ヘアサロンうつのみや・オーナーのスポーツやヒーローもの、雑談ネタを徒然なるままに
こーじ苑
ダビト・ハハレイシビリを偲ぶ
gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/jiji/sports/jiji-210113F582
バルセロナ五輪男子柔道95㌔超級金メダリストのダビト・ハハレ
イシビリ氏が、心臓病のため49歳で亡くなっていたらしい。
ハハレイシビリといえば92バルセロナでは95㌔超級世界王者だっ
た小川直也のライバルとして注目されている中、決勝で対戦し開始
早々に技ありを2つ立て続けに奪って合わせ技一本勝ちしジョージア
初の金メダリストになったのを思い出す。
89年世界選手権で95㌔超と無差別級の2冠を達成した小川だがバル
セロナ五輪前年の世界選手権で95㌔超級ではセルゲイ・コソロトフ
に敗れたものの、コソロトフよりも力が上だったハハレイシビリに
無差別級で勝った事で一気に五輪では優勝候補筆頭に挙げられる事
になった。
というのも92バルセロナ五輪ではソ連が崩壊した後に旧ソ連EUN
チームという形で参加しており95㌔超級ではジョージアのハハレイ
シビリとロシアのコソロトフのどちらかしか出場できなかったし、
旧ソ連予選でハハレイシビリが勝って代表になったため小川にとっ
て好都合という感じで楽観ムードに包まれていた。
どちらかといえば旧ソ連勢は最初の2分は強いが徐々にペースダウ
ンしていく傾向が強かったのに対し、スタミナ自慢の小川は3分過ぎ
ると無敵状態になるという事から相性がいいと思われていたのだ。
それまでの五輪の柔道は大会の後半に行われていたし、軽量級から
スタートしていたのだがバルセロナからは前半に行われるだけでなく
重量級からスタートという事から平成最初の金メダリストは小川に違
いない的な雰囲気だったのだ。
この日は現地時間の夕方に行われた競泳女子200m平泳ぎで14歳の
岩崎恭子が金メダルを獲得すると、苦戦が予想された女子72キロ超級
でも坂上洋子が3位決定戦で勝ち銅メダルを獲得していた。
一方の小川も準決勝で後の世界王者ダビト・ドゥイエに快勝する
など絶好調で決勝に進出しハハレイシビリと対戦するのだが開始直
後にいきなり技ありを奪われると、焦った小川が前に出て来た所に
カウンターの技ありを奪われ合わせ技一本で敗れたのだから寝ずに
見ていた私も呆然としていた。
結果的に小川とハハレイシビリは小川の2勝1敗だからハハレイシ
ビリがいかに小川対策を練ってきたかが分かるし、まんまと小川が
嵌ってしまったという事だろう。
その後ハハレイシビリは前田日明が主宰するリングスで格闘家と
してリングに上がっていたのだが、今ひとつパッとせずに終わって
おりアントン・ヘーシンクのような形で終わっていたしアトランタ
五輪以後は聞かなかったので49歳で亡くなっていたとは本当に驚い
ている。
« 初めての東京... | 榊原郁恵が戦... » |
コメント |
コメントはありません。 |
![]() |
コメントを投稿する |
![]() |
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません |