「愛と掟」 ヨハネによる福音書 15章1~17節
人は、共同生活をする上でルールや規則、掟といったものを作り、それを守ることによって互いに信頼して生活しています。例えば、横断歩道を青信号で渡ろうとするとき、自動車が赤信号を守らないかも知れないと思ったら、怖くて渡れなくなってしまいます。掟を守るとは、信頼を築き上げることでもあります。一方で、掟を守らない者には容赦のない裁きが下されます。そのために、互いに信頼して共に生きるための掟が、単に人を縛る堅苦しいものとして受け止められたりしている側面があるのではないかと思います。
イエスさんは、「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。」との教えの中で、神の民が守るべき掟を示されました。イエスさんが示されたのは、「互いに愛し合いなさい」という掟でした。さらに、「互いに愛し合いなさい」というイエスさんの掟を守るなら、神と民は主人と僕の関係ではなく、友の関係になることができると教えられました。神さまが人を愛してその罪を赦されたように、人が互いに愛し合い、互いの罪を赦し合えるようであるならば、それは神さまの友であると教えられているように思います。