「無題」
(十)―③
私は、車があるのでそれで行ってもいいかと訊くと、息子は、そ
の方が自由に動ける、と言うので彼の車の後を着いて行くことにし
た。チョイ悪親父のペンションは海岸と並行して走る少し高台の道
路沿いにあった。その息子は、父親のペンションの一部を増改築し
てスキュバーダイビングの現地サービスを行なっていた。従って、
チョイ悪親父のペンションの宿泊客のほとんどはスキューバダイビ
ングをするために泊まっている客のようだった。息子だけでなくそ
の他にも数人のスタッフがいて、辺りにはウエットスーツが並べて
干してあったり、酸素ボンベなどが無造作に置かれていた。彼がピ
ックアップした満員の客を乗せたワゴン車の後を追って、つまり、
我々はずーっと彼らを車の中で待たせていたのだ、道路と浜辺の間
にある教えられた駐車場に車を止めた。そこにはすでに多くの厳つ
いRV車が止まっていた。私は、チョイ悪親父に、否、もうそう呼
ぶのは止めよう、木下さんに挨拶をしてから、家族揃って海水浴場
への坂道を駆け下りた。すでに浜辺では、多くの親子連れの客が焼
け付く陽射しの下で甲高い声を上げていた。それに誘われて己然も
浮き輪を胴に撒きつけて、母の制止も聴かずに、「キャーッ!」と
叫びながら勢いよく浜辺へと駆けて行った。
(つづく)