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こーじ苑
意外にある高校野球のユニフォーム変更
今年の高校野球交流戦で熊本の秀岳館を率いて16年春から4季
連続出場し3大会連続ベスト4に導いた鍛治舎巧監督率いる県岐阜
商のユニフォームが、秀岳館のようなデザインに変更されており
昔からの高校野球ファンから否定的な意見が相当出たのが印象的
だった。
ユニフォームのデザインチェンジは平成以降に出場したチーム
ではよくある事ではあるものの、やはり戦前からの伝統校で県岐
阜商のようにデザインをここまで極端に変えると当然ながら反発
も強くなるわけで鍛治舎監督の名門復活への不退転の気概は伝わ
るのだが問題は監督退任後にどうなるか・・・
ただ伝統校でもユニフォームのデザインを変えているチームは
意外にあるのが現状だ。
個人的に最も印象的だったのは熊本工で75年春までは平安と同
じデザインで胸ロゴがローマ字表記でKUMAKOだったのが、76夏
に漢字の熊工になり77年春からはグレーになっている。
グレーといえば横浜も初優勝した73年春は青系のグレーだったし
仙台育英も81年夏まではアイボリーホワイトでストッキングなども
黒系だったのが、86年夏に東北を率いていた竹田利秋氏が監督に就
任してから現在の慶應デザインになっている。
一方で東北は72年夏までは縦縞ではなくアンダーシャツやストッ
キングも青系だったし、天理も73年までは胸ロゴやアンダーシャツ
など全て黒で袖や首回りに黒のラインが入っていた。
早稲田実は王貞治の時はストッキングが紺?の2本ラインになって
いたし、星稜も小松辰雄の頃はアイボリーホワイトで今のようなク
リーム色ではない。
逆にクリーム色から白に変更したのが99年の都城だが残念ながら、
この年を最後に甲子園から遠ざかっている。
デザインが変更されてから強くなったのは鹿児島の樟南で77年夏
に出場した時は予選がローマ字でSHOKOだったのが、甲子園では緑
の縦縞で鹿商工の三文字ロゴだったので凄く違和感があり80年春に
出場した時から現在のデザインになっている。
西日本短付も初出場の86夏&87春はグレーにNISHIDAIのロゴだっ
たのが90年夏に出場した時に西短の漢字ロゴになったため、違和感
満点だったのがベスト4に入り2年後には優勝したので誰も文句を言
わなくなった。
縦縞に変更は浦和学院や常葉菊川が浦和は野球日本代表のような、
菊川はNYヤンキースのような共に縦縞になってから優勝しているが
当初は違和感があったのを覚えている。
また日大山形はグレーに漢字ロゴだったのが日大系のデザインに
なってから勝ち始めているのが印象深いが、土浦日大は度々デザイ
ン変更しているものの成績は今ひとつと明暗を分けた形だ。
一方で平安が龍谷大平安になった時に監督がデザイン変更を絶対
拒否という形で伝統を守ったし、四国四商や広島商などもデザイン
は変更してないのを考えると対照的だ。
最後に何らかの変更があったチームを列挙
旭川竜谷・八戸学院光星・能代・取手二・銚子商・福井工大福井・
松商学園・比叡山・近江・近大付・岡山東商・岡山南・広陵・久留米
商・佐賀学園・興南ら
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