旅の窓

平凡ながら列車の旅が好きで、その様子を紹介しています。
『閑雲野鶴日記』は日々の自由気ままな生活の記録。

日本最長距離普通列車で行く道東の旅23(完) 

2015-02-27 05:55:53 | 日本最長距離普通列車で行く道東の旅
 森駅からは、函館本線の支線にあたる砂原線経由で函館を目指します。
 森駅を出てしばらく駒ヶ岳回りの本線と平行し、本線が大きく右に分かれていくと、遠目には赤い三角屋根の駅舎の東森駅です。今まで見たことがなく新鮮ですが、利用されているようには見えませんでした。 


 ほぼ直線で進むと次は、尾白内駅。ホームの駅名票の横には、「安全の像」の台座あるものの、肝心の像はありませんでした。


 次の掛澗駅では、高校生が3人ほど降りていきました。


 支線の名前にもなっている渡島砂原駅。成田線の佐原駅と音が同じなので区別するために旧国名を付けたと言われています。

(花いっぱい運動の看板がある渡島砂原駅ですが…)


 ここから少し内陸部を高度を上げながら進みます。

(渡島砂原駅・渡島沼尻駅間)


次の渡島沼尻駅は、有人の信号場として開設された当時の木造駅舎の一部が残っている駅です。


 更に、カラマツや広葉樹林の防雪林の間を高度を上げ鹿部駅に着きます。

(渡島沼尻駅・鹿部駅間)


鹿部駅は旧駅名を、この周辺に鷹狩の際の鷹待がいたことに由来する鷹待駅といっていましたが、所在地の地名に変更した駅です。ちなみに鹿部の地名は、アイヌ語の「シカペ」(アホウドリ)に由来するとされ、鷹にも鹿にも関係はないようです。
この駅はすでに無人駅となっているのですが、開業当時の赤い屋根の大きな駅舎と、いつ通っても花が咲いているのが印象に残る駅です。


 次の銚子口駅は、大沼の端に位置し、先が細くなっていて銚子の形のようになっていることから付けられた地域名に由来するそうですが、駅自体は大沼から少し離れたところにあり、大沼は見えません。他と違い背の高い駅舎でした。駒ヶ岳登山の帰りとみられる2人が乗ってきました。


 更に列車は登り、新幹線のある流山温泉駅に停まります。流山温泉JR北海道・JR東日本の関連会社が当初運営していたことから、平成14年ここに駅、とは言ってもホームだけで駅舎もありませんが、駅のホーム横には、流山温泉がJR東日本も関係していたことから、東北新幹線大宮駅・盛岡駅間開業と同時に「やまびこ」に使用された200系の先頭車両にグリーン車1両が挟まれた形で保存されています。


 林の中をほぼ一直線に進み、途中砂原線の最高地点で、北海道内で一番短い池田園トンネルを通ると、間もなく池田園駅。
 池田園駅を出発し、やがて駒ヶ岳駅回りの本線と合流し林の間から小沼が見えてくると、大沼駅に着きます。

(池田園駅・大沼駅間)


 大沼駅は小沼に近く大沼は見えませんい。そのため、はじめは大沼駅の名前で開業しましたが、一度軍川(いくさがわ)駅に改称しましたが、なぜか再び大沼駅に戻りました。大沼駅が軍川駅を名乗っていた間は大沼公園駅が大沼駅を名乗っていて、再び大沼公園駅に戻り現在に至っています。観光には特急も停車する本線の隣駅である大沼公園駅が便利です。


大沼駅を出るとしばらく小沼の景色を見ながら下って行きます。

(大沼駅・仁山駅間)


 大沼トンネルを抜けやがて左下に4車線になった国道5号が下に見えて来るとるとホームが板張りで延長された仁山駅に着きます。

(大沼駅・仁山駅間)


 仁山駅は元々信号場だったところで、駅舎に掲げられていた「仁山駅」の表示板が何となく新しく見えました。


 更に下ると、平野部に出てきて渡島大野駅に着きます。

(仁山駅・渡島大野駅間)


 ここは、函館本線開業当初からの駅で,昭和17年に駅名を本郷から渡島大野へ改称したところです。古くからある駅の割に、中心街が駅から離れていることも有り、周辺には畑が広がっていました。


 線路を挟んで駅舎の反対側には「夢へ出発!北海道新幹線いよいよ実現!!」の看板もみられ、渡島大野が仮称「新函館駅」となって、函館本線との接続駅となる予定なので、開業する際にはこの風景も様変わりすることでしょう。

(新幹線工事が行われている渡島大野駅・七飯駅間)


 渡島大野駅から大沼駅に向かうルートは20‰の勾配のため、下り線は一部の普通列車を除いて大沼駅と七飯駅の間は、この勾配を避けるために昭和41年に開通した藤城線と呼ばれるルートを通ります。

(高架になって本線から分かれる藤城線)


 その藤城線が頭上を横切りると、次の七飯駅に着きます。


 七飯駅のある七飯町の町のシンボルの一つが「りんごの花」。七飯町は、日本で初めて西洋リンゴを栽培したところと言われています。但し日本人ではなくドイツ人だったそうです。そのドイツ人は、リンゴだけでなく、いろいろな苗木や西洋式農機具を取り寄せ、西洋式農業を七飯町で行ったそうです。そこで西洋農業発祥の地として七飯町の花に最もふさわしいものとしてリンゴの花を選んだそうです。

(七飯駅・大中山駅間)


 七飯町は函館の生活圏のようで、乗客の数も増えれば、ここから函館駅までは複線となります。
 次の大中山駅からも数人が乗り、函館を目指します。


 平行するように左を走る国道5号の赤松並木は、明治9年に明治天皇行幸を記念して植えられたもので、七飯から次の桔梗まで日本の道100選に選ばれています。
 その桔梗の地名は江戸時代から、桔梗が群生していたことでついたものだそうです。


 桔梗駅を過ぎると、市街地の中を通り五稜郭に停車し、16時11分終点函館駅に到着しました。
 函館からは、17時7分新青森駅行特急スーパー白鳥42号に乗り帰路につきました。


第21列車 函館本線 江差線 津軽海峡線 津軽線 特急スーパー白鳥42号 青森行
乗車距離 115.7km(函館本線) 41.6km(江差線) 96.6km(津軽海峡線)34.5km(津軽線)
函  館          17:07発
五 稜 郭            レ
七 重 浜            レ
東久根別            レ
久 根 別            レ
清 川 口            レ
上  磯            レ
茂 辺 地            レ
渡島当別            レ
釜  谷            レ
泉  沢            レ
札  苅            レ
木 古 内          17:44着 17:44発
知  内            レ
吉岡海底            レ
竜飛海底            レ
津軽今別            レ
中 小 国            レ
蟹  田          18:31着 18:32発
瀬 辺 地            レ
郷  沢            レ
蓬  田            レ
中  沢            レ
後  潟            レ
左  堰            レ
奥  内            レ
津軽宮田            レ
油  川            レ
青  森          18:55着

第22列車 青い森鉄道 普通 八戸行 乗車距離44.6km  
青  森          19:11発
東 青 森          19:16着 19:17発
小  柳          19:19着 19:19発
矢 田 前          19:22着 19:22発
野  内          19:24着 19:25発
浅虫温泉          19:30着 19:30発
西 平 内          19:35着 19:36発
小  湊          19:39着 19:39発
清 水 川          19:44着 19:45発
狩 場 沢          19:48着 19:49発
野 辺 地          19:54着

 おしまい

旅の小窓~大阪発札幌行 トワイライトエクスプレス~

2015-02-26 05:12:33 | 旅の小窓
 平成26年10月4日大阪駅。


 大阪発札幌行トワイライトエクスプレスに乗ってきました。


 11時27分、奈良線の運転障害の影響を受けて、16分遅れで10番線に姿を現しました。


 レストランカーのクルーによる、ウエーブによるお出迎えは大阪駅でしか見ることができません。


入口には、トワイライトエクスプレスのロゴ入りカーペット


 スイートの指定券に何度も挑戦してもだめなので、部屋数の多いツインにしてようやく乗ることができました。
 夜になるまでは、下段部分はソファーになっています。


 テーブルをたたんで、引き出すとベットになります。


 テーブルの上には、車内設備のパンフレットなどが用意さています。


定刻通り11時50分、1,495.7km22時間2分の旅の始まりです。ホームの端には多くの人たちが写真を撮るために集まっていました。


 間もなく一時閉館し、京都鉄道博物館に生まれ変わる梅小路蒸気機関車館が見えてくると京都に到着。


 京都を出て、湖西線に入り右手に琵琶湖を見ながら進みます。


 近江舞子でサンダーバードに道を譲ります。


 敦賀では運転士の交代がありました。


 敦賀を出ると間もなく北陸トンネルに入ります。


14時30分ごろ遅めの昼食を、レストランカーでとりました。



 オムライスとハンバーグセット。


 15時5分頃、加賀大観音が見える加賀温泉駅を通過。


 展示されているコマツの超大型ダンプが見える小松駅を、15時15分頃通過。


 北陸新幹線の高架が見えて来ると、間もなく金沢駅に到着です。15時38分。


 金沢駅に限らず、至る所でトワイライトエクスプレスの写真を撮る人たちを見かけます。



 神通川を渡れば、間もなく富山駅に到着。



 観覧車のある魚津水族博物館。


 黒部川。天気が良ければ立山の山並みが見えるはずなのですが…


夕食は、レストタンカーの予約が取れなかったので、ルームサービスの「日本海会席御膳」


 インターネットで予約した、トワイライト特製二段重。



 泊駅・越中宮崎間の日本海。天気が良ければ、日本海に沈む夕日が見える頃でした。

 17時15分過ぎ、親不知駅付近。この辺が車窓撮影の限界となりました。

 21時30過ぎにパブタイムのダイニングカーへ。




 翌朝5時。前日予約しておいたシャールームへ。




 5時過ぎ、五稜郭駅に機関車交換のため停車。


 五稜郭を出発してしばらくすると、北海道新幹線函館総合車両基地左手に見て、藤城線を通って北上します。


 朝靄の小沼


 5時58分、姫川駅・森駅間で日の出を迎えました。


 八雲駅の手前で、前日乗車後に予約した朝食の時間になったのでレストランカーに行きました。


 朝食のメニューは一種類です。






 7時74分過ぎ、本輪西駅を通過。遠くに測量山が見えます。


 白老駅を過ぎ左手に、樽前山が見えます。


 平和駅手前で函館本線が合流してくると、間もなく終点札幌駅です。


 9時52分、札幌駅に到着。



 寝台車の車輌に付けられたロゴ。


 サロンカーに付けられたロゴ。


 レストランカーに付けられたロゴ。


 レストランカーのクルーは、列車から降りることなく、今日の上りトワイライトエクスプレスで、大阪に戻ります。ですから、ホームで列車を迎えるクルーの姿は大阪駅でしか見ることができないのです。


 1,495.7km、22時間2分のトワイライトエクスプレスの旅が終わりました。

日本最長距離普通列車で行く道東の旅22 森まで

2015-02-25 05:19:00 | 日本最長距離普通列車で行く道東の旅
「レストラン パブリックバーGRASS」



 そもそもこの店を知ったきっかけは、昨年度もこの長万部で乗り継ぎ時間があったので、長万部観光協会のホームページを見たら、駅から歩いて2分の所に「海・川・湖等、釣りの達人であるマスターが腕によりをかけて作るオリジナル料理。話題のルーのないカリー『チキンカリー』 や、『ハンバーグステーキアウトドアスタイル』、自慢の『手作り生地のピザ』など、人気メニューがずらり。全て手作りのため、出来上がるまで時間がかかることをお許しください。 店内は木の香りが漂い、薪ストーブがおしゃれな雰囲気。フィッシングガイドもこなすマスターからは美味しい釣り情報も聞けそうですね。」という紹介があったからです。
 さて、お腹も満たされ13時28分発普通函館行で長万部を後にしました。

第20列車 函館本線 普通 函館行 乗車距離125.1km  
長 万 部          13:28発
中 ノ 沢          13:33着 13:34発
国  縫          13:39着 13:39発
北 豊 津          13:44着 13:45発
黒  岩          13:49着 13:50発
山  崎          13:56着 13:56発
鷲 ノ 巣          14:01着 14:01発
八  雲          14:05着 14:05発
山  越          14:11着 14:11発
野 田 生          14:16着 14:16発
落  部          14:22着 14:23発
石  倉          14:27着 14:28発
本 石 倉          14:31着 14:31発
石  谷          14:36着 14:36発
桂  川          14:41着 14:41発
森             14:45着 14:45発
東  森(ひがしもり)   14:48着 14:49発
尾 白 内(おしろない)   14:51着 14:52発
掛  澗          14:56着 14:56発
渡島砂原(おしまさわら)  15:01着 15:02発
渡島沼尻(おしまぬまじり) 15:08着 15:08発
鹿  部(しかべ)     15:14着 15:15発
銚 子 口(ちょうしぐち)  15:23着 15:24発
流山温泉          15:27着 15:27発
(ながれやまおんせん)   
池 田 園(いけだえん)   15:31着 15:31発
大  沼(おおぬま)    15:36着 15:36発
仁  山(にやま)     15:42着 15:43発
渡島大野(おしまおおの)  15:46着 15:47発
七  飯(ななえ)     15:51着 15:52発
大 中 山          15:56着 15:56発
桔  梗          15:59着 16:00発
五 稜 郭          16:06着 16:06発
函  館          16:11着


 長万部を出ると平行する国道5号にはカニをメインにしたドライブインが幾つも続きます。

(長万部駅・中ノ沢駅間)


 次の中ノ沢駅は、車掌車を改造した待合所がある無人駅。所謂「ダルマ駅」。


 そして国縫駅。かつては渡島半島を縦断して日本海側の瀬棚町を結ぶ瀬棚線が分かれていたところ。昔ながらの跨線橋と駅舎は残っているものの無人駅です

(国縫駅)


 遠くに、海と平行する行動沿いに並ぶ電通だけが見える中を進み、北豊津駅に着きます。

(国縫駅・北豊津駅間)


 北海道には結構ある、元々信号場として設置されところが、JR発足と同時に駅となったところです。


 更に原野のような所を更に進み、黒岩駅に着きます。

(北豊津駅・黒岩駅間)


 黒岩駅の正面には郵便局や商店も有り、いくらか街らしいところでした。


 次は、海岸線を見ながら進み、山崎駅に着きます。

(黒岩駅・山崎駅間)


 これといって何もない駅前だけに、アウルと書かれたログハウスが気になりました。どうやら、「アウル」とは「フクロウ」という意味で、食事ができる喫茶店といったような所とか。


 山崎駅を出ると再び海岸の間に何もない原野を見ながら進み、鷲ノ巣駅に停まります。
鷲ノ巣駅も信号場として設置された後、仮乗降場となって、また信号場となり、JR発足と同時に駅になったところです。
 周辺には人家もなく、ホームから道が一本だけ伸びていました。秘境駅とまでは行かないが、かなり寂しい駅です。

(鷲ノ巣駅から延びる一本道)


 更に牧場の中を進み、左にカーブし遊楽部川を超えて市街地の入ると八雲駅です。久々に、乗降客がありました。


 八雲駅を出て直進し町並みを抜けると、再び海岸に沿って走り、関所を模した駅舎の山越駅。

(八雲駅・山越駅間)



(山越駅)


 更に、国道5号と平行しながら海岸に沿ってしばらく進み、国道と分かれて右のカーブし内陸に入ると、次は味けのない駅舎の野田生駅です。


 野田生駅を出て左にカーブし再び海岸線沿いに進みトンネルを抜けると、左に国道5号、右に道央自動車道を見ながら落部駅に着きます。
落部駅を出て左にカーブすると、再び海岸線に出て、大小のトンネルを通り石倉駅に。更に海岸線に沿って走り。本石倉駅に到着。

(石倉駅・本石倉駅間。前方には駒ヶ岳が。)



(本石倉駅)

 ここも、信号場として作られたもので、JRになって駅となったところ。道路ぎりぎりに作られたホームは、鉄筋にコンクリートパネルを敷き詰めた、短い簡単なものです。
さらに、石谷駅・桂川駅といくつかのトンネルと国道5号とクロスしながら停まっていきます。
 海鳥が羽を休める鳥崎川を渡ると、間もなく森駅に到着。
 ここはかつて鉄道が整備されるまで、室蘭との航路があったため、海岸ぎりぎりにある駅です。

(線路のすぐ側まで海岸線の森駅)


 つづく  

日本最長距離普通列車で行く道東の旅21 長万部まで

2015-02-23 05:03:14 | 日本最長距離普通列車で行く道東の旅
 いよいよ最終日。わざわざ室蘭を選んで泊まったのには理由がありました。それは、地球岬の日の出を見るためでした。


 今の時期4時半前が日の出の時刻ということで、タクシーを呼んで岬に向かいました。
 しかし、夏は海水温が高くなかなか水平線から昇る朝日を見ることはできないと聞いていたとおりもやがかかりよく見えませんでした。



(天気が良ければ…)


 かろうじて、雲を通して昇ってきた太陽を見ることができました。


 徐々に晴れてきたようなので、もう少しもう少しと待ったのですが、なかなか晴れてきません。タクシーを待たせていたので、ホテルに戻ることにしました。

第18列車 室蘭本線 普通 東室蘭行 乗車距離7.0km  
室  蘭          08:34発
母  恋          08:36着 08:36発
御  崎          08:40着 08:40発
輪  西          08:43着 08:43発
東 室 蘭          08:47着 

 地球岬の電話ボックスにあったものと同じような鉄製の地球のオブジェが室蘭駅前にも。さすが鉄の町室蘭。


 室蘭からは、8時34分発室蘭本線普通東室蘭行に乗ります。この頃になる雲一つなく青空が広がっていました。地球岬からの景色はさぞや絶景でしょう。


室蘭駅を出て短いトンネルを過ぎると、母恋駅に停車。「母恋」という漢字から、ここ の入場券は母の日のプレゼントに人気とか。
 そしてもう一つ「母恋めし」。室蘭港に隣接するレジャー施設エンルムマリーナにある喫茶店「ブロートン99」が製造し、母恋駅売店を借りて販売していることから、駅弁として人気が出てきました。
 「母恋」の地名の由来は諸説ありますが、アイヌ語の「ポクセイ・オ・イ」(ホッキ貝のたくさんあるところ)とも言われることから、弁当の中身は、ホッキガイの炊き込みご飯のおにぎり2個、燻製卵、スモークチーズと漬物がつき、小分けされ列車内でも食べやすいように工夫されているそうです。但し、手作りのため、一日限定15~40食と少なく、駅弁大会など手は手に入れることができないものです。
 母恋駅から御崎駅、輪西駅とSの字を下から書くように、左手に工場地帯を見ながら進みます。
 途中御崎駅を出ると左手に蒸気機関車が見えました。

 調べてみるとこの蒸気機関車はS―205号(Bタンク)機関車といって昭和14(1939)年に、工場専用線向けに日本車輌で作られた産業用機関車です。同時に作られたS―304号(Cタンク)機関車とともに、主に日本製鉄輪西製鉄所(後の新日本製鐵室蘭製作所)、さらに鐵原(株)室蘭コークスで活躍しました。
 日本での蒸気機関車の最後の日というと、昭和50(1975)年12月14日の室蘭本線の旅客列車、その10日後の夕張線の貨物列車、翌年3月2日の追分駅の入換ですが、このような国鉄の蒸気機関車の運用が終わった後、昭和57(1982)年12月26日まで働いた蒸気機関車です。
 車窓から見ることができるのはテツゲン室蘭支店に保存されている、S―205号機関車です。なお、S-304号機関車は、客車を牽引するための改造が行われたものの、現在三笠市の「三笠鉄道村」に動態保存されているそうです。
 輪西駅を出ると、左手に高架化された国道36号・室蘭新道が平行し、それが分かれるとJR貨物の鷲別機関区輪西派出が見えます。


 ここは、JR貨物が保有するコンテナ車や有蓋車、JR北海道が保有する貨車の全般検査を担当するJR貨物の車両工場です。ここを過ぎると、間もなく終点8時47分東室蘭駅に着きました。
 東室蘭駅のキオスクで買い物をするために予定した列車より1本早いので出てきたので、次の列車まで、1時間18分の待ち合わせ。
 早速キオスクへ。ありました、「母恋めし」。この弁当を手に入れるのが最大の目的でした。




 ホッキをふんだんに使って、椎茸と合わせた炊込みご飯のおにぎり2個(上)・縄文模様を付けたスモークチーズ(中・左)・長なすの漬け物(中・中)・燻製卵(中・右)・ハッカ飴(下)


第19列車 室蘭本線 普通 長万部行 乗車距離77.2km  
東 室 蘭          10:05発
本 輪 西          10:10着 10:11発
崎  守          10:16着 10:17発
黄  金          10:20着 10:20発
稀  府          10:25着 10:26発
北 舟 岡          10:29着 10:30発
伊達紋別          10:33着 10:34発
長  和          10:38着 10:38発
有  珠          10:44着 10:44発
洞  爺          10:50着 10:51発
豊  浦          10:57着 11:12発
大  岸          11:19着 11:20発
礼  文          11:25着 11:26発
小  幌          11:34着 11:34発
静  狩          11:41着 11:42発
長 万 部          11:53着

 東室蘭駅から函館駅を目指します。乗る列車は、10時5分発長万部行普通列車。長万部行キハ40型と途中豊浦までのキハ150型の2両編成での出発です。

(豊浦までのキハ150型)


 東室蘭駅を出ると左手に室蘭港と新日鉄住金の製鉄所を見ながら進みます。
 本輪西駅は、鉄道で石油輸送をするためのJR貨物の駅もありホームの無い線路が何本もありました。一方、JR北海道の本輪西駅は、今年度から完全無人駅となりました。

(室蘭港を挟んで測量山を望むことができる本輪西駅。)


本輪西駅から、トンネルをいくつか通ると、トンネルとトンネルに挟まれた高架駅。とは言っても駅舎も待合室も無い崎守駅に着きます。黄金駅とJR貨物陣屋町駅間の複線化とカーブ解消のための線路付替えに伴いできた駅のためこのような構造になっているようです。


 崎守駅からトンネルを抜けると黄金駅です。


 駅舎側ホーム島式ホームを結ぶのは跨線橋ではなく、ホーム中程の警報器と遮断棹のある構内踏切で連絡しているようです。

 次の稀府駅までで一旦複線区間が終わります。
 この辺は、内浦湾沿いに線路が延びています。特に、次の北舟岡駅は北海道で一番海に近い駅と言われています。



 1番線のホームは海に面していて、列車も左側通行の原則からすれは、長万部方面に向かう上り列車は左側の1番線を使うのですが、ここでは列車交換が無ければ、上り下りの列車は山側の2番線を使います。なので、車窓から波打ち際を見ることはできないのが残念です。
北舟岡駅を出てしばらくは海岸線に沿って進み、市街地に入ると、亘理伊達氏当主・伊達邦成とその家臣団が、明治3(1870)年に入植したことから付けられた伊達。駅名は、紋別駅1900年(明治33年)に伊達村となる前の地名が紋鼈(もんべつ)だったため、字を紋別と変えて伊達と併せ「伊達紋別」という駅名にしたそうです。

 伊達紋別駅のホームには、金色の細い月形の前立が印象的な伊達政宗の兜を模した巨大なものが。

 伊達紋別駅を過ぎ、北海道電力伊達発電所の煙突が見えてくると間もなく、長和駅。発電所敷地内には、北海道電力初の太陽光発電所「伊達ソーラー発電所」が建設され、最近運転を開始したと聞いていました。


 北海道の地名・駅名の語源には、アイヌ語に由来するものや入植者に関係するものが、本州に比べて大変多いのですが、ここ「長和」の地名も以前はアイヌ語の「オサル・ウン・ペッ」(河口に葭の原がある川)に由来する「長流」(おさる)の名で、駅名も同じでしたが、修学旅行で学校名・地名を聞かれるときに「おさる」が「お猿」を想像させることから、毎日利用する駅が「お猿」では嫌だという中学生による改称運動が起こり、昭和34(1959)年に地名も含めて現在の「長和」に改称されたというちょっと変わった駅です。

石積みのホームが残る長和駅から、有珠山を望むことができます。

 長和駅から次の有珠駅までは再び複線区間になります。
 有珠駅の駅舎は、今まで通ってきた稀府駅、長和駅の駅舎と同じ時期に改築されたようで、何となく作りが似ていました。


 有珠駅を出ると、有珠山の真横を4キロほど離れて進むのですが、林の中の切り通しを進むため、眺めはよくありません。
 途中、北入江信号場を通過します。


 ここは単線区間で単純に行き違いするための信号場なので、一線スルーという構造で、線路は線路は上下2本あるのですが、海側の線路は待避線でのため、列車の交換や追い抜きがない限り、上下線とも山側の線路を通過します。ここは過去に2度ほど廃止されましたが、三度復活した信号場です。
 北入江信号場を過ぎ右左にカーブして進み、市街地が開けてくると洞爺駅です。名前の通り洞爺湖の玄関口の駅です。ここから終点長万部駅までは複線区間になります。
 次の豊浦駅では15分間の停車です。この間に2両目を切り離し、11時14分発の下り東室蘭行の準備をし、上り特急北斗8号函館行に先を譲ります。


 豊浦駅周辺はそんなに開けてはいないように見えますが、室蘭方面への豊浦発の普通列車も何本か設定されています。

(跨線橋から見る豊浦駅前)


 洞爺駅から礼文駅手前までは、地図上では海岸線に沿って走るので、一見景色を楽しめそうですが、複線化に伴いいくつものトンネルがあるため、トンネルとトンネルの間に駅があるという感じで進みます。それでも、大岸駅を過ぎると海岸線が見え、茶津岬の長さ97mの新達古武トンネルを抜けると、礼文華海岸にある「カムイチャシ史跡公園」が見えてきます。

(カムイチャシ史跡公園)


 カムイチャシとはアイヌ語で「神のとりで」という意味で、駐車場からが階段を登ると、噴火湾を一望できるところに砦が原形のまま残されている史跡だそうです。
 再びトンネルに入り、そこを出ると一旦海岸線から離れ、礼文駅に着きます。ここの駅舎も有珠駅と同時期に作られたようで、雰囲気が似ています。


 礼文駅を出ると列車は登り始めます。そして、新礼文華山トンネルを抜けると、秘境駅として知られる小幌駅に着きます。


 駅自体、上り線で言えば新礼文華山トンネルと幌内トンネルのほんのちょっとの間にあり、海岸に降りる草木が茂っている道しか無く、もちろん人家も無いところ。利用者は、保線作業員か釣り人ということでした。この日も4人の保線作業員が乗ってきました。


 小幌駅から静狩駅までは、上下のトンネルが離れていて数は違うものの、ほとんどトンネルと言っていいほどです。トンネルを抜けると上下線が一緒になって静狩駅に着きます。
 地名の由来は、アイヌ語の「シリ・トゥカリ」(山の手前)。長万部方面から海岸線伝いに北上すればちょうどここで礼文華にぶつかる「山の手前」です。
 保線の詰め所でもあるのか、小幌から乗った4人はここで降りていきました。


 静狩駅を出て、右から国道37号がオーバークロスすると、長万部に向けて並行して走ります。
そして、国道5号とオーバークロスすると終点長万部駅に着きます。
 長万部駅到着は11時53分。ちょうど下り特急スーパー北斗7号札幌行に昼食用に注文を受けた「かにめし」と「もりそば」を届けたのでしょう、従業員の方が跨線橋を渡って帰るところでした。

(先に蕎麦屋さん、その後を弁当屋さんが。)


 次の列車は、長万部駅13時28分発の函館行になります。1時間半ほどあるので私たちもここで昼食となります。
 昨年探しても見つけることができなかったピザ屋さんに行きます。

 つづく

日本最長距離普通列車で行く道東の旅20 室蘭まで

2015-02-22 07:18:05 | 日本最長距離普通列車で行く道東の旅
今度は、16時23分発千歳線普通苫小牧行に乗り換えです。
第15列車 千歳線 普通 苫小牧行 乗車距離65.4km  
始発 小樽 15:24発   
白  石          16:23着 16:23発
平  和(へいわ)     16:26着 16:27発
新 札 幌(しんさっぽろ)  16:29着 16:30発
上 野 幌(かみのっぽろ)  16:32着 16:33発
北 広 島(きたひろしま)  16:39着 16:43発
島  松(しままつ)    16:48着 16:48発
恵 み 野(めぐみの)    16:51着 16:51発
恵  庭(えにわ)     16:54着 16:54発
サッポロビール庭園 レ
(さっぽろびーるていえん)   
長  都(おさつ)     16:57着 16:58発
千  歳(ちとせ)      17:01着 17:01発
南 千 歳(みなみちとせ)  17:04着 17:05発
美  々(びび)      17:09着 17:09発
植  苗(うえなえ)    17:15着 17:15発
沼 ノ 端          17:20着 17:21発
苫 小 牧          17:28着 

 再び721系電車に乗って、白石駅を後にしました。


 次の平和駅は、両脇を函館本線の上下線が通っていて、ここを境に千歳線と分かれる形になっていますが、函館線の駅が設置されていないため、函館線と千歳線の分岐駅は白石駅です。
 北海道では、アイヌ語を語源とする地名が多く、それに由来する駅名のまたが多いのですが、ここ平和駅の由来は定かではありませんが、近くを平和通りが通っていることにあることと、その平和通側入り口のすぐそばに、北海道被爆者協会の「北海道ノーモア・ヒバクシャ会館」という建物があり、2階には被爆地の写真や犠牲者の遺品などを展示し、また、被爆体験などのビデオを見ることも出来る「原爆資料展示館」があるそうです。
 平和駅を出ると、札幌貨物ターミナル駅を右手に見て高架に入ります。

 新札幌駅手前で、時計台が出現します。

 札幌市の代表的な観光スポットの一つ白い壁と赤い屋根の「札幌市時計台」。三大がっかり名所のひとつとも呼ばれていますが、人気が高いところです。
 人気にあやかりたいのかどうか理由は定かではありませんが、道内各地に「ニセ時計台」も存在するそうです。
 ここもその一つ。正式には「新札幌時計台ビル」と呼ばれ、高架のすぐ脇の三階建ての白い建物の屋上に、時計台の時計塔の部分が設置されており、時計も動いていました。道外からJRを利用者して見た人がが時計台と勘違いする隠れたスポットとも言われています。
 新札幌駅を過ぎ上野幌駅に着いたときには、先ほどまで雨が降っていたようで、ホームが濡れていました。


 次は、北広島に停まります。「広島」の名前がつくとおり、明治17(1884)年に広島県人が集団移住し開拓のしたことから、鉄道が開通するときにすでに住所は広島村となっていて、山陽本線の広島駅との混同を避けるため「北広島」という駅名になったそうです。

(北広島駅・島松駅間)


 島松・恵み野・恵庭の各駅に停車し次の駅は、サッポロビール北海道工場に隣接したサッポロビール庭園駅。ここは通過。次の長都駅を過ぎると再び高架になり、千歳駅に停車。千歳駅を出ると高架を降り南千歳駅に到着。


 ここは、国鉄初の空港連絡駅として昭和55(1980)年に千歳空港駅として開業したところで、平成4(1992)年に新千歳空港新旅客ターミナルが開業し旧旅客ターミナルの廃止に伴い、新ターミナルに新千歳空港駅が開業したことを受け現在の駅名に変更になったところです。千歳線の本線と空港支線、石勝線の三線のの接続駅として特急列車が全列車停車する駅です。
 南千歳駅から4分で美々駅に止まります。同じ千歳市内にありながら、人家らしい人家も見当たらないところでした。


 次の植苗の駅名の由来は、アイヌ語の「ウェン・ナイ」(悪い川)言われています。何が「悪い」のか、飲用に適さない、魚が獲れないなどの理由が考えられるのですが、少し離れたところに野鳥など集まる場所として有名なウトナイ湖があることから、なぜアイヌ民族が「ウェン・ナイ」と読んだのか不明です。 
 植苗駅を出て、室蘭本線と合流して走ると間もなく沼ノ端駅。

(植苗駅・沼ノ端駅間)



 正確にはここまでが千歳線となり、この先は長万部まで続く室蘭本線となります。
 次は終点苫小牧駅。17時28分の到着。

第16列車 室蘭本線 普通 東室蘭行 乗車距離58.0km  
苫 小 牧          17:37発
青  葉          17:40着 17:41発
糸  井          17:43着 17:44発
錦  岡          17:48着 17:49発
社  台          17:54着 17:55発
白  老          17:59着 18:00発
萩  野          18:05着 18:05発
北 吉 原          18:08着 18:09発
竹  浦          18:12着 18:12発
虎 杖 浜          18:16着 18:17発
登  別          18:20着 18:21発
富  浦          18:24着 18:24発
幌  別          18:29着 18:30発
鷲  別          18:36着 18:36発
東 室 蘭          18:39着

 ここで再び711系の赤い電車の乗り換え。



今度の電車は、17時37分発室蘭本線普通東室蘭行です。函館行特急スーパー北斗18号に先を譲っての発車です。
 苫小牧駅の隣は、青葉駅。アイヌ語に由来した駅名ではないようです。
 次の糸井駅は、小糸魚(こいとい)信号所としてできたのが、駅に昇格するとこに「小」をとっただけでなく「糸魚」を「糸井」に変えたようですが理由は分かりません。

(樽前山-糸井駅・錦岡駅間-)


 駅名が変わったと言えば、次の錦岡(にしきおか)駅もその例。開業当時は「錦多峰(にしたっぷ)駅」で、現在でも「錦多峰川」「錦多峰公園」が存在しているようですが、なぜ変更したかは分かりません。
 錦岡駅を出ると一直線に社台駅へ。

(岡駅・社台駅間)


 社台駅の駅名由来は、アイヌ語の「シャ・タイ・ペッ」(浜側の森の川)と言われています。
 「社台」といえば、千歳市にある競走馬生産の「社台ファーム」が有名ですが、その社台グループの創業者吉田善哉の父が白老町社台に土地を購入しサラブレッド生産を始めたことから、「社台」という名称を使っているようです。


 沼ノ端駅から続いた直線も、左にカーブすると間もなく白老駅。
 夏の18時。天気が良ければそれなりに景色も楽しめたのでしょうが、はっきりしない空模様が続く中、白老駅を発車。
 萩野・北吉原と過ぎ竹浦駅手前で前方に窟太郎山が見えてきました。山の向こうには摩周湖に次いで透明度第2位の倶多楽湖があります。

(窟太郎山-北吉原駅・竹浦駅間-)


 虎杖浜駅を過ぎ、伏古別トンネルを抜けると、「登別マリーパークニクス」の観覧車が見えてくると間もなく登別駅。


 この先、短いトンネルを抜けて振り返ると蘭法華岬が見え富浦駅に到着。


 更に進み、鷲別岳が見えてくると幌別に着きます。


 国道36号と平行するように進むと、左手にJR貨物鷲別機関区が見えてきます。
 ここには、北海道内で運転される貨物列車を牽引するディーゼル機関車のすべてが所属しています。


 鷲別機関区を過ぎ、鷲別駅に停車すると次は終点東室蘭駅。
18時39分の到着。


 ここで26分の待ち合わせで、いよいよ本日最後の列車、19時5分発室蘭本線普通室蘭行に乗り換えます。

第17列車 室蘭本線 普通 室蘭行 乗車距離7.0km  
東 室 蘭          19:05発
輪  西(わにし)     19:08着 19:08発
御  崎(みさき)     19:11着 19:12発
母  恋(ぼこい)     19:14着 19:15発
室  蘭          19:17着



 室蘭駅まで12分間の乗車。19時17分に室蘭駅に到着しました。

 つづく