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大空に伸び行く楠のように・・・

2003-11-04 23:45:00 | 徒然なるままに
11月1日(土)

今日は、中学校のPTAバザー「くすのき祭」。
今年は校庭が使えず、中庭と体育館を使ってと言う、イベント抜きのバザーだった。
去年、一昨年と「ソーラン」を踊る関係でお手伝いは出来ないでいたが、今年はお餅つきのお手伝いで参加した。
つきたてのお餅は飛ぶように売れ、あっという間に完売。
中学校では役員をやっていなかったので、他学年の保護者の方達とはあまり面識がなかったが、たった1日で友達がたくさんできた。

生徒たちも、ボランティアでどこのブロックでも良く手伝ってくれた。

このバザーの売上は学校の備品や、生徒達に思い出になるイベントなどの資金になるのだが、今回はバザーのみで呼び物のイベントがなかったためか、売上は伸びなかったとか。

このバザーは、昔、日本中の中学校に校内暴力の嵐が吹き荒れていた頃、当時のPTAが、学校の窓ガラス代をまかなうために始めたのだそうだ。学校の窓ガラスを割るなど暴れていた生徒たちは、自分達からボランティアを名乗り出、あらゆるお手伝いをがんばったのだと言う。
当時、学校は荒れていたが、親の意識も先生方の意識も高く、生徒達も吹き荒れる校内暴力の嵐の中で一生懸命学校生活を送っていたのだと思う。
今年の初め、当時のPTA役員で、現在は補導員や相談員をされている方達にお話を伺う機会があった。
その方達のお話の中で、当時、いろいろ手を焼いた子ほど、今、一人前の社会人や親になって、ばったり出会ったりすると、向こうから挨拶をしてくれるそうだ。
逆に、あの嵐の中で、ひたすら耐えるだけだった子ほど、同級会にも出て来ないのだという。

正門の大きな楠は、そんな学校のいろいろな時代を見つめながら、豊かな葉を茂らせ、子ども達の未来を育んでいてくれているのだろう。

たくさんの子ども達が、どこかで楠を見かけるたびに、母校の楠と、この「くすのき祭」を懐かしく、誇らしく思い出してくれることを願ってやまない。

来年は、ぜひまた校庭いっぱいに、生徒たちや先生、保護者の方々、地域の人たちと一緒に「ソーラン」を踊りたい!

こども来てくん祭!

2003-11-04 11:34:00 | 徒然なるままに
10月31日(金)

末娘の通う小学校で子ども達によるお祭り『こども来てくん祭』があった。
生活科・総合的な学習の取組みとして、各学年ごとにテーマを決め、発表したり、各教室を使ってのゲームや試食会などが行われた。

スタンプラリーや呼び込みなど、子ども達が元気に自分達の発表をアピールして歩く。
知らない「お母さんたち」に、一生懸命説明してくれたり、案内してくれたり、ゲームを応援してくれたり。
ちゃんとシフトを組んであり、自分達もいろんな学年のクラスに行って『お客さん』になって楽しんでいた。

娘の学年は『サツマイモ王国』。ゲームあり、芋版あり、ツルで作るリース作り講座ありと盛りだくさんだった。

5年生は『大豆』で、味噌や黄な粉、おからと豆乳で作ったドーナツなどの試食があった。

何人かのお母さん達から先日の『来てくん祭』での「ソーラン」をほめてもらい、講習会を開いてほしいと言われた。

ソーランにきている子達のクラスを回るたび、子ども達が寄ってきてくれたり声をかけられた。
我が子の発表だけでなく、全学年の発表をわが子の発表のように嬉しく楽しく見て回れて、とっても楽しかった。

響け!歌声 秋空に、みんなの心に・・・

2003-11-04 10:11:00 | 徒然なるままに
10月29日(水)

今日は、中学校の文化祭。
午前の部は、文化部や、個人、学年などの発表。
朝から、娘を励まし、誘ってみたが、娘は
「クラスに行く勇気がない。」
と言って動かない。
「行きたくないんじゃなくて、行く勇気がないなら、勇気が足りない分、みんなの勇気をもらえばいいんだよ!」
私の説得に、娘は
「・・・1時から行く」といい、部屋に篭ってしまった。

このところ、連日のように友だちからのメールが入り、家に遊びに来てくれたり、担任の先生も昨日、今日と家まで声をかけにいらしてくださったり、周りも、娘自身も、この「合唱コンクールに参加する」と言うことを意識して過ごしてきた。

私もプレッシャーにならないよう、でも、これをチャンスにしたい娘の背中をそっと押して上げられるタイミングを逃さないよう、かなり神経を使ってきた。

「お昼に迎えにくるから」と娘を残し、学校に向かった。
休憩時間に、娘の同級生達がやってきたので、
「1時には来るって言っているよ」
というと、
「○○ちゃんの椅子、私の隣に持ってきてあります」
「口ぱくでいいから一緒にステージに立ってほしい」
「小学校の時にも歌っている歌だから、ぶっつけ本番だって歌えるよ!」
私が、
「『クラスに行く勇気がない』って言ってるんだけど、必ず連れて来るから、来たらみんなの勇気を分けてあげてくれる?」
「うん!おばちゃん、きっと連れてきてね!」

先生もいらして、
「たとえ私服でも仕方ありません。保護者席ででもかまわないから、みんなの歌を聞いてほしいです。昼休みの声だしに間に合えば、ぜひステージでみんなといっしょに歌ってほしいのですが・・・」
とおっしゃってくださった。

3年生の学年発表は、修学旅行のスタンツ・ダンスの披露だった。
若さはじけるダンスは会場も興奮状態。
あのシャイな息子の長身を思いっきり動かして踊る踊りは、なかなか迫力があって上手だった。
去年は、「南中ソーラン」のリーダー、今年は野猿の「フィッシュ」。
先週、家にクラスメイトが「合宿」に来て練習した成果があったと思う。

昼に家に帰る前、娘に携帯で
「制服に着替えて、すぐ出られるように」
と言っていたにもかかわらず、帰宅すると私服のまま。
みんなのメッセージを伝え、今日、誕生日の兄の中学最後の演奏を、制服を着て会場で見てほしいと、最後は泣いて頼んだ。
娘は、入学式で、さあ、これから兄が新入生歓迎の歌を伴奏し、上級生たちが歌うと言う直前に、貧血を起こし、保健室に運ばれ、兄の演奏を聞いていないのだ。
確かに家では練習を聞いていたが、体育館で聞くそれとは意味も状況も違う。

最近、すぐに思いが先にくると涙もろくなっている私を見て、娘はようやく制服を着て車に乗ってくれた。

体育館には私達だけが座っていた。
学校のあちこちから聞こえてくる、最後の練習の歌声。
時間になり、生徒や保護者が入ってきた。
3年生が私達の前を通る。
息子が長女を見つけ、私の顔を見た。
私は黙って頷いた。
1年生が入ってきた。
娘を見つけた何人かが駆け寄ってきたり、手を振ってくれた。
先生も来てくださり、話し掛けてくださったが、娘は頑として動かなかった。

娘のクラスはトップバッター。
とても気持ちのこもった、一生懸命な歌だった。
女の子達は、指揮者を見ながら、娘にメッセージを贈るように歌っているように聞こえた。
私は、ビデオカメラで一人一人を写しながら、心の中でみんなにお礼を言っていた。
このビデオを、娘が見ることが出来るのはいつだろうか。
その時、どういう気持ちで見るだろうか・・・。

歌い終わった子達が娘を迎えにきてくれた。
「一緒にクラスの席で見よう!」
私は、
「もう、出番は終わったから。みんなのところで見ておいで」
と、娘の背中をそっと押した。
娘は友達に手を引かれてクラスメイト達の制服の中にまぎれて行った。

合唱は、3学年、どのクラスも立派で上手だった。
2年生はどのクラスも人数が多く、声に迫力があった。
難しい年頃で、部活も忙しく、練習も大変だったろうに、メッセージが心に染み入るような歌ばかりで、涙が出てきた。
優勝した組の「時の旅人」は、全学年を通しても素晴らしかった。

1年生は隣のクラスが優勝。いろいろなことを乗り越え、全員参加で勝ち取った優勝に心から拍手を送りたい。
娘のクラスは僅差で優勝を逃した。
親の勝手な思いだが、一生懸命練習してきたクラスのみんなには申し訳ないが、私は優勝できなくてどこかでほっとしていた。
「僅差」に娘の「居場所」を見つけた思いだった。
今回は会場に来るだけでいっぱいいっぱいだった娘。
この経験を、次に繋げていけるよう、願ってやまない。

3年生は息子のクラスが2連覇を成し遂げた。
こちらも接戦だった。
音楽の先生のクラスがライバルだと思っていたら、最後までまとまりのないクラスと思っていたクラスが素晴らしいハーモニーを聞かせてくれた。
息子たちも、
「これは大逆転はありかも?!」
と焦ったそうだ。

3年生、中学最後の学校行事。
本当にいろんなことがあった学年だった。
そんなあれやこれやを乗り越え、これからいよいよ受験に向かっていくこの時期、本当にクラスの心が一つにまとまって、素晴らしいハーモニーを聞かせてくれた。

今回、参加できなかった娘も、来年、再来年は、あのステージで持ち前の美声(カラオケ採点95点!声量100点)を聞かせてほしい。

息子へ。
合唱コンクール2連覇おめでとう!3年連続ピアノ伴奏お疲れさん。
そして、15歳のお誕生日おめでとう。

「千葉の文化は私が作る~♪」北天魁の心意気に励まされて

2003-11-04 08:36:00 | 徒然なるままに
10月28日(火)

昨日、北天魁の練習を見学して来た。
今回はソーランの「お母さんチーム」の方と一緒に。

会場に到着すると、今日は県庁の方々が見学にいらっしゃっていると言うので、私達も一緒にプロモーションビデオを見せてもらった。
3年前、札幌よさこいソーランを見て、千葉にもソーラン隊を作りたい、千葉にもこんな祭りを打ち上げたいと言う強い思いで始めた「代表」の熱い思いと、「北天魁」の、「千葉の文化は私が作る~♪」という力強い踊りに、皆さん感動していらした。
一緒に見学に来た「お母さん」も、気持ちはもう、「来年の札幌で踊ってみたい!」と熱くなっていたのではないだろうか?

これだけのメンバーをまとめ、他のソーラン隊との連携や、千葉県中にソーランを広める活動、各イベントの参加・プロデュ―ス・・・いろいろなご苦労もあることだろう。
中身の濃い、充実した練習。メンバーのほとんどが学生や社会人。みんな、この練習の時間を確保するために、いろいろやりくりしてきているのだ。
練習後のミーティングや、本番の後の反省会は見学者の私でも身が引き締まり、いろいろ勉強になる。何より、同じ「ソーランを愛するもの」として挨拶を交わしたり、励ましてもらえることがとても嬉しい。
このところちょっと落ち込んでいたが、「11月2日には一緒に踊りましょう!」と声をかけてもらい、元気をたくさんもらって帰ってきた。

11月2日、千葉市民産業祭り。
去年、私は見物人で、「南中ソーラン」の「乱舞」の時に飛び入りで参加した。
今年は40人のソーラン隊を率いての参加。
手作り長半天と、手作り大漁旗を翻して、晴れ舞台を飾るぞ!

「私はどうしてソーランをやっているの?」

2003-11-04 08:01:00 | 徒然なるままに
10月27日(月)

夕べ、末娘と「ソーラン」についてじっくり話し合った。
どうして急にやらなくなったか、本当の気持ちはどうなのか。

上の子のお供で来ているうちに、なんとなくソーランをやっていた末娘。
親が指導者をやっている関係で、仕方なくついて来た事だってあるだろう。
一緒にやっている同学年の子たちはほとんど、自分の意思で入ってきた子たちだ。
私は、彼女の親でありながら、全体を見る責任者でもある。
時にはよその子を抱っこし、新入会の子の担当になっている時もある。
本番の時は、責任者・代表としてあいさつをする。
ぐずる子どもを置いても会場に行かなくてはならない時もある。
そういう私への甘え・反抗・SOSもあったのかもしれない。

でも、同じ学年でも、子どもだけで来て頑張っている子もいる。
なにか、彼女の中で、自分でも上手く言葉にはできないが、今までのように、ソーランに向かっていけない何かが滞っているようだった。

でも、ポツリポツリと話し出した彼女は、最初のうちはなんだかんだと周囲や場所のせいにしたりしていたが、そのうち、自分の中の自信のなさ、ちょっと辛かった時、私がいなかったことの寂しさや、それを私に言えなかったことなどを打ち明けてくれた。
そういえば、最近、
「私はどうしてソーランをやっているの?」
と聞いてきたことがある。
出掛けの、集合時間ぎりぎりになってから言い出し、なかなか支度をしない彼女を叱ったことがある・・・。
今までの自分の気持ち(全部ではないだろうが)を話してから、実はソーランを辞めたくないことを泣きながら話してくれた。

「私はどうしてソーランをやっているの?」
これは、娘から私への問いかけであると同時に、私自身への問いかけでもあると思う。
ソーランを始めて3年目。当時作った手作り長半天も、何度も洗っているうちに色あせ、日に日に成長する子ども達の長半天も、だいぶ小さくなってきた。
「南中ソーラン」で始まり、今は「どっこいしょ」と千葉のオリジナル「よさこい島」も踊っている。大きな本番を体験するたび、揃いの派手な長半天や、自分達のオリジナル曲・踊りもほしくなってくる。
メンバーが増えて大きくなると言うことは、いろいろな考えの人たちも増えるということ。
より上手にかっこよく踊りたい!という人たちと、基本からしっかり教えてほしいと言う人、練習にはなかなか出られない(塾・習い事・部活・受験・仕事etc.)けど、なるべく本番には出たい人・・・。そういう人たちにも対応できるように練習メニューも多岐にわたってきた。
今の私達が目指すものと、3年間の中で培ってきたもの、最初の頃の思い・・・。
時代と共に変わっていくもの、変えていかなければならないことと、大切に伝えていくべきもの、こだわり続けたいもの・・・。
今、「立場」と「本音」の部分で揺れ動く私の心を映すように、娘が送ってくれたメッセージ・・・。

「見る人も、踊る人もみんなが元気になるソーラン」

11月の本番、娘はがんばると言ってくれた。
私も、「自分のソーラン」を思いっきり踊るぞ!

やっぱりこどもが主役!でも負けてないお母さん達の「本気」のソーラン!

2003-11-03 12:57:00 | 徒然なるままに
10月26日(日)

今日は、公民館祭りの本番。
昨日の『来てくん祭』の翌日と言うのに、午前中からやる気満々の子ども達。
ところが、うちの末娘は昨日の元気はどこへやら、「今日は踊らない!」と言い張り、「でも、お祭りには行く」といって衣装を待たずに出かけた。

立ち位置も段取りも決まってみんなが待機している時でも、娘は頑として仲間に入らない。
でも、いよいよ本番になってみると、娘は一番前の席に座ってみんなの踊りを見ていた。

最初は子ども達のソーラン。
お客様は年配の方が多く、子ども達の元気なソーランにたくさん掛け声をかけてくださった。
二部は大人のソーラン。
間近かで知り合いの人たちが見守る中、まだ覚えたてのソーランを見せるわけには行かないと、当日の出演を辞退された方達も見にいらしていた。
お母さん達の「本気」のソーランは、いつも以上に気合いが入っていた。
お母さんから離れない幼児も一緒に踊っていたのだが、いつもはお母さんの後ろに隠れている2歳の子が、手拍子を送ってくれるおじいちゃんやおばあちゃんたちの前でポーズを決めるたび、やんややんやの拍手と歓声が湧き上がる。
そうすると、どんどんお母さんから離れて、前のほうのお客さんの前で、堂々とその気になって踊りだすのだ。
もうそうなると、観客の視線は、子ども達に釘付け!
お母さん達はバックダンサーと言うか、「背景」に近かったかも?
子どもの力には本当にかないません?!

3曲踊り終わったあとのみんなの爽快感溢れる顔は、見ていて本当に清清しい。
公民館の方からも、他団体やお客様方からもお褒めと感謝のお声をかけていただき、何とか無事終了。

娘はみんなの踊りをどんな思いで見ていたのだろう。


今日は、実はもうひとつ大切な行事があった。
息子のピアノの発表会。
公民館の本番終了後、間に合う予定で駆けつけたのだが、行く途中で、交通事故渋滞にはまり、お祭りで交通規制があって迂回してやっと会場に到着した時には終了直後だった。
お友だちのお父様から、
「上手に落ち着いて立派にトリを勤めていらっしゃいましたよ」
と言っていただき、ほっとするやら、息子に申し訳ないやら、自分が情けないやら・・・。
でも、もう、私がついていなくても、自分の役目はきっちり果たせるようになった息子の成長を喜ぶべきなのであろう。
でも、やっぱり、見届けてあげたかったな・・・。
帰り、「腹減った~!」を連発する息子のリクエストに応えて、「元気いっぱい活力ラーメン」を食べて帰った。

29日は息子達の中学校の文化祭。
午後の部の合唱コンクールで息子は自由曲のピアノ伴奏を担当する。3年連続のピアノ伴奏。去年の最優秀伴奏者賞のプライドと、クラス優勝2連覇をかけての伴奏。
今度はしっかり見届けてあげよう。
最高のお誕生日になることを祈りながら。

来てくん祭、本番!

2003-11-03 12:11:00 | 徒然なるままに
10月25日(土)

今日は、いよいよ子ども達の小学校のPTAバザー『きてくん祭』当日。
今年は、体育館のステージでのソーランの発表だ。
昨日の夕方、中央公園でソーラン隊だけのリハーサルはやったが、ステージを使っての全体のリハーサルはやっていない。
今回は、『プチコンサート』と称して、去年好評だった、子ども達の得意なことをみんなの前で発表してみよう!という企画だ。
そこで、3曲別々のチームを作り、より自分達らしいソーランを発表しようと、振り付けも衣装も子ども達の自由な発想やアイディアを活かした舞台を目指して、夏休みから企画・練習してきた。
ところが、蓋を開けてみると、参加希望チームが多かった。
仕方なく、ソーラン隊として一まとめのチームとして出場。曲も2曲でエントリーすることとなった。
そうなると、みんな一律の参加費を払っていながら、舞台に全員は乗れない上に、入れ替えの時間も取れないとなると、その舞台構成、人数構成をどうするかで、散々もめてしまった。
その上、時間が押したら1曲だけしか踊れないかもしれない。順調に行けば2曲。でも、もしも時間が余ったら3曲踊れるかもしれない・・・。
そんな状況で迎えた本番。いつもの本番と違って、大人も子どももいろんな悲喜こもごもがあった末に迎えた本番。
せっかくの自分達の学校での晴れの舞台。
子ども達は頑張った。
私は舞台袖で、キューを出しながら、子ども達の気迫に目が潤んでしまった。
1曲終わるたびに、リーダーが私の顔を見る。
「2曲目行くよ。鳴子を出してかまえて!」
あの激しい『南中ソーラン』を踊り終えた直後と言うのに、すぐに『どっこいしょ』のかまえ。でも、太鼓の音が鳴り出し「どっこいしょ!」の掛け声で、子ども達ははじけた!
会場の子どもたちも、一緒に踊り出し、あちこちのクラスメイトから掛け声がかかった。
踊り終えて、リーダーが私を見る。
時計はまだ1曲を踊って退場するだけの時間は残っていた。
でも、3曲連続で踊ることはきついはず。でも、舞台の皆は次の曲のキューを待っている。
音出しの先生に3曲目をお願いして、みんなに見えるように3本指を見せた。
構えの姿勢でじっと音を待っていた子ども達は、音が聞こえ出したとたん、生き生きと踊りだした。
あの真剣な、でも、嬉しそうな、美しい踊りを私は忘れない。

最後のポーズが決まると、会場中が大喝采。
私の後ろで見ていた卒業生の中3の子たちが、当時の担任の先生に
「ソーラン変わったね」
と言っていたのを聞いて、わたしが、
「あなた達に憧れた後輩達が、しっかり引き継いでいるんだよ。あなた達も今度は中学校で、今、自分達が踊るソーランを踊ってごらんよ。あなた達の「中3のソーラン」を見てみたいな」
と言ったら、「元祖」達は黙って頷いていた。
当時、「金八先生」の最終回に感動した担任の先生達が、この踊りを春の運動会に6年生の出し物として取り組んだ。その踊りに感動した後輩達や父兄で立ち上げたソーラン隊だ。
「元祖」たちは2つの中学校にそれぞれ進学し、いろいろな場面でソーランを踊ってきたが、「中3」になってからはどちらの学校でもまだ踊ってはいない。
「受験」と言う大きな現実を前にいろんな思いで毎日を送っているであろう「元祖」達。
当時作った「長半天」はもうとっくに小さくなって着られなくなっただろう。
踊り方もほとんど忘れてしまったかもしれない。
あの頃想像していた「中3」のイメージとは違う「中3」の現実を生きている「元祖」たち。
彼らの目に今日の「ソーラン」はどんな風に映っていたのだろうか・・・。

お母さん達からは、
「いつもは一緒に踊っているから、自分の子がどんな風に本番踊っているか見られなかったけれど、みんなはもちろん、自分の子の踊りに感動したわ~!」
と言ってもらった。

あんなにいろいろな問題があったのに、子ども達の頑張りが、全部一掃してくれたようだ。
いや、逆に、
「この子達の思いを大切に、いい練習、いい本番を重ねていけるよう、私達がしっかりサポートしていかねば」
という気持ちにさせられた。

帰り道や、帰宅後家にかかってきた電話で、いろんな人たちから、
「うちの子、クラブが忙しくて練習に行けなくなっていたんだけど、『続けていればよかったなあ』なんて言ってましたよ」
「下の子が、『お姉ちゃんの着られなくなった長判天出して!私もソーラン踊ってみたい!』って言ってるんですけど、今度の練習はいつですか?」
と声をかけられた。

明日は、公民館祭り。
子ども達の踊りに触発された、お母さん達の「本気」の踊りが楽しみだ。

自分を好きになる。自分を大切にする。

2003-11-03 00:46:00 | 徒然なるままに
10月23日(木)

今日、学校カウンセリングの後、図書室に本を借りに行った。
お目当ての青木和雄さんの本は全部貸し出し中だった。
図書の先生に、長女のことを話し、そういう子が、そういう時に読むのにお薦めの本はありませんかと尋ねたところ、何冊か本を選んでくださった。
その中に、「自分を好きになる本」(パット・パルマー著・eqPress訳)というのがあり、帰宅後、私は娘より先にそのページを繰って見た。

『自分を好きになるということは、大人にとっても、こどもにとっても、難しいことです。』
『自分を好きになり、自分をかけがえのないものと感じることを英語ではSelf-esteemといいます。しかし私たちはSelf-esteemを感じることもないまま、Powerlessness(無力感)の中に放り出され、自分の価値がわからなくなってしまうことが多いのです。』
『この本は、アメリカの子供たちのためにかかれた本で、相手を傷つけることなく、自分を主張する「アサ―ティブ・トレーニング」の中から生まれました。
「アサ―ティブ・トレーニング」とは、ありのままの自分や他人を認め、自分の中にあるPower(力)を信じて、一つ一つの出来事に対処していくための方法論です。』(訳者あとがきより)

「自分の気持ち」に向き合ってみる。
実は、私が一番苦手とするところなのである。
でも、このところ、どういうわけか、そうしなくてはならない状況が、いろんなスチュエーションで次から次へと私の前に立ちはだかってくる。
まるで、何かの試練というか、解答のない問題集のようだ。
その度に、「私はどう思っているの?」
     「本当はどうしたいの?」
という本音の部分が、自分の置かれている立場や建前や義理とか相手の気持ちとかを優先しているうちに二の次三の次になって、そのうちどこに行っちゃったんだかわからなくなってしまう・・・。
それが何とか上手く行っている時は問題はないのだが、だんだんに無理がたたってくると、どこかで何かが滞って、自分の中に「負荷」がかかってくる。ストレスが溜まってくる。
自分を責めたり、自己嫌悪に陥っていったり、自虐的になっていったり、身体を壊したり・・・。

「自分を好きになる」
簡単なようで、これがなかなか難しい。
コンプレックスの方が断然強いのに、どうやって自分に自信をつけたり、自分を好きになれるんだろう?
「自分が好きなことをやる。」
「こう言うことをやっている時の自分が好きと思えるようなことをする。」
「今、出来る小さなことから始めて、できたら自分で自分を褒めてあげる」   
方法はいくらでもあるのだろう。他人にアドバイスをする場合だったら。

「自分を大切にできない人は、本当の意味で他人を大切にすることはできない。」
「自分を大切にできる人は、他人の価値観や、世界観だって大切にできる人。」

自分の気持ちと向き合うことは、本当に難しい。
それを言ってしまったら、終わってしまうことや、失くしてしまうことがあるかもしれない。
それが怖くて言えないでいたり、実行に移せずにいることって誰にでもあると思う。
でも、人には、失くしたくないもの、拘り、これだけは譲れないという「思い」がある。
たとえ、結果は目に見えていたとしても、その「思い」を封じ込めておきたくない。
長いものに巻かれたくない。周りに流されたくない。「自分の本当の気持ち」・・・。

「自分の本当の気持ち」に気付いてしまったら、それにちゃんと向き合わなくてはいけないと思う。そういうときが必ずやってくる。
いっぱい、いっぱい「自分の気持ち」と話をして、「自分の気持ち」に耳を傾けてみよう。
そして、その上で、自分にとって「一番大切なこと」と「一番いい方法」を納得のいくまで自問自答する。
そうして出てきた結論こそ、「本当に自分で選んだ道」なのだ。
辛い決断をしなければならないときもあるかもしれない。
でも、誰のせいにもできない、「自分が選んだ道」なのだ。
その「自己決定」をできた自分をほめてあげよう。
そこから、「自分の選んだ道」への第一歩が始まる。
その選択は間違う時もあるかもしれない。そしたら、その間違いに気付いた時点で間違いを認め、軌道修正をしていけばいいんだ。
人間は、何度でもその時点からやり直しはきくんだ。
「無理な無駄な努力は結果的には、プラスの結果は生み出さない」

高校受験の長男。第二歩目が踏み出せなくている長女。「自我」に目覚めつつある末娘。
そして、人生の折り返し地点に立つ私自身・・・。

「自分を好きになる」
「自分を大切にする」
その意味をそれぞれに考えながら、この秋から冬を過ごしていきたい。
明るい「春」を迎える準備として・・・。

ソーランのHP開設!

2003-11-01 08:46:00 | 徒然なるままに
10月22日(水)

ようやく、ソーランのHPを立ち上げた。
先月から取り掛かってははいたのだが、最初に作ろうとしていたサーバーになかなか登録できず、アドレスを作ってもどうしても上手く開設できなかった。(未だに原因はよくわからない)
そこで、気持ちを切り替えて、違うサーバーの無料HPを利用させてもらうことにした。

やっと立ち上げたばかりなので、コンテンツの充実はまだまだこれから。
ソーランの練習風景や、イベントの様子などの写真やビデオ映像をアップしたり、いろんなソーラン隊とリンクできたり、みんなで利用できるスケジュールや掲示板なども充実させていきたいな。

それと同時進行で、ソーラン隊の踊りや練習、諸々の中身も充実させていかなくちゃ!
このところ、毎週本番があり、そのたびに新入会員も増えてきて、自分でもそれらの対応に追われている感じ。
どんどん上手になりたい、思いっきり踊りを楽しみたい人たちと、初めて参加して、早く踊れるようになりたい人たちが、充実できる練習と本番を考えていかなくてはならない。

「見ている人も、踊っている人も、みんなが元気になれるソーラン」のポリシーを大切にして!

11月も大きな本番が控えている。
HPの更新はちょっと遅れがちだが、早く上手に活用できるよう、頑張ろう。