守田です。(20160502 23:30)
熊本・九州地震、いぜん活発に続いています。4月14日以降、本日2日午後3時まに起こった震度1以上の地震は1152回。しかも今日も午後3時過ぎに熊本地方で震度3が観測されています。
このような中でさまざまな憶測も飛び交っています。その中で何回も「真実だろうか?」と尋ねられたものに「川内原発の制御棒が入らなくなっている。停めないのではなく停められないのでは?」というものがありました。
もちろんこれは誤まった情報です。仮に制御棒が入らなくなっても、原発を停止させる手段は他にもあります。このため本当に停めようとして制御棒が入らなかったのなら、他の方法で今頃川内原発は停められているはずです。
またそもそもこれまでのところ川内原発はそれほど深刻な揺れに見舞われていません。震度4が最大の揺れで、原子炉停止の目安となる強度の揺れ(震度5相当)に見舞われたと言うデータはありません。
多くの人々が懸念しているのは、だからといって今後も同じだとは言えないこと。何せ観測史上初めてのこと、想定外のことがたくさん起こっているのですから、川内原発が破局的な地震にさらされる可能性も考えられることです。
だから一刻も早く停める必要があるのですが、だからといって、すでに深刻な揺れに見舞われたという根拠となるデータなどないことをしっかりと冷静に観ておく必要があります。
「川内原発の制御棒が入らずに停められない」というのが誤情報であることはこれだけでも十分に指摘できるのですが、今後、このような誤情報に振り回されないために、ここで加圧水型原発(PWR)の制御の仕方、停め方を学んでおきましょう。
ここでは「一般財団法人 高度情報科学技術研究機構(RIST)」が運営している「原子力百科事典ATOMICA」を使いたいと思います。
この中の<大項目> 原子力発電<中項目> 軽水炉(PWR型)原子力発電所<小項目> 計測制御設備<タイトル>PWRの動特性 (02-04-06-02)から少し引用します。
「PWR(加圧水型原子力発電所)における原子炉の反応度制御は、(1)制御棒操作、(2)ケミカルシム制御(ホウ素濃度調整)、および(3)原子炉固有の特性である自己制御性(負のドップラー効果、負の減速材温度効果など)の働きで行なわれる。」
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=02-04-06-02
引用はここまで。(興味のある方は全文をお読み下さい)
前提として稼動中の原子炉を停めるには核分裂反応をおさえることが必要なわけですが、そのために核分裂連鎖反応を起こす中性子の動きを阻害することが必要になります。
核分裂連鎖反応とは、原子が核分裂するとエネルギーと死の灰とともに中性子が発生し、その中性子が次のウラン原子に当たることによって起きるものです。この連鎖が連続して起こり続ける状態が「臨界」です。
制御棒とは核燃料体の間に差し込んで中性子を吸収してしまうものです。使われているのは、銀・インジウム・カドミウムの合金、あるいは炭化ホウ素で、これらが中性子を吸収するので核分裂反応が停まるというわけです。
他の方法として「ケミカルシム制御」があります。ホウ素濃度の調整です。ホウ素もまた中性子を吸収する物質ですが、もともと加圧水型原発の一次冷却水の中にあらかじめ一定の量が入っており、この濃度を調整することで出力調整ができるのです。
穏やかな出力調整の時に使われて、普段は制御棒よりもこちらの方が多用されていますが、万が一、制御棒が入らなくなったときにも濃度を高めて原子炉を停止させることもできます。
ただし沸騰水型原発の場合は、一時冷却水が沸騰して蒸気化してしまうため、そこにホウ素を溶かしておくと不都合があるので、加圧水型のように通常時には使われていません。
さらにもう一つ、加圧水型には出力が上がりすぎると自動で制御される仕組みがあるとされています。
もともと核燃料には中性子があたると核分裂するウラン235が3%ぐらい、核分裂しないけれども中性子を吸収し、プルトニウム239に変化するウラン238が97%ぐらい含まれています。
今、出力が上がりすぎて、核燃料の熱量が上がると、核燃料に含まれているウラン238が中性子を吸収しやすくなる「負のドップラー効果」というものが働き、反応が自動で収まっていくのです。
他方で原子炉には冷却水がまわっているわけですが、この水は熱を媒介するだけでなく、中性子の速度を下げる「減速材」という効果もはたしています。
核分裂のときに原子から飛び出してきた中性子は非常に速度が速いので、なかなか次のウラン235に当たらないのですが、水の分子と衝突すると速度が落ちて、当たりやすくなります。
この減速剤としての役割が、核分裂連鎖反応に不可欠なのですが、出力が上がりすぎて一次冷却水の温度が上がると、密度もその分、希薄になるため、中性子と水が衝突する割合が減り、十分に減速されず、連鎖反応が弱まっていくのです。
制御棒やホウ素濃度よる原子炉の操作が人為的になされるのに対し、後者の二つでは、運転室からの操作がなくても上がりすぎた出力が戻っていく効果をもたらすとされています。このように核分裂反応の制御には3つのあり方があるのです。
この3つ目の自己制御性に着目し、一次冷却水と二次系との接点にある「蒸気発生器」の配管を閉じて二次系統から切り離してしまい、人為的に炉内の温度をあげて、この二つの効果を引き出して運転を停めることもできるとされています。
これらから見ても、制御棒が入らなくなったら、それでただちに原子炉が停められなくなってしまうというのは間違った認識であることが分かります。
さてここまでは原発推進サイドの運営するホームページに依拠してきましたが、ではどのような時でも原子炉は安全に停まるのかというともちろん否です。
まず確認しておきたいのは、これまで説明してきたホウ素濃度の調整や、自己制御性は、あくまでも平常時に働く機構だということです。
緊急時への対応では何といっても制御棒を早急に入れなくてはなりません。これをスクラムといいます。しかも2.2秒以内に差し込まないといけないとされています。この平時と緊急時の違いは、ATOMICAでも以下のように整理されています。
加圧水型炉(PWR)原子力発電所の制御棒制御とホウ素濃度制御の役割分担
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/02/02040102/02.gif
最も懸念される問題は、地震に遭遇して緊急に原子炉を停めなければならなくなったときに、揺れが強すぎて、制御棒が入らなくなる可能性があることです。
ここで問題になるのが「基準地震動」です。原発がどれぐらいの地震に見舞われると想定しているかの数値です。
揺れが激しければ制御棒が入らなくなることがありうるということ自身は、誰もが合意している常識です。ではどこまでの揺れなら大丈夫かを見積もって設計がなされているわけで、それを超えたら設計上、制御棒が入る保証はなくなるのです。
この間の大飯原発や高浜原発をめぐる裁判でもこの「基準地震動」が大きく問題視されてきました。制御棒挿入だけの問題ではありませんが、例えば柏崎刈羽原発を襲った中越沖地震ではこの基準地震動を何倍も上回る揺れが起こったからです。
この時は奇跡的に制御棒が入り、原子炉停止ができたのですが、しかしそれは設計上はもはや偶然の産物でしかありませんでした。
その後にも各地で基準地震動を超える地震が繰り返し起こっています。
このため新規制基準ではこれまでの基準地震動を引き上げることを求めました。この引き揚げ方自身にもさまざまな問題が指摘できるのですが、それはおくとしても、その新規制基準でも現に起きている地震に十分対応できていないのです。
というのは川内原発の基準地震動は620ガルですが、今回の熊本・九州地震では14日の益城市の地震で1580ガルが計測されました。ただしこの時の揺れではデータが正しくとれておらず、もっと大きな数値だった可能性もあります。
基準地震動を超える地震に襲われることは「想定外」で、設計思想の崩壊を意味し、そこからはもうどうなるか分からないのですが、現に今の連続地震がこれまでの想定を超えているのですから、「想定外」の揺れに襲われる可能性は十分にあります。
川内原発の危険性は制御棒スクラムが失敗する可能性だけにあるのではありません。そもそもたくさんある配管が、揺れに耐えられるのかという問題もあります。
とくに蒸気発生器という加圧水型原発のアキレス腱とも言うべき箇所で配管破断が起こって、一気にメルトダウンに進んでしまう可能性が懸念されています。これとスクラムの失敗が同時に起これば、破局までの時間は沸騰水型よりも圧倒的に短くなる。
あっという間に原子炉が破綻してしまう可能性があります。だからこそ川内原発は、即刻停める必要があるのです。たかだか湯沸かし器に命などかけていてはいけないのです!
続く
次回はこういう誤情報に接したときに、どのようにして信ぴょう性を確認するのか、またいかに対処するのかを考察する予定です。
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守田敏也 MORITA Toshiya
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[著書]『原発からの命の守り方』(海象社)
http://www.kaizosha.co.jp/HTML/DEKaizo58.html
[共著]『内部被曝』(岩波ブックレット)
https://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-270832-4
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