柴田国明が日本の天敵に勝って3度目の王座獲得から50年

 今から50年前の昨日74年2月28日に日大講堂で行われたWBC:
Jライト級タイトルマッチで、前WBA王者の柴田国明が王者のリカ
ルド・アルレドントに3-0の判定勝ちでWBC王者になると共に
日本勢の‘天敵’を下しての3度目の世界王者となったわけだ。

 試合は身長で7cm、リーチで15cm劣る柴田が左ジャブを先に当
て懐に入ると左アッパーから左フックを返すなどスピーディーな
動きで王者を圧倒。

 常に先手を取って攻めまくる柴田に対して王者は長いリーチを持
て余す展開で最終Rに反撃するものの柴田が逃げ切る形で判定勝負
になるが、149ー140・146ー143・148ー144と3-0の大差判定で柴
田は3度目の世界王者に就いた。

 王者のアルレドントは71年3月に小林弘のWBAタイトルに挑戦し
判定負けするも10月にWBC王者・沼田義明を10RでKOしてタイトル
奪取すると、岡部進・アポロ嘉男・柏葉守人と3度目の防衛戦以降
日本人相手に3連続防衛に成功するなど天敵と呼ばれてしていた。

 直前のノンタイトル戦では新鋭の上原康恒に判定負けを喫するも
ベン・ビラフロアとの再戦で1RKO負けでタイトルマッチを失った
直後の柴田では…という予想もあったのだが、見事な試合運びを見せ
身長&リーチのハンデを克服してのタイトル奪取は快挙と言っていい
だろう。

 70年代後半から80年代にかけて小柄な日本人ボクサーが中南米の
エウセビオ・ペドロサやサムエル・セラノにイラリオ・サパタらの
ような長身でリーチに勝る相手からカモにされていたのだが、この
柴田の試合ぶりを見るとスピードはリーチ差を克服するという事が
分かるので体を限界近くまで絞り込んで体格的なアドバンテージを
取ろうとしていた日本サイドのやり方が間違いだと思うのだ。

 余談ながら柴田は過去2度のタイトル奪取はメキシコとハワイと
いう王者のホームリングだったのだが、3度目で初めて地元リング
でタイトルを奪った事になる。

 会場は両国の日大講堂だったのだが跡地に建てられた両国国技館
で行われた最初の世界戦でリングに上がった王者がリカルド・アル
レドントの弟レネで、浜田剛史から1RKO負けしタイトルを失って
いるのでアルレドント家にとって両国は縁起が悪い地になっている。

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