の敷地(郭内と呼ばれる)の周囲は凡そ”七里半(約28㎞)にも及び、その面積は6000万㎡にもなるという、当に日本一の山城。
二の門から三の丸・二の丸・本丸を含む部分を、通常の家の建物部分で(城内)と呼び区別されている。
高取城は1585年、豊臣秀長の重臣「本多利久」が城主となって、天守閣・石塁など本格的な築城が進められる。別名「芙蓉城」とも言われる。
昭和28年に”国の史跡”に指定され、平成18年には”日本百名城”に認定された。
10:30出発。10分ばかり歩いたものの、まだまだ”郭内”に。体力の消耗を出来るだけ抑えるべく無料の観光駐車場まで引き返し、車で登れるギリギリの地点まで辿り着く。それでも”城内”への目印になる”猿石”の置かれた二の門へは”七曲り”や”一升坂”を踏破し、青息吐息で一歩ずつ登るしかない険しい道程が続く。
まさに”城登山”の呈。森閑とした森林の空気を僅かに揺らせながら、自分の吐く息の粗さにたじろぎながら・・。
掲載する写真の時刻に注目してもらいたいと思う。どれだけ時分を費やしたのか。全ては薄暗い山中の移動。誰とも出合わず。同道してくれた友人は”先に行け”と言うので、後方に置き去りにする。
因みに「日本三大山城」とは
岡山の「備中松山城」唯一建物が残る。
美濃の「岩村城」は海抜が721mと最も高い場所にある。
大和の「高取城」は比高(麓から本丸までの高低差)390mと日本一なのだ。
さて、長々と関連の事項を書き連ねてきたが、つまりは、最低限これだけは説明しておかないと、唯写真の羅列になる恐れがあるのだ。それでは、昼を挟んで14時半まで郭内に留まった証の写真をUPしてゆくことにしよう。
我が住む大和に、神社仏閣で知られる奈良に、全く畑違いの”遺産”があることを誇りにしたいと、下城して一日が経とうとしている今、改めてそういう感情に溢れる。
10/29 07:17 まんぼ
~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ございます
何時の間にかaki 。そのautumnも何時の間にか深まって・・。TOKIはうつろい、ヒトもまたうつろう。日日のinochiの手懸りは何?漂泊を共にするのは誰?刹那の無常を熟すのは情?問答しつつ諾否もなく月日の大河を渡る・・。
秋とふ季節を亙る一個の鋭敏な魂よ。
はなのように
ひかり纏って
しみじみとautumn
恙ない一日で有りますように
10/28 06:02:06 万甫