「めしべ」⑤
そもそも絵画とは虚構の世界であって現実ではない。絵の中の餅
は決して食べることはできない。何もそれは絵画の世界だけのこと
ではなく、日常使われている言葉で表現される世界もまた現実その
ものではない。店で買い物をしてレジで「お金を払います」と言っ
ただけでは実際に払ったことにはならない。言葉もまた現実を言い
表すための仮想された表象である。そもそも、われわれは何故かく
も想像を弄ぶのか。たぶん、それは存在することの本能的な恐怖か
ら派生する。われわれは存在への恐怖からさまざまな不安に苛まれ
て、孤独から遁れるために社会を求め、不安を共有することによっ
て自己の不安を客体化させ自己を取り戻そうとする。むき出しの未
知の世界をさまざまな仮想で覆って認識し存在の不安から遁れよう
とする。では、なぜ生命体は恐怖とともに在るのか。それは、生命体
が物質の原理から逸脱した稀有の存在だからではないか。われわれ
は自らの意志で動くことのできる奇跡的な存在である。もちろん、わ
れわれは重力や熱といったさまざまな存在の外の力に支配されてい
るが、そもそもすべての物体はその支配の下にあって、内なる力(生
命力)など持ち合わせていない。われわれとは物質の原理に逆らって
存在するが故に、自分の自由意志で動けなくなること、つまり物質に
還ることを恐れる。物質原理の支配から逃れて自由を得た戸惑いが
われわれを不安にする。何故なら、自由とは存在の原理を失くすこと
だから。
(つづく)