「無題」 (十)―③

2012-07-15 12:01:08 | 小説「無題」 (六) ― (十)


            「無題」


             (十)―③


 私は、車があるのでそれで行ってもいいかと訊くと、息子は、そ

の方が自由に動ける、と言うので彼の車の後を着いて行くことにし

た。チョイ悪親父のペンションは海岸と並行して走る少し高台の道

路沿いにあった。その息子は、父親のペンションの一部を増改築し

てスキュバーダイビングの現地サービスを行なっていた。従って、

チョイ悪親父のペンションの宿泊客のほとんどはスキューバダイビ

ングをするために泊まっている客のようだった。息子だけでなくそ

の他にも数人のスタッフがいて、辺りにはウエットスーツが並べて

干してあったり、酸素ボンベなどが無造作に置かれていた。彼がピ

ックアップした満員の客を乗せたワゴン車の後を追って、つまり、

我々はずーっと彼らを車の中で待たせていたのだ、道路と浜辺の間

にある教えられた駐車場に車を止めた。そこにはすでに多くの厳つ

いRV車が止まっていた。私は、チョイ悪親父に、否、もうそう呼

ぶのは止めよう、木下さんに挨拶をしてから、家族揃って海水浴場

への坂道を駆け下りた。すでに浜辺では、多くの親子連れの客が焼

け付く陽射しの下で甲高い声を上げていた。それに誘われて己然も

浮き輪を胴に撒きつけて、母の制止も聴かずに、「キャーッ!」と

叫びながら勢いよく浜辺へと駆けて行った。


                          (つづく)