今から40年前の今日75年7月5日に行われたWBC:Jライト級
タイトルマッチで、王者の柴田国明は8位のアルフレッド・エスカ
レラとの防衛戦で2RでKO負けし結果的に最後の世界戦となった。
柴田国明といえばスピード溢れる攻撃から左フックや左アッパー
を繰り出してKOを量産する天才パンチャーと呼ばれていた反面、
打たれ脆いため相手のパンチを直撃されてKO負けするというスリ
リングな試合が多かった。
実際にメキシコでビセンテ・サルディバル、ハワイでベン・ビラフ
ロアといった歴史に残る強打者からタイトルを奪った反面クレメン
テ・サンチェスやビラフロアとのリターンマッチでは3Rや1Rでの
KO負けでタイトルを失っていたのだ。
1年前の2月に日本人選手4人の日本人を破っていたリカルド・
アルレドントを攻略してWBC:Jライト級タイトルを奪うと、
ラミロ・ボラノスに最終ラウンドでストップ勝ちするなど円熟味
溢れる試合ぶりで3度の防衛に成功しエスカレラ戦は故郷・笠松で
の故郷凱旋防衛戦となったのだ。
エスカレラは長身ではあるもののKO負けがあるなど決して打たれ
強くないし、接近戦が下手そうなので柴田の勝ちは確実と見られて
おり1Rはしっかり柴田が取っていたのだ。
ところが2Rに不用意に打ち合いに行った時に右ストレートを直撃
されると一気に連打を畳み掛けられて大の字に倒れるKO負け。
当時TVで見ていた我々は‘また柴田の悪いクセが出た’としか
思わず‘リターンマッチをすれば柴田が勝つのでは’と思っていた
のだが、意外にも柴田は燃え尽きたかのように再戦に臨む雰囲気は
なく反対に新王者のエスカレラは翌76年4月と7月に2度来日し
バズソー山辺の強打を封じて防衛に成功するなど合計10度の防衛に
成功する名王者となったのだ。
ちなみに内山高志ならエスカレラに勝てるのかと思うのだが・・・