「パソコンを持って街を棄てろ!」(六)

2012-07-11 19:50:30 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(六)―

              (六)

 

10時になって私はいつもの寝カフェに入った。かの路上ミュー

ジシャンは、私は彼を「バロック」と呼ぶことにしたが、彼は私を

ロビーで待っていた。

「メシ、食った?」

私は何時も通りそこのカップ麺で済ますつもりでいたので、

「いいや」

と言うと、バロックは私の腕をつかんで、

「奢るよ!」

と、私をまた外へ連れ出した。誘われるまますぐ近くの居酒屋へ入

ったが、十時過ぎの居酒屋はもうどの席にも客がいて、誰もが脳味

噌に凝り固まった社会の常識を酒で溶かすことに精を出していた。

「いらっしゃいませ、二名さま、どうぞ此方へ」

アルバイトらしき研修生と書かれた名札をした女性が出て来て我々

を案内してくれた。彼女は足早に満席の間を縫って奥へ入って右に

曲がり、さらに今度は左に曲がった奥の壁際に席が並んでいるその

ドンツキの、前の客の宴の後がそのままの席に座らせた。

「すみませんがこちらでお願いします」

研修生はいつの間にか大きな木の入れ物を用意していて、

「すぐに片付けますので、」

と言って、散らかったテーブルの器を片っ端から入れ物に投げ込ん

だ。しばらくその手際を観察していたバロックが、

「こんな奥の席やったらもし火事になったら逃げられへんね?」

と言った、すると研修生が毅然として、

「すぐ後ろに非常口があります!」

と、バロックの頭の上を指差して言った。確かに上には非常出口の

案内灯がぶら下がっていた。バロックは彼女に生ビールのジョッキ

2つを私に断りもせずに頼んでから、

「いい?」

と言った。そしてメニューを取って今度は私に一つ一つ確認しなが

ら料理の注文を済ました。そして、

「こんな処に非常口があったらこっから爆れるなっ!」

と小声で言った。私は奢られる身分上何も言えなかった。酒が進む

につれて互いに打ち解けて、やがて話は大阪のことになった。バロ

ックの大阪文化論とは次のようなことだった。

 豊かさには「フロー」と「ストック」があって、「フロー」を共

有、「ストック」を所有とすると、例えば豊かな自然環境にはきれ

いな川が流れていて誰もがそれを共有することができる。きれいな

川には多くの魚が棲み誰もがそれを獲ることができた。やがてよそ

者がやって来て魚を一網打尽に捕まえて塩漬けなどにして蓄えよう

とする。蓄えを所有する者にとっては豊かさかもしれないが、蓄え

が増えればやがて川に棲む魚も減っていき、遂には魚が居なくなる

。かつては誰もが共有できた豊かさは一部の所有する者の豊かさへ

変貌して魚の棲む豊かな川は失われる。そして蓄えを所有する者は

魚のいなくなった川を諦め、今度は他所の川でまた魚を獲ろうとす

る。こうして彼等は世界中の魚を獲り尽くして蓄えを増やしていく

。これこそが今世界中で起きているグローバル資本主義で、世界の

資源を奪い合ってそれまで共有されていた環境や生活を破壊してい

く。やがて地球は我々のものだ!と言うカンパニーが現れるかもし

れない、否、もうアメリカのいくつかの会社はそう思っているかも

しれない。つまり一部の豊かさは、かつては誰もが共有できた豊か

さを独占することによって成り立っているのだ。

 かつて大阪は商人文化「フロー」の町で、東京の武士文化「スト

ック」とは異っていた。武士は破産しても武士で居られるが、商人

はいくら蓄えが有っても商いを誤れば何もかも失うことを知ってい

た。つまり商いは客があっての商いで、いくら蓄えがあるからとい

っても商いは客に頭を下げねばならない。蓄えを見せびらかして自

慢するのは客に対して失礼だと慎んだ。そういう慎みは世間に対す

る慎みとなり、貧富に関わらずに、貧しい者でも店に行けば客にな

るので、貧富を超えた共生が生まれた。1970年の大阪万博は、

モノ作りの町大阪に大きな夢と技術の進歩をもたらした。大阪商人

の合理的な思考は様々な産業で新しい製品を生んだ。20年後の1

990年花と緑の博覧会はバブル期絶頂の中、濡れ手で「泡」の金

儲けに血道を上げて「花博」は「賭博」に様変わりした。そもそも

大阪は日本の電気産業の発祥の地であるにもかかわらず、モノ作り

を忘れて将来の産業を担うIT技術に乗り遅れ、日本のシリコンバ

レーに成れなかったことは返す返すも大きな失敗だった。やがて「

花(札)(賭)博」はバブルの崩壊で御開きになった。

 その頃の大阪は、投資ジャーナルに始まって豊田商事の金商法、

老舗大手銀行のトップが「古傷は問わない」で画策した地価高騰、

尾上縫の「こんなん出ました」を有り難がった銀行の頭取やイトマ

ン事件など、これが大阪商人のやる事かと信じられない事の連続で

、巨額の損失を報じるニュースに地道な大阪商人は危惧を感じた筈

だ。その後の地価の下落、経済の崩壊、銀行の破綻、立て直そうと

しての莫大な借金、それに乗じてのグローバル化による東京資本「

ストック」主義の進出で、かつて貧富を超えて共有した大阪共生「

フロー」文化がブッ壊された。質素倹約を忘れ富者は慎みを失い、

かつては卑しいと思われた金持ち自慢を恥じらいもなくテレビが流

す。「共生」は「競争」に聞き間違われて、貧富の格差が壁を生み

共生の豊かさは破壊され、それぞれが金儲けの為には周りを省みな

くなった。それは当たり前のように思うかもしれないが、かつて大

阪人は金儲けと同じほど世間も大事にしていた。まだ鈍感力の優れ

た「おばちゃん」は元気に生き残ってはいるが。もし大阪が再生す

る方法があるとすれば、それは破産宣言して債権団体になることだ

。今や大阪は亡ぶことでしか再生の道は無いと思う、いやその時こ

そ自立した浪速の商人(なにわのあきんど)の共生力が蘇り、グロー

バル社会に抗する新しい社会のあり方が生まれてくるに違いない。

何事にも先駆けてきた大阪が亡ぶということは、やがて日本もその

後を追随するだろうと推測するに難くない。

 資本家にとっては豊かさが共有されることは価値が無い。いくら

魚が多く棲む豊かな川でも捕獲されて始めて価値が生まれる。一部

の所有者による「ストック」された豊かさは共有の「フロー」を貧

しくし、格差社会は大阪に留まらずに中国で起き、アジアに広まっ

ている。我々アジアの人間はグローバルスタンダードを振りかざし

て進出して来るこの変貌してしまったプロテスタントの資本主義者

に「反抗」して、アジアの「フロー」の文化をいかに護るのかが今

まさに問われている。もはや日本もそのプロテスタントの手先だけ

どね。社会の豊かさって「フロー」の豊かさだと思うんだけどね。

だって砂漠の中の石油王より森の貧者の方が豊かだと思わない。

 以上がバロックの大阪文化論だった。

    
                         (つづく)


「パソコンを持って街を棄てろ!」(七)

2012-07-11 19:49:31 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(六)―

           (七)

 

「ラストオーダーになりますが...、」

例の研修生がやって来て言った。周りを見るとこの離れの奥座敷に

居るのはいつの間にか私達だけだった。バロックはK帯をズボンの

ポケットから取り出して時間を確かめて、私に、

「もういい?」

と聞いてきた。私が頷くと、同じ言葉を発音を変えて研修生に言っ

た。「もういい!」

研修生は、

「かしこまりました」

と言ってから閉店時間を告げて去った。バロックは彼女が見えなく

なると、慌てて席から立ちバックを背負い相棒のギターケースを取

り、後ろの非常口へ走りノブを下げてドアを開けた。そして私に目

配せをして、

「早くっ!」

と言った。私はすぐに事情が飲み込めたので急いで後に続いた、「

爆れるっんだ!」非常口の向こうは廊下に為っていて右側には様々

な食材が置かれた棚が並んでいた。廊下の奥はまたドアが有ってバロ

ックはその前に行ってドアを開け向こう側の世界へ逃げ込んだ。もち

ろん私もその後に続いた。ところがすぐに彼は、

「あっ!」

と叫んだ。私もドアを出るなりいきなり足元に水が掛かってきたので

驚いたが、それどころかもっと驚いたのはドアの向こう側はこの店の

厨房だった。まさに後片付けの最中で調理師やアルバイトらしき店員

が洗い物や片付けに忙しく働いていた。我々が踏み込んだ床も白衣を

着た兄ちゃんがホースの先を指で潰して逃げ場を失った水が勢いよく

床のゴミを追い遣っているところだった。バロックと私は足に掛かる

水を除けもせずに互いに顔を見合した。やがて店を取り仕切る風の人

がゆっくり遣って来て、我々に、

「何かっ?」

と言った。その落ち着いた態度から何度も同じ場面に遭遇しているこ

とが窺えた。しかしバロックと私は大いに慌てて、

「あっ....、まっ、間違いましたっ!」

「えっと...、レッ、レジは何処ですか...?]

やがて奥の方から例の研修生の女性が薄ら笑いを浮かべながら伝票を

持って来た。白衣の兄ちゃんは指先により力を込めているのか、勢い

の強くなった水が止むこと無く我々の足元を濡らしていた。            

 

                      (つづく)


「パソコンを持って街を棄てろ!」(八)

2012-07-11 19:48:26 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(六)―

            (八)

 

 東京の朝は物憂い。残飯を漁るカラスの鳴き声がいち日の始まり

を不安な気分にさせ、そんな朝は決まって救急車が走り、犬が吠え

る。こっちの様子など解からない筈のテレビの連中が「空気を読め

!」と罵っている。やがて人の気配が忙しくなって世間に日常の電

源が入る。稼動を始めた日常は加速を強め朝の「物憂さ」を消し去

るが、「ものぐさ」な気分は身に付きまとう。

「ああ、またいつもの一日かっ!」

と、慌てて起き上がろうとしたが昨夜の酒が残っていた。立ち上が

ると頭が首から落ちるように思えた。しかし、どうしても水が飲み

たくなったので、頭が落ちないように両手で支えてフラつきながら

給水機がある洗面所に行ったが、

「これはいつもの一日にはなりそうもないな」

と、私は昨日に続いて今日も仕事を休むことになり、社会から取り

残された解放感とそれを超える不安と、どちらを気にするべきか迷

っていた。これは子供の頃、学校へ向かう登校路を外れて山の中に

ある私だけの秘密基地に行った日のことを思い出させた。

 それは幽霊屋敷と云われた廃屋で、奥の一室には書棚があって自

殺したと云われる主人に見捨てられた本や雑誌が寄り添いながら朽

ちていた。その部屋を発見した時の興奮は今でも忘れられない。僕

等は仲間の四人で探検することになって、というのはその本棚にエ

ロい本がいっぱいあったという話しを誰かが言ったからだ。学校が

休みの日に、芽生えたばかりの好奇心は興奮を隠せずにみんなで揃

ってその屋敷に入った。すぐに僕は書棚の本を手にしたが、誰かが

奥の壁に吊るされた肖像写真を指差して奇声を発したので恐怖のあ

まりみんなが一斉に逃げ出す破目になった。それでもその本に強い

興味を持った僕は恐る恐る後日になって単独行を試みた。そこには

見たことの無い写真集や百科事典、単行本のマンガ、それに目当て

のイカガワシイ写真が載った雑誌、とりわけ裸の男の人と重なり合

った女性の「哀しげで嬉しそう」な複雑な表情に不思議な動揺を覚

えた。私は興奮を抑えられずにその写真を丁寧に破り取って四つ折

りにしてポケットに入れて持ち歩いた。そして授業中も僕のポケッ

トには友だちの知らない世界の秘密が隠されていた。しかし、つい

にはボロボロになって、彼女の哀しさと嬉しさを切り離そうとする

裂け目が現れたので、しかたなく基地に作った秘密の宝入れに戻し

た。それからは学校が終わってもすぐに家には帰らず、人に気付か

れないように道を外れて、幽霊屋敷の書棚に残された知られざる世

界の秘密を解き明かすことに熱中した。ある日、何があったのか忘

れたが学校へ行くのが嫌になり登校中に道を逸れて秘密基地に行っ

た。光が差し込む窓を開けその敷居に腰を預けてマンガを読んでい

た。やがて朝礼が始まる時間になり、一時間目が終わろうとした頃

には、毎日の習慣を逸脱してしまった不安に苛まれマンガも読めな

くなってしまった。やがてその不安がきっかけでそれまで気付かな

かった幽霊屋敷の不気味さが増幅されて迫ってきて恐怖のあまり逃

げ出した。やっぱり学校へ行こうと思い、遅くなったが通学路を歩

いていると、パトカーがやって来ておまわりさんに乗せられて学校

へ連れて行かれた。その学校では消息が不明だといって事件になっ

ていた。やがて仕事を途中で止めて母も駆けつけてひたすら頭を下

げていた。そして何処に居たのかしつこく聞かれて、仕方なく吐い

た秘密基地はすぐに壊されてしまった。その後もあの「哀しげで嬉

しそう」な彼女の写真を失ったことを長く後悔した。その後も社会

生活の中で日常に退屈するとあの秘密基地での自由な時間やさまざ

まな世界の秘密とイカガワしい欲望のことや、それに反して社会を

逸脱することの不安も同時に記憶の中から蘇ってきた。きのうはピ

ンハネ会社に仕事を休む連絡を取ったが、さすがに今日は気が重く

なって電話もしなかった。おそらくもう仕事にはありつけないだろ

う、私は本当の住所不定無職になってしまった。

「ああっ、これからどうしよう...」

不安が過ぎったが仕事を失ったことを後悔などしなかった、つまり

その程度の仕事だった。ただ「これから」の私は「それから」の代

助のように「高等遊民」にはなれないと思った、遊民ではあるが。

二日酔いの血流の滞った頭で考えていると不安が絶望を連れてきて

、学校をサボった秘密基地での不安が蘇ってきた。しかし今の私に

選ぶことができる選択がほとんど無いことに絶望した。

「そうか、高等遊民とは多くの選択から選べる者のことか」

まるで私は役柄も台詞も知らないまま舞台の上に放り出された役者

のように、周りで演じられる日常劇に右往左往していた。役目を得

て社会で生活をしていると社会の煩わしさに嫌気が差し、社会から

遠ざかれば途端に生活が立ち行かなくなる。私はどうしても社会と

上手くやれなかった。

「あれっ?仕事行かなくていいの?」

バロックだった。

「もうやめた!」

「ふーん、せやな、もうそんな仕事辞めた方がええな」

「ああ」

「俺、今から部屋探して来るから、もしよかったらその部屋の住所

でちゃんとした仕事見つかるやろ?」

「ありがとう」

一つ選択ができた。バロックとK帯の番号を教え合って、彼はギタ

ーを弾く真似をしてから、

「ほんだら、またきのうのトコで会おうや」

そして手を上げて出て行った。寝カフェは留まっていると料金が加

算されるので私もすぐにそこを出た。

 

                        (つづく)


「パソコンを持って街を棄てろ!」(九)

2012-07-11 19:47:45 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(六)―

             (九)

 

 朝も8時を回ると仕事場へ向かう亡骸の群れは、ステンレスのシ

ンクを流れる水のように駅の改札に流れ込んだ。私は流れに取り残

された生ゴミのように、排水口には向かわずに駅前のコンビニへ入

った。別に、駅にもコンビニにも用は無かったが当ても無く時間を

遣り過すには大勢の人の中いる方が気楽だった。群集の中に居ると

自分の境遇を忘れて一人の社会人として振舞うことができた。独り

で居ると不安に苛まれる毎日を束の間でも忘れさせ、関心が外の世

界に向いて自分自身と向き合わなくてよかった。集団は個人の不安

から生まれる。何故ホームレスは他人の眼に曝される恥辱を忘れて

までも競争の苛酷な都会に住み着くのか常々疑問に思っていたが、

いざ自分がその身に為ってみると到底人里離れた山の中で世間を捨

てて独りで自分自身と向き合うことに耐えられないことが解った。

群衆の中で私は私の考えを封印して群衆の一人として考える。群衆

と状況を共有しやがて感情も同化して我が身の憂慮を忘れて気楽に

なれる。例えば、電車の中で偶然にも非常識な出来事に遭遇しても

、人は個人の行動を封印させられているのだから、すぐに自分に返

って事態を把握して行動することなど出来る訳がない。まして日本

人は生まれてより自分の色を消して「朱に交わる」よう教えられて

きた。我々は群衆の中で自分を隠す擬態は得意であるが、模す対象

を取り上げられ一個の生き方を問われてもどうしていいのかわから

ない。独りで山道を歩く時は誰でも自分の考えを巡らして細心の注

意を心掛けるだろうが、人の数が増えていけば比例して考えを人に

預けるのは生き物の本能かもしれない。社会は個人の切迫した状況

を忘れさせる。我々は自分自身と社会人を使い分けていきている。

こうしてホームレスも犯罪の容疑者も人の眼があっても群衆の中に

紛れ込んで、社会人に成り済まして自分からも自分自身を隠そうと

する。

 とはいっても私の頭の中心は二日酔いのせいで前後左右に揺れて

、周りの人々に合わせて善良な社会人に成り済ます余裕が無く、た

だ頭が転げ落ちないように頭の動く方へ体を従わせて歩いていたの

で自分の思う方へ真っ直ぐには行けなかった。駅前のコンビニは誰

もがこの場所に居ることが時間の浪費だと云わんばかりに慌しく行

き来していた。毎日が時間の浪費の私はゆっくりと右側の雑誌の棚

へ向かった。こう見えてもついこの前まで出版社に出入りしていた

のだ。私が投稿していたマンガ雑誌の発売日はやっぱり気になった

。そのマンガ雑誌を手に取ろうとしたが二人のフリーター風の男が

その本の前で周りを気にもせず立ち読みに耽っていた。もとより私

も買う気など更々なかったので、つまり私も彼等と穴を同じくする

者なので、後屁を拝す者の礼儀として慎ましく席が空くのを待って

いたが埒が明かないので、遂に、店より正式に許可された購買者の

振る舞いで、

「すみません」

と言ってから、二人の間に半身を入れて、頭が落ちないように注意

しながら、腕を延ばして強引に目指す本に手を掛けた。すると二人

の男は私を避けながら、排便を覗かれた者が返す様な怪訝な目で私

を睨んだが、私は粛々と許可を与えられた者の権利を執行した。た

だ、そこまでして手にした雑誌を彼等と連るんで立ち読みする訳に

もいかず、仕方がないのでその雑誌を持ってレジに行った。そして

レジのカウンターに雑誌を置いた時に、初めてそれがイカガワしい

雑誌であることに気付いた。

「ええっ!」

二日酔いの頭の中で、接続不良を起こしていた神経が緊急事態で甦

り、滞っていた電気信号が私の社会人としての安全装置を稼動させ

た。カウンターの真ん中に置かれた雑誌には、あどけない少女が許

される限りの裸身を曝け出して出勤前の会社員でごった返すコンビ

ニの店内には相応しくない天真の笑顔で、無表情なレジの女性を見

ていた。レジの女性はその微笑みに応えることも無く、私の緊急事

態を察することもなく平然とバーコードを通して、私に、

「袋に入れますか?」

と聞いた。私は慌てて、

「あっ!すみませんっ!これ、間違っちゃった!」

と言ったが、レジの女性は、

「もう、バーコードを通しましたけど!」

と不愛想に言った。私は、その雑誌のお金で充分一日の食費が賄え

たので支払いを躊躇してると、すぐ後ろに若い女性が並んで居てそ

の遣り取りを腕を組んで聞いていた。するとレジの女性は、私のあ

どけない少女が微笑む卑猥な雑誌を汚らわしいモノを扱うようにカ

ウンターの端に除けながら、私の後ろで不機嫌そうに腕組みをして

いる若い女性に向かって、

「どうぞっ、次の方っ!」

と私の肩越しに言った。若い女性はすかさずに、

「すみません」

と、どっちにともなく言いながらレジの前に出てきたので、私は仕

方なく横へズレた。三人の真ん中で、あどけない少女が卑猥な微笑

みを空気を読まないで投げかけていた。若い女性はカウンターのそ

の雑誌の横に怪訝そうに菓子パンと缶コーヒーを並べて置いた。私

が背を向けているうちに精算を済まして、頭を下げながら急いで店

を出た。私はさすがにメゲて、裸で微笑むあどけない少女を仕方な

く身受けした。ただ、それから二日酔いが醒めて私の頭が首から外

れ落ちる心配は無くなった。私は関わっているうちに多少愛着を感

じる様になったあられもない姿で明るく微笑むあどけない少女が表

紙のイカガワしい雑誌を持ってゆっくりと店を出た。

 

                         (つづく)


「パソコンを持って街を棄てろ!」」(十)

2012-07-11 19:46:34 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(六)―

               (十)

 

 私は、また今日も「永遠が」見える河川敷にきた。平日の河川敷

は社会の役に立たない者の為にある。犬の散歩をさせる者や、ウォ

ーキングに励む老夫婦など、ゆっくりと時間は流れていたが、それ

でも誰もが目的を持って寛いでいた。何の目的もない私は、周りの

人との距離が気になって腰を下ろさずに仕方なくダラダラと川の流

れに逆らって歩いた。東京では目的も無しに出歩くことは許されな

い。警官は犯罪人を取り逃がしてもホームレスだけは見逃さなかっ

た。人並みの身格好をして歩いていても、決まって彼等は人ごみの

中から間違い探しの偽者のようにホームレスを見付け出し、かくれ

んぼのオニが隠れていた子を見付けた時の様に自慢気に私の肩を叩

く、

「ここで何をしてるの?」

私は、

「何もしてません!」

これが良くない!東京で何もしないで居ることは犯罪だった。散々

疑われた挙句、

「人に迷惑を掛けるなよ!」

と言って立ち去った。きっと私が犯罪を犯しても彼等は理解してく

れるだろう、何故なら犯罪者には目的があるから。あどけない少女

が微笑んでいるイカガワしい雑誌は途中でゴミ籠へ捨てた。私が寝

泊りするネットカフェではその気になればパソコンからいくらでも

アダルト動画を見ることが出来た。それこそ世之介のように千人の

女性と情(報)を交わす事ができた。それにしても東京は何故こんな

にも人を好色にさせるのだろう?人工の構造物に取り囲まれた抑圧

された生活の中で、自分を取り戻そうとする動物的本能が、自然へ

の憧憬を甦らせ、理性の封印を解かれた欲望が人を自然の行為であ

る性交に向かわせるのか。もはや東京で残された自然とは動物とし

ての人間の性行為くらいしか無いもんね。きっと相手の裸体に自然

回帰してるんだ。

                        (つづく)