有森裕子の銀メダルが証明したもの

 今から30年前の今日92年8月2日夜に行われたバルセロナ五輪の
女子マラソンで、有森裕子がワレンティナ・エゴロワに競り負け
たものの堂々の銀メダルを獲得した日であり世間のバッシングを
受けた陸連の判断の正しさを証明した形になった。

 レースは29㎞過ぎに集団から抜け出し35㎞過ぎにトップを走っ
ていたエゴロワに追い付くと急な上り坂のモンジュイックの丘を
中心に6㎞もの間デッドヒートを繰り広げ、競技場手前の下り坂で
引き離されたのだが銀メダルを獲得したのだった。

 この結果マスコミが大騒ぎしていた代表選考問題にピリオドが
打たれた形で、五輪のマラソンの重要ファクターが持ちタイムだ
けでないという事が証明された。

 84ロス五輪から女子マラソンが正式種目になったものの過去2
度の五輪ではロスの佐々木七恵の19位が最高成績で入賞もなかっ
た状況で、バルセロナ五輪の前年に行われた世界陸上東京大会の
コースや気象コンディションがバルセロナに似ていた事から世界
陸上のメダリストを代表に選ぶ事にしていた。

 すると山下佐知子が銀メダルを獲得し有森が4位入賞という素晴
らしい結果だったので山下が選ばれ、有森は保留だったものの内定
的な扱いになっていた。

 ところが92年の1月に行われた大阪国際女子マラソンでトラック
から転向した松野明美が出場し日本新記録で優勝した小鴨由水に次
いで2位に入ったわけで、山下佐知子と小鴨由水に次いで3人目を
有森と松野のどちらかが選出されるか?が大いに話題になり最終的
に有森が経験と実績を買われて選出されたのだった。

 しかし‘持ちタイムが上の松野が選ばれないのはおかしい’という
声のみが垂れ流され、タイム以外のファクターは無視される状況は
異常だったしロス&ソウルでのメダル奪取ならずの原因だった暑さ
に弱いという要素をマスゴミが忘れていたのか無視していたのか?

 これに松野の‘私を代表に選んで’会見まで大きく取り上げたのだ
が、‘絶対にメダルを取れる’や‘国のために走りたい’的なコメント
は所属している会社から強要されたと後に講演で語っていた。

 そんな松野明美押しの雰囲気にも流されずタイム以外の要素を
も判断し、有森を選んだ陸連は素晴らしいと思ったものだ。

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