コロナで観光客が減ってしまった時は 観光産業による経済効果が激減し嘆いていたはずなのに、今はその逆で観光客が多すぎる事による ネガティブな面に注目が集まっているのかなと感じる富士山周辺のニュース。
確かにね、私も共感できる所は無きにしも非ず。
自分の自宅周辺にゴミが散乱していたら 良い気持ちはしないし、個人的には習慣の違いから、雨で濡れたサンダルの泥足や濡れた靴下のまま家の中にズカズカ入ってこられたら 嫌だな。。と思うし、電車の床や地面に置いたバッグを家の家具やベッドに置くのはやめてほしいと思った事が何度かあります。
でも、観光客が迷惑をかけている=外国人が迷惑をかけている という構図ができてしまうのは、残念だし、それは違うと思う。外国人嫌悪の思想を芽生えさせるような発想だなと私は感じました。
日本国内に住む人達にも、街の環境や他人の場所をきれいに保とうという気遣いが持てる人達もいれば、そんな事気にしない人達がいるのと同様に、外国から来ている観光客達の中にも、環境や周りへの気遣いができる人達もいれば、そういった事に無関心な人達もいる。
だから、こういった問題に対して「外国人観光客が」。。。。と一括りにそこを主語にしてしまうのは、多様性やインクルーシブの観点からも 大きくずれていて、とても残念な扱い方だなと日本の一部のメディアを見て感じてしまいました
でもメディアもそれを発信した一部の人の意見かもしれませんね。
テロの問題などもあるのだと思うけれど、ゴミが溢れてしまうのは、ゴミの量に対するゴミ箱の容量などで改善することもできるし、日本流の分別をしてもらいたければ「日本文化の1つ」として、分別を外国人にもわかりやすく 可視化するような仕組みを導入したら、わざわざ素敵な景色に目隠しをしなくても良いのでは。。。。なんて思ってしまうのだけど。
今日のカナダのニュースでは、富士登山に人数制限、事前登録申請と(当日枠も少しあるようですが)、費用がかかること、その費用が 富士山の環境改善のサポートにもなることなどが出ていて、でも記事の写真には富士山&コンビニ景色が目隠しされてる様子が取り上げられてて、最初タイトルと写真の関連性が???と思いましたが、「ゴミ、環境問題」という事で使われたのでしょうかね。 この目隠しもなんだかとても残念な判断だと感じています。他に方法はないのでしょうか。
「外国人観光客」というと、日本国以外の国からという事ですよね。カナダからもですが場所によっては、円安とは言え、航空券のお値段めちゃくちゃ高いんです。 短期滞在ではもったいないお値段。
私のように家族がいる場合は、別ですが「一生に一度の旅行」である人達も少なからずいると思うんですよね
そんな中 数多くある国の中から「日本へ行ってみたい」と日本を選び、日本国内でも沢山の素敵な場所がある中で、「ここへ行ってみたい」「ここで写真が撮りたい」と、選ばれた場所。 そこで、「マナーが悪いから、よそ者には見せませんよ」と、排除するような姿勢に受け止めらる事は日本の印象に良い事なのかな。
習慣の違いは丁寧に伝えないと、伝わらないし、「察する」なんて事に期待はしない方がいいのよね。
子供に接するようなつもりで丁寧に「あそこにゴミ箱があるから、そのゴミはゴミ箱にお願いします」「ゴミ箱がいっぱいだから、宿泊先まで持って帰ってください」など具体的に伝えたらそうする人達もきっといるよ。それでもしない人達も一定数いるとは思うけれど。
「その手に持ってるお菓子の袋とペットボトル、食べ終わったらどうしたらいい?道に捨てる?ゴミ箱に入れる?持って帰る?」って、子供にだったら、私は尋ねて適切な行動を促すけれど。。。😁
大人には大人なんだから自分で察して判断してほしい。とどこかで思ってしまうと、そういった結果が期待通りに得られない時に、ストレスが溜まって行ってしまいますよね
せっかく観光客が増えて、街も経済も活気付いて来たのだから、住民も観光客も良い時間過ごせる方へ歩み寄れないもんでしょうかねえ。
まとまりのない内容になってしまいました
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