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新約聖書の「使徒行録」の中に、キリストの使徒のペトロが奇跡を
起こすのを見て、「自分に聖霊を授ける事が出来る力を売って
欲しい」と申し出た「魔法使いシモン」が登場します。
「使徒行録」の中では、ペトロにあっさりと拒絶され、またシモンが
帰順したように記述されていますが、他の伝承では、魔術師シモンが
ローマで絶大な人気を得、ペトロはシモンが悪魔の業を用いて
民衆を惑わしているとして、聖クレメンス(他文献では皇帝ネロ)の
立会いの下でシモンと魔術対決をする事となり、魔術師シモンが
羽のある悪魔が引く戦車でローマの町上を飛行したので、
ペトロが祈ると魔術師シモンはあっさりと墜落し、首の骨を折って
死亡したと記録されています。
また魔術師シモンには娼婦がおり、彼が墜落死したのを見て
皇帝ネロは娼婦にも飛行を命じ、彼女は高所より飛び降りて
死亡したとも云われます。
キリスト教の観点では、「魔術・占い」などは全て悪魔の業に
分類されているので、聖書ではペトロが「正」、魔術師シモンが「邪」
という構造で記述されていますが、この魔術師シモンに関して
他の文献で詳しく書かれており、それを読むと、シモンは確かに
対応を誤ったが、単純に「悪者」とは呼べない事を感じます。
ルネ氏の本から「大魔法使いシモンの物語」です。
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【東方の大博士ドシチュース】
キリストが12人の弟子を連れて修行の旅をしている頃、ソマリアに
シモンという若者がいました。
シモンは村の若者の中で一番賢いと言われ、いつか村長になる
という評判でした。
その上中々ハンサムな若者でしたから、村の娘はみんな彼の
お嫁さんになりたがったものです。
でもシモンはそんな評判は殊更気にかけず、いつも村はずれに
ある高い城壁の上に腰を下ろして、砂漠を真っ赤に染めていく
夕日をじっと見つめているのでした。
ある日の夕暮れに、遠くから砂嵐に追われる様にして、ラクダに
乗った老人がやって来ました。
老人は城壁のかげに風をよけながら、シモンに声をかけました。
「オーイ、そこの若者よ。すまぬが一杯水をもらえないだろうか。」
シモンは城壁を降りて、肩にかけていたワインの入った皮袋を
手渡しました。
その瞬間でした。
太陽が沈み切らない薄明かりの中に、まるで空を真っ二つに
切り裂くかと思うばかりの大きな星が流れたのです。
一瞬の星明りの中で、老人は若者の瞳をはっきりと見る事が
出来ました。
たちまち老人の顔にはパッと血の色がさし、シモンの手をしっかりと
握り、天を仰いで、
「天よ、私はあなたに感謝します。
ついに私は、わたしの全てを譲る者に巡り逢う事が出来ました。」
と言って、目がしらを熱くしたのでした。
その老人こそ、東方の大博士であり大魔法使いのドシチュース
という人物だったのです。
その後二人の間でどのような会話が交わされたかはわかりませんが、
その日を限りにシモンの姿は村から消えてしまいました。
【シモンの修行】
シモンはドシチュースの弟子となっていたのです。
ドシチュースは自分の天命を占星術で知っていましたから、なるべく
急いで全てをシモンに教えようとして、特訓につぐ特訓で若者を
鍛えました。
ドシチュースには他にも弟子がいましたが、シモンほど厳しく
鍛えられた者は他にありませんでした。
ある日ドシチュースはシモンを呼び、「お前に教える事はもうない。
あとはお前が自分で道を開くのだ。ローマへ行きなさい。」と
言いました。
シモンもそれを予感していたので、御礼を言ってローマに旅立ち
ました。
【月の女神が遣わした少女】
シモンがオアシスのある町を通り過ぎようとした所、ペルシア人の
奴隷商人が奴隷のセリ市を開いていて、大変賑やかでした。
シモンは何気なくセリ台の上に目をやっていて、ハッとしました。
一人の若い女性が売られようとしており、その女性は粗末な
衣服を着ていましたが、何故か頭に銀の三日月のついた冠を
かぶっていました。
シモンは出発に当たってドシチュースに言われた言葉を思い出し
ました。
「シモンよ、お前はワシよりも魔法が上手くなったが、足りないものが
ある。
それはお前の姿を映し出す、命ある鏡だ。
お前の喜びや悲しみはその鏡に映るだろう。
お前がその命ある鏡を手に入れられれば、お前は世界一の
魔法使いになれる。
しかもそれはこの旅の途中、月の女神の恵みによって与えられる。
ただし、その鏡は天から下されるものであるから、金銭をもって
手に入れる事は叶うまい。
心して行け。」
シモンはこの女性こそ月の女神が下された「命ある鏡」に違い
ないと確信し、前に進み出ると、「その娘をくれないか」と申し出
ました。
「若いの、この娘にいくらつけるかね。金30枚はくだらないぜ。」
「金はない、だが……」と言いかけると、奴隷商人はカラカラと
笑い、
「このキチガイめ、誰が大事な商品をタダでやるものがいるか。
金がないなら、この砂漠が水浸しになるほどの雨でも降らせて
みろ!」と憎らしげに言いました。
「そうか、それなら。」とシモンは道服をひるがえして呪文を唱えると、
もう千年も雨雲など浮かんだ事のないような青空に雲が現れ
はじめ、それは大きな黒雲となって天を覆い、やがて激しい雷を
伴って、ナイル川を注ぎかけているかと思われるほどの豪雨が
降り注ぎました。
奴隷商人は真っ青な顔をしてうろたえていましたが、オアシスから
溢れ出た雨水が足首から膝にせり上がってくるに及んで、
シモンの道服にしがみつき、
「このままではラクダに積んだ塩がみんな流れてしまう。
あの女は貴方にあげるから、雨を止めて下さい。」と
泣きつきました。
「よし、それならこの娘を自由にするという書類をもらおう。」と言って
シモンは娘と書類を受け取ると、ラクダに乗って娘と去って行き
ました。
シモンが町の門を抜けるか抜けないかの間に雨雲は消えうせ、
空には以前と同じ、灼熱の太陽が輝き、オアシスの水は元通りに
なっており、町の広場の焼けたレンガが火照っていました。
実は先ほどの雨はシモンが見せた幻で、雨は一滴も降っては
いませんでした。
こうしてシモンは命ある鏡を手にする事が出来ました。
彼女の名前はヘレナといい、シモンの良い弟子となりました。
シモンはその娘の瞳に自分の心を映し、自身の運勢を知る事が
出来ました。
【大魔術師シモンの運命】
ローマに着いたシモンはヘレナと力を合わせて様々な魔法を見せ、
魔法使いの王と呼ばれました。
ある時ローマ皇帝の命令でキリストの弟子とペトロと術くらべを
する事になり、シモンは高い塔の上に上がりました。
その塔の周りを飛び回るというのですが、ヘレナの瞳には憂いの
色がありました。
いつもなら、ヘレナの瞳に憂いの影が差した時には用心の上に
用心をするシモンでしたが、この日ばかりは自惚れが先に立ち、
ヘレナの瞳の凶兆を無視したのです。
大魔術師シモンは塔の上から真っさかさまに落ちる運命を
背負い込む事になりました。
ヘレナはシモンの後を追いかけ、一輪の花が舞うように塔から
身を投げました。
塔の下で、折り重なるように倒れた二人の口元には、何故か
安らかな微笑が浮かんでいたという事です。
今日でもシモンは魔術師の王とよばれ、魔術師達から尊敬されて
いるのです。
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一般的に他の伝承では、魔術師シモンの業よりも、ペトロの祈りに
よるキリスト教の神によって下された力の方が上であったという
表現をされていますが、この伝承では、シモンを高塔から墜落
させたのは、他ならぬシモン自身の高慢であったとしています。
真実はわかりませんが、高慢は身を滅ぼすという教訓を与えて
いるように思います。
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「ハートマン軍曹のコミケ訓練学校」
http://jp.youtube.com/watch?v=ASTkl3HxGt0
わたくし自身は「コミケ」について詳しくありませんが、
台詞があっており、楽しめました。