ぶらり町めぐり&御朱印

町を歩くのが好きだ。特に御朱印集めに熱中した。年齢を重ね、段々と体力が落ちてきたが、もう少し頑張りたい。

御朱印紀行 和歌山市和田 竈山神社

2022年04月29日 10時00分55秒 | 旅行
伊太祁曽神社を参拝したあと、再び和歌山電鐵・喜志川線に乗車し、竈山駅で下車する。ここに竈山(かまやま)神社が鎮座する。

当初の予定は、紀伊國一之宮の伊太祁曽神社と同じく紀伊國一之宮の日前神宮・大懸神宮を巡る予定だった。

ところが、喜志川線・和歌山駅に三社巡りのパンフレットが置いてあり、上記の二つの一之宮の他に竈山神社が記載されていた。ということで、予定を変更し、竈山神社を参拝することにした。

竈山駅前に鳥居が立っていた。



ここからかなり歩き、結局15分ほどかかった。

竈山神社の手前に彦五瀬命(ひこいつせのみこと)の御墓がある。神武天皇の兄で、この地で亡くなった。この御墓は宮内庁の管理である。宮内庁の管理となると、厳かな気になった。近寄りがたい雰囲気があり、御墓には近づかなかった。道路から見ただけである。




彦五瀬命の御墓を通り過ぎ、竈山神社へ向う。御墓と隣り合わせに鎮座している。竈山神社の祭神は、彦五瀬命である。





随神門。重厚な建物である。所在地が鄙びた所で、こういうものを建てるのかとギャップを感じたものだ。



拝殿。非常の重みのある社殿である。仕事柄、すぐこういうものを建てる資金はどこから出たのかと気になった。竈山神社は、戦前は官幣大社に列せられていた。神武天皇の兄を祀っていたからだろう。

社殿の建設には、国費が投入されたという。





拝殿ばかりではなく、弊殿、本殿と茅葺きの素晴らしいもので、戦前は国防の神として篤く敬われたことが窺える。

意外な所で、意外な神社を見つけた気がした。

神武天皇は、4人兄弟だった。長兄が五瀬命で、神武天皇は末弟だった。東征の途中、大阪の淀川べりで、敵の襲撃を受け、五瀬命は深手を負ってしまう。淀川べりから、南へ下り、紀ノ川の河口までやって来たとき、五瀬命は息を引き取る。五瀬命の御陵がこの地にある所以である。

このことを考えると、もし五瀬命が存命していたら、長兄でもあるし、初代天皇は五瀬命になっていたのではないだろうか。

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