【 蘭亭にて 】
【2011年10月22日】(旅行4日目-杭州から紹興へ)
朝は、7:10にホテル出発だというのに、建物の電源が入ったのは6:30で、起きて準備しようにも暗闇の中で手探りでしなければならない。夜中にトイレに起きても真っ暗闇である。
6:30から始まるという朝食の会場に行ったら、すでに長蛇の列。やっと順番がきて、食べ物を持ってテーブルに着いたときはすでに20分が経過していて、出発まで20分しかない。むちゃくちゃなスケジュールである。妻はどうもないようで普通に食べていたが、私は昨夜の食べ物が悪かったのか、お腹の調子も良くないので、食事もそこそこにホールを引き上げ、玄関で待機しているバスに乗り込む。
紹興までは、2時間半ほどの行程で、最初の訪問地は紹興のはずれにある『蘭亭』である。行って初めてそのことを知ったのだが、何とここは私が一番好きな書家の『王義之』ゆかりの地である。あらかじめ知っていたらもっと興奮していたかもしれないが、あとの祭りである。
【 のびのびして勢いのある墨蹟はいつ見ても心がすっきりする 】
とりあえず、蘭亭の中に入っていく。しゃれていて、落ち着いた雰囲気である。
【 蘭亭の入り口】
真っ先にトイレに行ったが、ここのトイレがしゃれていて、トイレとは思えない趣があった。それまでのトイレがひどいものばかりだったから、よけい際だって感じたのかもしれない。
【 左奥がトイレの入り口 】
庭園はさほど広くはないが、きれいに整備され建物が随所に配置され、気持ちが和む。資料館にもたくさんの書が展示されていたが、素通りである。
【 『文化大革命』のときに紅衛兵によって壊されたという石碑 】
書や墨蹟をじっくり見たかったが、ここの滞在時間は、9:45に庭園に入ってから、10:10に出口を出るまで、たったの20~30分である。せめて土産で記念の品物でも買いたいと思ったが、早足で店の前も通り抜け、その時間もなかった。
再び訪れることはないだろうと思うと、残念だった。
次の目的地は、老酒=紹興酒の本場、ここ地元の製造工場で、そこで製造元の”本物の”紹興酒を買い求める(買わされる)という計らいである。
ちなみに、このツアーで《買い物ガイド》に引き回されるのは5,6回に及ぶ。この紹興酒販売とは別に、中国茶から始まり印鑑、寝具、シルク製品と続き、あげくはどのように中国文化と関わりがあるのかわからない《ラテックス製品》のショッピングまで組み込まれている。その都度、2~30分の《説明》、《試飲》、《見学》がついて「どうぞお買いもとめください」ということになる。おまけに移動中のバスの中での車内販売もある。オプショナルツアーも4回。それらは、現地清算だから、《成果》は添乗員のの取り分として還元されるのだろう。本業の『ガイド』は二の次に、泣きつくように申し込みを催促する添乗員をみれば、それが少ないと仕事にならないことを想像させる。こうでもしなければ、《二九八》で四泊五日の上海旅行など成り立たないと思ったが。
そんなことを考えながら、安くないとは思いつつ、どこかで老酒を買い求めなければと思っていたので、つい買ってしまう。帰りに空港で同じような『10年もの』をみたら、ずっと空港のほうが安かった。工場の、『こちらは国家補償付きの本物です』という言葉を信じるしかないが、半分悔やみながらやられたと思う。もっとひどいのは、バスのなかで添乗員から《義理》で買ったクッキーが、全く同じ工場の同じ製品なのに、箱に入っていないだけで半分以下の値段で売られているのには、がっくりきた。
【 魯迅の肖像が観光客を迎える 】
上海に『魯迅公園』があり、最終日に行くことになっているが、今日、次に向かったのは、生誕の地=地元紹興の『魯迅故居』とその『記念館』を訪ねる。
今年は『辛亥革命』100周年にあたる年だが、孫文も魯迅も深くは知らない。『阿Q正伝』でも読んでいれば、もっと感慨深いのかもしれないが、そもそも『旧家』とか遺品の品物の展示をいるとかいうのは、あまり好きではない、というかピンと来ない。やはり、作品そのものとか、思想や理論から得られるもののほうが、よくわかる。
だから、ここも駆け足であるが未練はない。ただ、トイレにも行きたくなるし、時間もないしで、さんざんだった。
昼食は、またしもて美味しくない中華料理。中華料理は本来美味しいはずなのに、今回の旅行の中華は全然美味しくない。安さの《しわ寄せ》がこんなところに出ているのかと思う。お腹の具合も最悪なので、食はほとんど進ます、スープだけを飲む。
【 毎回、同じパターンの昼食-いい加減うんざり 】
昼食の後は、上海に戻る。杭州湾にかかる全長37kmにもおよぶという『杭州湾大橋』を渡る。こんな長い橋なのに、『明石海峡大橋』の様な巨大な橋脚がないのは、湾の水深が浅いためだろうか。そうでもなければ、こんな長い橋は建設されなかったと思う。
【 杭州湾大橋からの杭州湾 】
紹興から上海までは3時間弱かかった。
晩は、『上海雑伎団』の舞台をみることになっている。オプションで別料金であるが上海にきたのだからそのくらいは見ておこうと思って、申し込んでおいた。雑伎団の上演は19:30から1時間半で、その前に上海蟹がつくという夕食である。高級料理のふれこみだったが、本格的な時期前ということで、だされた蟹はやや小振りで足も細く、見たところ、どこを食べるのかわからない。テーブルの反対側の人は、この道の《通》らしく食べていたが、結局妻も私も手つかずのまま退散した。
【 食べるところがない上海蟹 】
『上海雑伎団』の舞台は、もっと度肝を抜く出し物があるかと思っていたが、生の《サーカスの様なもの》を見るのは初めてだったので、それなりに良かった。
ホテルに帰ったのは、10時を回っていた。
【 最終回につづく 】
上海旅行・4日目-杭州から紹興に移動。蘭亭・紹興酒工場・魯迅旧宅訪問
【2011年10月22日】(旅行4日目-杭州から紹興へ)
朝は、7:10にホテル出発だというのに、建物の電源が入ったのは6:30で、起きて準備しようにも暗闇の中で手探りでしなければならない。夜中にトイレに起きても真っ暗闇である。
6:30から始まるという朝食の会場に行ったら、すでに長蛇の列。やっと順番がきて、食べ物を持ってテーブルに着いたときはすでに20分が経過していて、出発まで20分しかない。むちゃくちゃなスケジュールである。妻はどうもないようで普通に食べていたが、私は昨夜の食べ物が悪かったのか、お腹の調子も良くないので、食事もそこそこにホールを引き上げ、玄関で待機しているバスに乗り込む。
紹興までは、2時間半ほどの行程で、最初の訪問地は紹興のはずれにある『蘭亭』である。行って初めてそのことを知ったのだが、何とここは私が一番好きな書家の『王義之』ゆかりの地である。あらかじめ知っていたらもっと興奮していたかもしれないが、あとの祭りである。
【 のびのびして勢いのある墨蹟はいつ見ても心がすっきりする 】
とりあえず、蘭亭の中に入っていく。しゃれていて、落ち着いた雰囲気である。
【 蘭亭の入り口】
真っ先にトイレに行ったが、ここのトイレがしゃれていて、トイレとは思えない趣があった。それまでのトイレがひどいものばかりだったから、よけい際だって感じたのかもしれない。
【 左奥がトイレの入り口 】
庭園はさほど広くはないが、きれいに整備され建物が随所に配置され、気持ちが和む。資料館にもたくさんの書が展示されていたが、素通りである。
【 『文化大革命』のときに紅衛兵によって壊されたという石碑 】
書や墨蹟をじっくり見たかったが、ここの滞在時間は、9:45に庭園に入ってから、10:10に出口を出るまで、たったの20~30分である。せめて土産で記念の品物でも買いたいと思ったが、早足で店の前も通り抜け、その時間もなかった。
再び訪れることはないだろうと思うと、残念だった。
次の目的地は、老酒=紹興酒の本場、ここ地元の製造工場で、そこで製造元の”本物の”紹興酒を買い求める(買わされる)という計らいである。
ちなみに、このツアーで《買い物ガイド》に引き回されるのは5,6回に及ぶ。この紹興酒販売とは別に、中国茶から始まり印鑑、寝具、シルク製品と続き、あげくはどのように中国文化と関わりがあるのかわからない《ラテックス製品》のショッピングまで組み込まれている。その都度、2~30分の《説明》、《試飲》、《見学》がついて「どうぞお買いもとめください」ということになる。おまけに移動中のバスの中での車内販売もある。オプショナルツアーも4回。それらは、現地清算だから、《成果》は添乗員のの取り分として還元されるのだろう。本業の『ガイド』は二の次に、泣きつくように申し込みを催促する添乗員をみれば、それが少ないと仕事にならないことを想像させる。こうでもしなければ、《二九八》で四泊五日の上海旅行など成り立たないと思ったが。
そんなことを考えながら、安くないとは思いつつ、どこかで老酒を買い求めなければと思っていたので、つい買ってしまう。帰りに空港で同じような『10年もの』をみたら、ずっと空港のほうが安かった。工場の、『こちらは国家補償付きの本物です』という言葉を信じるしかないが、半分悔やみながらやられたと思う。もっとひどいのは、バスのなかで添乗員から《義理》で買ったクッキーが、全く同じ工場の同じ製品なのに、箱に入っていないだけで半分以下の値段で売られているのには、がっくりきた。
【 魯迅の肖像が観光客を迎える 】
上海に『魯迅公園』があり、最終日に行くことになっているが、今日、次に向かったのは、生誕の地=地元紹興の『魯迅故居』とその『記念館』を訪ねる。
今年は『辛亥革命』100周年にあたる年だが、孫文も魯迅も深くは知らない。『阿Q正伝』でも読んでいれば、もっと感慨深いのかもしれないが、そもそも『旧家』とか遺品の品物の展示をいるとかいうのは、あまり好きではない、というかピンと来ない。やはり、作品そのものとか、思想や理論から得られるもののほうが、よくわかる。
だから、ここも駆け足であるが未練はない。ただ、トイレにも行きたくなるし、時間もないしで、さんざんだった。
昼食は、またしもて美味しくない中華料理。中華料理は本来美味しいはずなのに、今回の旅行の中華は全然美味しくない。安さの《しわ寄せ》がこんなところに出ているのかと思う。お腹の具合も最悪なので、食はほとんど進ます、スープだけを飲む。
【 毎回、同じパターンの昼食-いい加減うんざり 】
昼食の後は、上海に戻る。杭州湾にかかる全長37kmにもおよぶという『杭州湾大橋』を渡る。こんな長い橋なのに、『明石海峡大橋』の様な巨大な橋脚がないのは、湾の水深が浅いためだろうか。そうでもなければ、こんな長い橋は建設されなかったと思う。
【 杭州湾大橋からの杭州湾 】
紹興から上海までは3時間弱かかった。
晩は、『上海雑伎団』の舞台をみることになっている。オプションで別料金であるが上海にきたのだからそのくらいは見ておこうと思って、申し込んでおいた。雑伎団の上演は19:30から1時間半で、その前に上海蟹がつくという夕食である。高級料理のふれこみだったが、本格的な時期前ということで、だされた蟹はやや小振りで足も細く、見たところ、どこを食べるのかわからない。テーブルの反対側の人は、この道の《通》らしく食べていたが、結局妻も私も手つかずのまま退散した。
【 食べるところがない上海蟹 】
『上海雑伎団』の舞台は、もっと度肝を抜く出し物があるかと思っていたが、生の《サーカスの様なもの》を見るのは初めてだったので、それなりに良かった。
ホテルに帰ったのは、10時を回っていた。
【 最終回につづく 】
上海旅行・4日目-杭州から紹興に移動。蘭亭・紹興酒工場・魯迅旧宅訪問