(ナタラジ)
ナタラジに 礼拝や供養を捧げて誦す事で 加持が授けられます。
★「ナタラージャ・ナタラージャ・ジャイ・シヴァ・サンカラ・ナタラージャ
シヴァラージ・シヴァラージャ・サムボ・サンカラ・ナタラージャ。」
以下 ネットに投稿されていた体験談のコピペです。
++++++++++++++++++++++++++++
自分が子供の頃の話。
今はもう引退したけど祖父が養鶏場をしてた。
山を一つ持ってるからデカい鶏舎が3つ並んでた。デカい扇風機ついてた。
父ちゃん3男で爺ちゃんの面倒は長男さんが見てたから、
あんまり家族と帰る事無かったんでうろ覚えなんだけど、
まあ鶏出荷するときには色々とあるらしいんだよね。
鶏ながら自分達の運命知ってるのか、
必死で爺ちゃんを見つめてトラックに乗せられていくとか。
とりあえず可哀想なんて言葉を言うのは絶対禁止、と父ちゃんから堅く言われていた。
爺ちゃんは鶏肉を絶対に食べない人。
理由は好き嫌いとかじゃなく、
近隣の町で並ぶ鶏肉はほぼ全部自分が出荷した鶏だからと言うことらしい。
愛情が無い訳じゃないんだよ、雛から大事に育ててるんだから。
ちなみに爺ちゃんとても育てるの上手いらしく、
入荷して出荷までほとんど鶏を落鳥させることなく出荷出来るから、
新しく養鶏場する人のために講習までする凄腕の人だった(今は引退)。
んで、そんな爺ちゃんから聞いた不思議な話。
鶏を出荷するさい1羽づつ重さを量って、
基準の重さクリアしていて初めて肉鶏として出荷出来る(今は知らない爺ちゃん現役時代の話)。
重さをクリア出来なかった鶏は出荷出来ないんだよ。
だからどうするかというと、「山に捨てる」らしい。
だって鶏舎は掃除して換気して綺麗にしてからまた新しい雛を迎え入れるから、
重さクリアするまで育てるって事をしない。
え?ってちょっとびっくりした。
愛情あるんじゃないのかよとも子供心に思った。
山には結構野犬とか猪とか野鳥だっているし、絶対死んじゃうじゃない。
だいたい毎回同じ数の(数羽の差はある)鶏が
重さクリア出来ずに山に放たれるんだけど(決して多い数じゃない)、
山に吸い込まれるように同じ方向に消えていくんだって。
んで、なんでそんなことするのか聞いたら、
山の神様が欲しがってる数だけ渡してるみたいな事を言っていた。
自分も小さい時に話をきいただけだから詳しく覚えてないけど、
だいたい同じ数の鶏を山に供物みたいに放してるって事だけはしっかり覚えてる。
ちなみに結構台風の通り道な地方なので、毎年町に被害がわりに出るんだけど、
爺ちゃんちの鶏舎と家や畑には一切被害が及んだ事はない。