「古都逍遥 京都・奈良編」「花の詩」「日常のこと」や花や風景写真

 京都・奈良を中心に古刹・名刹や「花の詩」等の紹介。花や風景写真、オリジナルの詩、カラオケ歌唱など掲載しています。

京都市伏見区淀疎水の河津桜

2020年02月24日 16時11分53秒 | 

次の「花の詩」が完成するまでの間、趣味の写真などを・・・。
春の陽射しに誘われて淀疎水の河津桜に飛来する「メジロ」の撮影に出かけた。毎年河津桜と枝垂れ桜の撮影に行っているので今日は京阪電車線路きわにある一角だけで撮影。ここが一番メジロが集まるところ。300mmを携えてウキウキと。かなりの人が花見に来ていた。おば様たちはベンチに掛けて花よりお喋り。メジロも逃げていきそうに賑やか。1時間ほど楽しんだ。












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長岡天満宮と正法寺の梅の花

2020年02月23日 18時05分11秒 | 

毎年、梅の季節に撮影に行っている長岡天満宮と大原野の正法寺へ出向いた。
新型コロナウィルスの影響だろうか、受験シーズンと重なるこの時期には毎年多くの人々が参拝に来ているが今回は閑散としている。境内で大道芸の猿回しをしているお兄さんも何となく気合不足。お参りをして梅林へ。満開という状態ではなかった。しばらく楽しんで茶店で昼食の「にしん蕎麦」を食べてから大原野の正法寺へ。
ここは満開だった。この梅畑はほとんど知られていないため来訪者は私と二人のおば様と一人の高齢男性だけだった。梅の木の下まで入れるので好きなように撮れる。お天気がよくないのでオートから露出優先にセットして開放状態で撮った。眼下から吹き上げてくる木枯らしが冷たく身体が冷えてきたので帰路へついた。途中、菜の花畑で菜の花の撮影。家に着いたのが14時20分。手洗い、洗顔、アズレンでうがいをして部屋へ。



長岡天満宮







筍料理で有名な錦水亭を望む(時代劇の舞台でよく使われている)









大原野「正法寺」








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忙中閑有り

2020年02月22日 17時21分44秒 | 日常のこと&写真
久しぶりに昼寝をした。「忙中閑有り」というところだ。
来週発行の新聞も編集を終わらせいまは手元を離れ印刷所へ。学習塾の土曜特訓も担当の子が休みということもあり空白の一日となった。朝のうち1時間ほど外出したものの帰宅してからは、取引先の生保から来た人事異動のリリースを整理し原稿に仕上げただけで、その後はすることがない。雨の日はマンションの中庭広場で遊ぶ子たちもおらず、第二名神高速道路建設中の作業音もなく、しーんとした静けさ。ゴロリと寝転ぶとホットカーペットが背中をほんわかと温めてくれていつの間にかウトウトと。たまにはこんな時間もあってよかろうと居眠りを。1時間ほど眠ったようだ。お陰で気分もスッキリ。夕刻からの長い夜をどう過ごそうか・・・録画しているテレビドラマでもみようかな。




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京都伏見区城南宮の枝垂れ梅

2020年02月21日 17時31分42秒 | 

朝のルーティーンをそそくさと済ませて伏見区の「城南宮」へ。
今年は枝垂れ梅の開花が早いようだ。早くに出発したのに駐車場は満車。いつ入れるか分からないので近くにコインパーキングがあったと記憶していたのでそこへ戻り運よく駐車。城南宮まで歩いて5分ほどだがトイレに行きたくなり弱っていたところ、近くに児童公園があるのを思い出し、道すがらにあるはずだ。たいがい児童公園にはトイレ施設が設置されている。これも勘どおりであった。
 城南宮は行列。神苑はすし詰め、東京のラッシュアワーの埼京線か中央線並みだ。
スマホやカメラで撮影する人たちでごった返している。これではよいポジションも取れずまた良い写真も撮れない。それでもせっかく来たのでローアングルから隙間を抜いて撮影。枝垂れ桜のほかいろんな品種の椿も多く植栽しており、花の容のよいものを選んで何点か撮った。出直すといっても、もう時間がないので今年はこれで諦めた。

















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Nikonカメラの試写2回目

2020年02月16日 18時31分39秒 | 日常のこと&写真

新しいカメラとレンズの感じを探るため名勝「松花堂」へ行き試写した。
明るいところ、暗い部屋、植物、花を被写体に接写したときのボケなどを確認するため、小一時間ほど楽しんだ。55~200mm/1.4~5.6Gのレンズと18~55mm/3.5-5.5Gの2本を試した。70~300mmの感じは先日の山田池の撮影でほぼ理解した。18~55mmはマクロでは撮りにくく明るさがもう少し欲しい。「1.2」から「1.8」くらいが欲しい。やはり花の写真が多い自分には単焦点のマクロが必要だ。ただレンズはクリアでしっかり写し込むことも出来ているし、ISO100や200にして滑らかに写し込んでいる。部屋の撮影ではISOを400にしてみるとほど良く撮れたが、部屋の外の明るさを計算に入れた絞りにするのを忘れてしまったため外の景色がとんでしまい白々しく写った。次は部屋からの撮影で外の明るさを調整する絞りにして撮ってみよう。2回目の試写でいろいろ分った。3回目も試してみよう。飛んでいる物体や走っている車など、スピードのある被写体も試さねば。いろいろ試していると時間も忘れ楽しかった。
 愛機のソニーが不具合のため修理に出さずにこれまで使ったことがないNikonカメラを購入。CannonやOlympus、Ricoh等は昔使ったことがある。
















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花の詩「たんぽぽ」

2020年02月10日 10時11分07秒 | 花の詩

 春ともなるとそこかしこの木々の枝の冬芽が目覚め、野山の花が一斉に咲き始める。東北に住んでいた頃は根雪をスコップで取り除くと、その下から芽吹いた雑草の青々しさが眩く感じ「やったー春ダ」と感嘆したものだった。
古くから伝わる言葉に「踏まれても踏まれても、なお咲く たんぽぽの笑顔かな」というのがあります、たんぽぽの花は日本人に心に寄り添うものがあるようです。
 たんぽぽとは、キク科タンポポ族の多年草の総称で全世界に広く分布している。日本には「エゾタンポポ」や「シロバナタンポポ」、また、帰化植物の「セイヨウタンポポ」など10種類以上あり、江戸時代にはもう存在していて「鼓草」(つづみぐさ)と呼ばれていた。その後、日本伝統の楽器である鼓を叩く音の「タン」と「ポポ」という擬音が語源となりタンポポと呼ばれるようになったというのが通説です。
 英語では「ダンデライオン」といいますが、これは「ライオンの歯」という意味で、葉のギザギザがライオンの歯に似ているところからきたそうです。

【花言葉】
 古くからヨーロッパでは、たんぽぽの綿毛で恋占いをしていたことから、「愛の神託」や「神託」といった花言葉になったとされて、また、綿毛が風に吹かれて飛んでいく際に、ばらばらに離れていくことから「別離」の花言葉もあります。色々あるので並べると「愛の神託」「神託」「真心の愛」「別離」「幸福」「思わせぶり」「実直」「誠実」「神のお告げ」とたくさんあります。

【たんぽぽについて】
 「日本たんぽぽ」(在来種)は、ガクのように見えるところ、総苞片(そうほうへん)が、しっかりしぼんでいて、上を向いていますが、外側に反って下を向いているのが「西洋たんぽぽ」で、横に反っているのは在来種と外来種の雑種の可能性が高いようです。現在では、日本たんぽぽをみつけるのは難しく、ほとんどが西洋たんぽぽです。
 さて、「たんぽぽ茶」というのが昔むかしからありますが調べてみると、健康茶に興味がある人、カフェインが苦手な人などには参考になるかもしれません。妊婦にも良いとされ、また便秘、ダイエット効果もあるようです。
調べるていくと「たんぽぽコーヒー」という名前が多く出てきます。「たんぽぽ茶」は、お茶というよりはコーヒーに近い飲み物ということでしょうね。「たんぽぽ茶」の発祥はアメリカで、1830年代のニューヨークアルビオンに、たんぽぽ茶の作り方の紹介の記事が掲載されたのが、たんぽぽ茶の始まりとされていますが、起源については諸説あり、ポーランドで誕生したという説もあります。ポーランドでは貴族の人しか飲むことができない味を、国民にも味わってもらいたいと、国王の考えによりたんぽぽコーヒーができ、ヨーロッパに広まったと言われています。

 さて、「たんぽぽ」の親しみ深さからか、伊丹十三監督のラーメン屋を描いた「たんぽぽ」や、目立たないが希望を捨てず強く生きていく姿を歌ったシャンソン歌手のくみこさんの歌に「たんぽぽだけの花屋」というのがあります。
 また古くは、古典落語に「鼓ヶ滝」という興味深い噺(はなし)があります。
『若き日の西行が摂津国の『鼓ヶ滝』を訪れ、
「伝え聞く 鼓ヶ滝に来て見れば 沢辺に咲きし たんぽぽの花」
という和歌を詠んだ。
その夜、西行は近くの民家に、一夜の宿を借りた。
民家には、年老いた夫婦と十五・六の孫娘の三人が住んでいました。
西行は、その三人に請われるままに、昼間詠んだ和歌を披露します。
「伝え聞く 鼓ヶ滝に来て見れば 沢辺に咲きし たんぽぽの花」
ところが、歌を聞いた三人は、
「鼓なのだから、『伝え聞く』よりも、『音に聞く』にすべきだ」とか
「『来て見れば』も鼓を打つの縁語で『うち見れば』にすべきだ」とか
よってたかって、西行の自信作を直してしまった。
「音に聞く 鼓ヶ滝をうち見れば 川辺に咲きし たんぽぽの花」
口に出してみれば、自分の作より確かに優れていた。
そこで、西行は自慢の鼻をへし折られ、自分の修行の足りなさを実感した。
ところが、夜が明けてみれば、そこに民家はなく、自分が小さな祠の前に眠っていたことに気が付きます。
その祠を見ると、祭られていたのは「和歌三神」と言われる神様で、西行の慢心を戒める為に、老夫婦と孫娘の姿で現れたことを知るのでした。その後、西行はいよいよ歌道に精進をして、優れた歌詠みとなった。』という話・・・。

[俳句]
「山門に うなゐら遊ぶ たんぽぽもち」(山口青邨)
「しあはせに 短かたんぽぽ 晝になる」(細見綾子)
「蒲公英に 春光蒸すが 如きかな」(高浜虚子)
「たんぽゝの 黄が目に残り 障子に黄」(高浜虚子)
「たんぽゝに 城出て遊ぶ 女達」(長谷川かな女)
「乳吐いて 蒲公英の茎 折れにけり」(室生犀星)
「蒲公英に 飛くらしたる 小川哉」(小林一茶)
「犬去つて むつくと起る 蒲公英が」(夏目漱石)
「たんぽぽや 折々さます 蝶の夢」(加賀千代女)

[和歌]
「いとけなき 心葬りの かなしさに 蒲公英を掘る さとの岡べに」(齋藤茂吉)
「仄かにも 吾に親しき 豫言を いはまくすらしき 黄いろ玉はな」(齋藤茂吉)
「廃れたる 園に踏み入り たんぽぽの 白きを踏めば 春たけにける」(北原白秋)
「ふはふはと たんぽぽの飛び あかあかと 夕日の光り 人の歩める」(北原白秋)
「鋸の 齒なす諸葉の 眞中ゆも つら抽きたてる たむぽゝの花」(長塚 節)
「かたすみの 杉の木立の うす赤み 枯草原に たんぽぽの萌ゆ」(若山牧水)

[詩]
『タンポポの呪詛』(江間章子)[「夏の思い出」の作者]

 タンポポは魔女ではない
 けれどタンポポはヴイナスを殺した
 子供たちよ
 酔った女に近寄るものではありません
 やさしい聲がわたしの命を奪ったのだ
 あれはヴイナスではありません

[詩]「たんぽぽ」(川崎洋)[教科書]
 たんぽぽが
 たくさん とんで いく
 ひとつ ひとつ
 みんな 名まえが あるんだ
 おーい たぽんぽ
 おーい ぽぽんた
 おーい ぽんたぽ
 おーい ぽたぽん
 川に おちるな


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小さな春「冬芽」

2020年02月08日 20時22分52秒 | 四季の花

「小さな秋」ならぬ「小さな春」を探しに山田池公園へ。
小説家大沢在昌の作品に「冬芽の人」(とうがのひと)というのがあるが、その「冬芽」(とうが/ふゆめ)を撮りながら梅の花やアオサギなどをみつけてはパチリ。2時間ほど遊んだが楽しかった。やっぱ自分は写真撮影がす・き・な・ん・だ・な!!と改めて思った。ミノルタ&ソニーファンだった自分だが、初めてのNikon一眼レフ(Nikonミラーレスは所有しており夕焼けの撮影で楽しんでいる)スッキリした透明感のある映像だ。いろいろ試し、オートやプログラム、そしてA露出優先モードやMマニュアル撮影も。Sモードは滝や川やスポーツ等でしか使用しないので今回は試さず。マクロ撮影は18mmで。300mmの望遠はアオサギやセキレイの撮影で試してみた。まだまだ多様な光景を試し撮りしながら自分なりの表現ができるように経験を積んでいこう。「花の詩」の資料調べが終わり編集完成もまじかとなりましたので近々掲載いたします。今回は「たんぽぽ」を選びました。


























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平城宮跡「奈良大立山まつり」

2020年02月02日 22時04分15秒 | 日常のこと&写真
毎年1月に開催される平城宮跡「奈良大立山まつり」
昨年のものですが一コマをご紹介します。




















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