今日(12月1日)は、「映画の日」
1896(明治29)年11月25日から神戸で日本で初めての映画の一般公開が開始された。
1896(明治29)年、相生町の鉄砲火薬商、高橋信治氏が神戸花隈の神港倶楽部で、「米国大博士エジソン氏新発明電気作用写真活動機会キネトスコープ」といわれるものを輸入し上映した。これが日本の映画の歴史の始まりである。
初上映は11月25日から5日間にわたり公開された。神戸倶楽部は明治24年神戸の有力者によって建てられた倶楽部で、売出しとか催しなどもやっていた。このときのキネスコープ(活動写真)は、現在のようにスクリーンに映し出されるものでなく、一人ひとりが箱の上から眼鏡を通してのぞき見る仕掛けの、のぞき眼鏡式活動写真で、フイルムもタスキと名付けられ一連の輪になっていた。だから、同じ場面が何回もグルグルと出てくる非常に幼稚なものだったが、兎に角写真が動くということが当時としては大変目面しく、話題を賑わした。
当初は、11月25日から5日間の上映であったが、余り人気が良かったので、12月1日まで日延べしたそうで、キリの良いこの日を、映画産業団体連合会が、日本における映画産業発祥の年、明治29年(1896年)より数えて60年目にあたる昭和31年(1956年)に記念日として設定した。
こののぞき眼鏡式活動写真から現在のようにスクリーンに映写する活動写真が登場したのは、それから4ヶ月後のことで、神戸では明治30年4月、相生町にあった時代の相生座で初公開され、続いて同年6月、楠公前の大黒座で、興行されたとされている。又、この活動写真を撮影する機械を日本へ初輸入したのも神戸人で、北長狭通り5丁目に邸宅を構えていた光村利藻(としも)氏だそうである。利藻の父は、明治初年、開港間もない神戸に来て財をなし、後年有名な光村印刷を作った人で、この長男として生まれた利藻は、いい意味での道楽好きで、明治24年には居留地のトムソン商会から高級カメラを買い入れ、好きな美人や市内のあちこちを写しまわっていたそうだ。
神戸の娯楽のメッカと言えば新開地で、旧湊川付替工事の完成した明治34年11月。この川敷が新開地となった。この新開地は立地が良く、楠公さん付近の繁栄はたちまち新開地に奪われた。先ず相生町の相生座が明治39年12月に新開地へ移ってからは、これに習うものが続出し、明治43年3月には活動写真館として、電気館と日本館がたてられ、以降、大正初年にかけて、帝国館、栄館、錦座、朝日館などが次々誕生。大正2年9月には、東京の帝国劇場を手本にしたし聚楽館も完成する。大正8,9年になると新派悲劇が現代劇に、旧劇が時代劇と呼び名が変り、それまで、スクリーンの袖で数人の弁士が役役を受け持って声色を使ってせりふをやり取りしていたのが、一人で説明するようになってから、活弁の名声は大いに上がったという。それからトーキーが登場する昭和6年まで活弁の弁士の人気はたいしたもので、映画そのもののストーリーはつまらなくても活弁が面白いので客が集るということもあったらしい。活弁士と言えば、トーキーが出現した後は、活動弁士として仕事も減りはじめ、古川ロッパなどと共に『笑いの王国』を結成し、俳優へと転向した、故徳川無声氏を思い出す。「彼氏」と言う言葉は彼が最初に使ったんだとか聞いたことがある。今、「無声映画」が、年配者を中心に静かなブームを呼んでおり、毎月、全国の10か所以上で上映会が開かれているそうだ。それに、神戸で映画とゆかりの深い人は、あの故淀川長治氏ですね~。TVなどでの名解説、彼が解説すると、どんな映画でも面白く思えちゃう。
神戸で初めて映画が上映されて以来、大阪、東京浅草、上野と拡がったが、戦後間なしまでの神戸の映画のメッカといえば、湊川の新開地だったのである。私たちも子供の頃映画といえば新開地へ見に行っていた。そういえば、映画館のあの看板絵も懐かしいですね~。写真などとは違った独特の味がある。
チャールズ・チャップリンが映画の町神戸を訪れた際、メリケン波止場に上陸した。このエピソードにより、映画発祥の地を示す記念碑「メリケンシアター」がメリケンパークに創られている。映画好きの私、こんな話しているときりがない、この辺でやめておこう。
(画像の左は、エジソンの発明した「キネストコープ」市民グラフこうべより借用。右は大正時代の賑わっている新開地。マイコレクション絵葉書より。映画の歴史的なことは市民グラフこうべを参照)
参照:
マツダ映画社 - 無声映画鑑賞会の案内、活弁の上映会スケジュール、ビデオリスト。
http://www.infoasia.co.jp/subdir/matsuda.html
淀川長治の銀幕旅行 - 産経新聞に掲載された邦画、洋画の批評集。
http://www.sankei.co.jp/mov/yodogawa/
山中一夫油絵展-神戸の看板絵師の描く、映画名場面
http://kobe.cool.ne.jp/kazuo1
1896(明治29)年11月25日から神戸で日本で初めての映画の一般公開が開始された。
1896(明治29)年、相生町の鉄砲火薬商、高橋信治氏が神戸花隈の神港倶楽部で、「米国大博士エジソン氏新発明電気作用写真活動機会キネトスコープ」といわれるものを輸入し上映した。これが日本の映画の歴史の始まりである。
初上映は11月25日から5日間にわたり公開された。神戸倶楽部は明治24年神戸の有力者によって建てられた倶楽部で、売出しとか催しなどもやっていた。このときのキネスコープ(活動写真)は、現在のようにスクリーンに映し出されるものでなく、一人ひとりが箱の上から眼鏡を通してのぞき見る仕掛けの、のぞき眼鏡式活動写真で、フイルムもタスキと名付けられ一連の輪になっていた。だから、同じ場面が何回もグルグルと出てくる非常に幼稚なものだったが、兎に角写真が動くということが当時としては大変目面しく、話題を賑わした。
当初は、11月25日から5日間の上映であったが、余り人気が良かったので、12月1日まで日延べしたそうで、キリの良いこの日を、映画産業団体連合会が、日本における映画産業発祥の年、明治29年(1896年)より数えて60年目にあたる昭和31年(1956年)に記念日として設定した。
こののぞき眼鏡式活動写真から現在のようにスクリーンに映写する活動写真が登場したのは、それから4ヶ月後のことで、神戸では明治30年4月、相生町にあった時代の相生座で初公開され、続いて同年6月、楠公前の大黒座で、興行されたとされている。又、この活動写真を撮影する機械を日本へ初輸入したのも神戸人で、北長狭通り5丁目に邸宅を構えていた光村利藻(としも)氏だそうである。利藻の父は、明治初年、開港間もない神戸に来て財をなし、後年有名な光村印刷を作った人で、この長男として生まれた利藻は、いい意味での道楽好きで、明治24年には居留地のトムソン商会から高級カメラを買い入れ、好きな美人や市内のあちこちを写しまわっていたそうだ。
神戸の娯楽のメッカと言えば新開地で、旧湊川付替工事の完成した明治34年11月。この川敷が新開地となった。この新開地は立地が良く、楠公さん付近の繁栄はたちまち新開地に奪われた。先ず相生町の相生座が明治39年12月に新開地へ移ってからは、これに習うものが続出し、明治43年3月には活動写真館として、電気館と日本館がたてられ、以降、大正初年にかけて、帝国館、栄館、錦座、朝日館などが次々誕生。大正2年9月には、東京の帝国劇場を手本にしたし聚楽館も完成する。大正8,9年になると新派悲劇が現代劇に、旧劇が時代劇と呼び名が変り、それまで、スクリーンの袖で数人の弁士が役役を受け持って声色を使ってせりふをやり取りしていたのが、一人で説明するようになってから、活弁の名声は大いに上がったという。それからトーキーが登場する昭和6年まで活弁の弁士の人気はたいしたもので、映画そのもののストーリーはつまらなくても活弁が面白いので客が集るということもあったらしい。活弁士と言えば、トーキーが出現した後は、活動弁士として仕事も減りはじめ、古川ロッパなどと共に『笑いの王国』を結成し、俳優へと転向した、故徳川無声氏を思い出す。「彼氏」と言う言葉は彼が最初に使ったんだとか聞いたことがある。今、「無声映画」が、年配者を中心に静かなブームを呼んでおり、毎月、全国の10か所以上で上映会が開かれているそうだ。それに、神戸で映画とゆかりの深い人は、あの故淀川長治氏ですね~。TVなどでの名解説、彼が解説すると、どんな映画でも面白く思えちゃう。
神戸で初めて映画が上映されて以来、大阪、東京浅草、上野と拡がったが、戦後間なしまでの神戸の映画のメッカといえば、湊川の新開地だったのである。私たちも子供の頃映画といえば新開地へ見に行っていた。そういえば、映画館のあの看板絵も懐かしいですね~。写真などとは違った独特の味がある。
チャールズ・チャップリンが映画の町神戸を訪れた際、メリケン波止場に上陸した。このエピソードにより、映画発祥の地を示す記念碑「メリケンシアター」がメリケンパークに創られている。映画好きの私、こんな話しているときりがない、この辺でやめておこう。
(画像の左は、エジソンの発明した「キネストコープ」市民グラフこうべより借用。右は大正時代の賑わっている新開地。マイコレクション絵葉書より。映画の歴史的なことは市民グラフこうべを参照)
参照:
マツダ映画社 - 無声映画鑑賞会の案内、活弁の上映会スケジュール、ビデオリスト。
http://www.infoasia.co.jp/subdir/matsuda.html
淀川長治の銀幕旅行 - 産経新聞に掲載された邦画、洋画の批評集。
http://www.sankei.co.jp/mov/yodogawa/
山中一夫油絵展-神戸の看板絵師の描く、映画名場面
http://kobe.cool.ne.jp/kazuo1