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広島市のベッドタウンとして住宅開発の進む廿日市市に設けられた阿品駅は、人口増加に伴うJR後の新設駅。廿日市市西南部の広島県廿日市市阿品二丁目にあります。駅名は神武天皇が阿品に来られ水を飲まれて「此処の水は味が無い(あじがない)」と言われた由縁です。これが阿品の地名の由来である。別説として阿品の水を飲んで「味無い」と言われたのは、神武天皇でなく弘法大師との説もある。駅から国道2号を跨ぐ長い陸橋を渡るとショッピングモール“フジグラン・ナタリー”と高層マンション群“ナタリーマリナタウン”と広島電鉄宮島線の広電阿品駅がある。かつては“広島ナタリー”という遊園地があった。また、駅の西側(山側)には住宅地が広がっており、朝夕のラッシュ時にはここからの通勤客も多い。西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽本線の駅。
駅名の「阿品」の地名の由来は諸説あるが、残された文書も少なく確定できる証拠はない。天正8年(1580年)の文書には「アシナ」、元和5年(1619年)の文書には「阿字名村」と記されている。阿品の標記には「あしな」「アシナ」「アジナ」「阿字名」「阿品」等が古文書に残されている。地元では、神武天皇由来説、阿品の神社の氏神の一つ「足摩乳命(アシナツチノミコト)」に由来説が言い伝えられているが、神武天皇由来説は信憑性が薄く、足摩乳命由来説は学者によると祭神を地名とするのは極めて例が少ないと言われている。現在の標記「阿品」は「阿」にも「品」にも意味は無く、「あじな」の発音に漢字を充てたに過ぎないらしいが、「あじな・あしな」も「あ」と「じな・しな」でなく、「あじ・あし」と「な」と解釈するほうが、地名の解明に繋がると言われる。「あし」「あじ」は低湿地・崖地・端・谷の奥・葦の生えた所・網等を意味し、「な」は魚・波・鳴るの古語・場所・野・沼地・浦等の意味がある。よって、「漁業関係由来説」と、自然・地形に由来し「低湿地の土地」「崖のある土地」「谷の奥の土地」等から来た地名との考えもあるが、何れも推測の域を出ない。近辺に宇品(うじな)・丹那(たんな)・日宇那(ひうな)・温品(ぬくしな)と語尾に「な」の付く地名がたくさんあるが、「あじな」の「な」と関係あるのではなかろうか別の説では、昔阿品の海岸沿いは海水と淡水が入り混じり、アシ(芦)やハマツナ等の植物が沢山生えていた。アシの沢山あったところから「アシナ」の地名が生まれた説もある。
駅は相対式2面2線のホームを持つ地上駅で橋上駅舎を有する。分岐器や絶対信号機を持たないため、停留所に分類されます。改札口は、ホームから階段を上がったところにある。駅舎内に待合機能はほぼなく、自由通路に窓口、改札が接しています。2008年(平成20年)3月15日、バリアフリー対応に向け、上り下りホームともに、エレベーターが設置されました。
西広島駅が管理し、ジェイアール西日本広島メンテックが駅業務を受託する業務委託駅である。ICOCA利用可能駅。
阿品駅プラットホーム
1■山陽本線上り広島・三原方面
2■山陽本線下り宮島口・岩国方面
後付けの駅のため、案内上ののりば番号は付けられていなかったが、エレベーターが設置されるため、2008年(平成20年)3月12日に付けられまし。
改札口上には電照幕式の発車案内が設置されている。この発車案内には、隣の宮内串戸駅と同じく1時間毎の時刻が上下線共に印字されています。
1961年(昭和36年)12月21日 - 現在の阿品駅から100m広島寄りの場所に国鉄の阿品信号場として開業。
1962年(昭和37年)6月 - 阿品信号場廃止。
1989年(平成元年)8月11日 - 西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅として開業。
1992年(平成4年)11月 - みどりの窓口営業開始。
1998年(平成10年)4月1日 - ジェイアール西日本広島メンテックの業務委託駅となる。
2007年(平成19年)
6月13日 - ICOCA対応自動改札機設置。
9月1日 - ICカード乗車券『ICOCA』導入。
2008年(平成20年)3月15日 - エレベーター設置。
2010年(平成22年)
2月15日 - AED(自動体外式除細動器)設置。
3月11日 - 北口にエレベーター設置。
電報略号シナ
駅構造地上駅(橋上駅)
ホーム2面2線
乗車人員
-統計年度-2,539人/日(降車客含まず)
-2009年-
開業年月日1989年(平成元年)8月11日
備考業務委託駅
みどりの窓口 有
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