江川卓の‘空白の1日’ドラフトから30年

 今年は久しぶりに通常のドラフトが行われたが、このやり方で最初に
行われたのが今年で30年目だ。
 それまでは事前にクジ引きで指名順番を決めて指名していく変則ウェー
バー方式でやっていた。

 だから77年に法政大学の江川卓が意中のチームだったジャイアンツが
2番クジを引いたものの、1番クジを引いたクラウンライター・ライオンズ
から指名され入団拒否して1年浪人という事になった。

 それで今から30年前から現在の方式になったのだが、皮肉にも前日に
‘空白の1日’という野球協約の抜け穴を使いジャイアンツと契約。
 セ・リーグはジャイアンツの契約を認めず30年前の今日行われたドラフト
でジャイアンツはボイコットし、1位で指名した4球団が抽選した結果タイ
ガースが交渉権を獲得。 

 問題解決はコミッショナー裁定に委ねられ、金子鋭コミッショナーは
‘江川のジャイアンツ入りは認めないが、一旦タイガースに入団し すぐに
ジャイアンツにトレードさせる’
という強い要望を出したのだ。
 これでオフシーズンは大混乱し、江川問題で暮れた。

 その結果 江川は79年の開幕と同時にジャイアンツに入団という形に
なり、ジャイアンツは騒動の責任を取って江川を開幕から2ヶ月間出場を
自粛させる事になった。

 ただ後に分かった事だが江川は大学2年の時に右肩を疲労骨折していた
らしい。
 にも拘わらず通常通り登板していたので気付かれる事はなかったが、
それ以後は右肩の調子は100%に戻らなかったそうでジャイアンツ入り
して4年目ぐらいから肩の不調を訴えて 9年で現役を終えたのも分から
ないではない。 

 それにしても江川だけでなく古くは荒川尭や最近の元木大介ら、また
ドラフトではないがホークスとバファローズの間で争奪戦となったJパウ
エルら入団時に問題を起こした選手は、期待されたほどの活躍をして
いないのは なぜだろう?    

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