「古都逍遥 京都・奈良編」「花の詩」「日常のこと」や花や風景写真

 京都・奈良を中心に古刹・名刹や「花の詩」等の紹介。花や風景写真、オリジナルの詩、カラオケ歌唱など掲載しています。

「矢田寺」(やたでら)

2009年06月04日 09時21分21秒 | 古都逍遥「京都篇」
 京都市役所の御池通りの南側から本能寺のある寺通へと下がり、修学旅行でにぎわう新京極通りへ、賑やかな商店街アーケードの中に橙色の提灯につつまれた矢田地蔵尊(矢田寺)がある。金剛山矢田寺と号する西山浄土宗の寺である。

 寺伝によれば、小野篁(おののたかむら)が、あるとき、閻魔大王の要請を受けて、大和国郡山(こおりやま)の矢田寺の住職で有徳の誉れも高い満慶(まんけい)上人(またの名を満米)を地獄に招待、八寒八暑の地獄を案内した。そのとき火焔の中で亡者(もうじゃ)を助けようと一心に働いている僧を見つけた。いぶかしむ満慶上人に向かってその僧は、「私は地蔵菩薩である。娑婆(しゃば)に戻ったら私の姿を造れ。生きている人を済度してやろう」と告げたという。
 
 地獄から帰った満慶上人は小野篁の協力を得て、承輪12年(845)に郡山の矢田寺に模した別院を五条坊門のあたりに建立し、地獄で出会った地蔵菩薩を写したお地蔵さんを本尊にした。高さ約2メートルの立像で、俗に代受苦地蔵と呼ばれ、地獄で亡者を救う地蔵として人々の信仰を集めている。その後、応仁の乱などで伽藍は焼失して転々としたが、戦国時代の天正7年(1579)に現在地に復興された。

 また、当寺の梵鐘は、建仁寺の塔頭寺院六道珍皇寺(東山)の「迎え鐘」に対し、「送り鐘」と呼ばれ、死者の霊を迷わず冥土へ送るために撞く鐘として人々から信仰され、1年を通じて精霊送りには、多くの参拝者で賑わう。
 境内には願い事が書かれた、ぬいぐるみ地蔵が沢山奉納されている。これは手づくりのかわいらしいお地蔵さんで持っていても良いという。この他、重要文化財とされている救い絵馬(1000円)もある。

 所在地:京都市中京区寺町通三条上ル523。
 交通:京阪本線三条駅6番出口より三条通り西へ、寺町通り北へ徒歩5分。

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