今日(10月10日)は「銭湯の日」
東京都江東区の公衆浴場商業協同組合が1991(平成3)年に実施し、その後全国に広まった。「せんとお(千十=1010)」の語呂合せ。この日、銭湯まつりとして、都内の銭湯でラベンダー湯を実施しているそうだ。この銭湯を昔から、関西では「風呂」といい、江戸では湯屋(ゆうや)と言った。上方では「○○湯」などと店に名がつけられ、江戸では「○○町の湯」などと町名をつけて呼んでいた。町人や商人の家には風呂がなく、みんな銭湯に行ていた。昔と言わず、戦後も長い間、今の様に家に風呂のある家は少なく、みんな銭湯に行っていたよね~。この懐かしい「銭湯」といえば、各人それぞれ、年代によって、色々想い出も異なるだろうが、なかでも、あの有名な、「神田川」の歌を思い出す。
「神田川」:喜多条忠作詞、南こうせつ作曲。
この歌は、南こうせつとかぐや姫が歌っていたね~。
あなたはもう忘れたかしら
赤い手拭いマフラーにして
二人で行った横丁の風呂屋
一緒に出ようねって言ったのに
いつも私が待たされた
洗い髪が芯まで冷えて
小さな石鹸カタカタなった
あなたは私の体を抱いて
冷たいねって言ったのよ
若かったあの頃
何も怖くなかった
ただあなたのやさしさが
怖かった
この歌は、当時若い恋人同士が銭湯へ通った時の情景を本当によくあらわしている。
昔は、町のあちらこちらにあった銭湯…。家族や又近所の友達同士が誘い合って一緒に銭湯へ通い、1日の疲れや汚れを洗い流した。あの大きな湯船にどっぷり浸かると、本当に、疲れが取れるよ。そして、この銭湯は社交の場でもあった。ここでは、ご近所のおじさんやおばさんたちとも世間話をしながら、子供達は大人達から社会のルールも学んだのではないだろうか。私など子供の頃、近所の悪がきと、昼のオープンと同時に入浴し、まだ空いている大きな湯船に潜ったり、泳いだり・・・入浴している近所のおじさんたちに良く怒られたものだ。
結婚してからも家に風呂はあったが、大きな湯船にゆっくり浸かりたくて、時々、夫婦で銭湯にいったが、神田川の歌とは逆に、待たされていたのは何時も私だったのを思い出す。そして、ひと風呂浴びた後の「ラムネ」や「コーヒー牛乳」がやけに美味しかったことも・・・。そんな銭湯も、高度成長期を経て生活水準は向上し、住宅環境が改善され自家風呂が普及し、利用者が激減、又、地価の高騰や後継者問題などが絡み激減した。それに対して、健康ランドやサウナなどの特殊浴場に含まれる入浴施設が増加しており、従来の家庭内に風呂を持たない層を対象としたものではなく、家庭内に風呂をもっている人おも対象とした大衆浴場に変化してきている。しかし、我々の年代層のものは兎も角、いまの家庭の風呂にしか入ったことのない子供たちは、見知らぬ大勢の人の中で、裸になって風呂に入ることに抵抗があるのではないだろうか・・・。私も、息子に一度銭湯に行こうと誘ったことがあるが、恥ずかしいから嫌だ・・・なんていっていたが・・・。
ま、理屈は兎も角として、今日は、お風呂の日だから、日本のお風呂の歴史や浮世風呂などのこと、一寸、勉強してみるのもよいかも・・・?
(画像は、神戸の銭湯・高浜湯)
参考:
MIDI音楽「神田川」/神田川の曲が楽しめますよ。
http://www.asahi-net.or.jp/~UD3T-KRYM/902-jasrac/0-kandagawa.htm
東京都浴場組合ホームページ
http://www.1010.or.jp/main/index.shtml
江戸浮世風呂 - 湯屋を中心に江戸風俗を解説、図解。女性の風俗についても。
http://www5.ocn.ne.jp/~ukiyo26/
お湯BUSINESS/世界の共同浴場風俗史が面白い。
http://www.c-c.co.jp/index.html
東京都江東区の公衆浴場商業協同組合が1991(平成3)年に実施し、その後全国に広まった。「せんとお(千十=1010)」の語呂合せ。この日、銭湯まつりとして、都内の銭湯でラベンダー湯を実施しているそうだ。この銭湯を昔から、関西では「風呂」といい、江戸では湯屋(ゆうや)と言った。上方では「○○湯」などと店に名がつけられ、江戸では「○○町の湯」などと町名をつけて呼んでいた。町人や商人の家には風呂がなく、みんな銭湯に行ていた。昔と言わず、戦後も長い間、今の様に家に風呂のある家は少なく、みんな銭湯に行っていたよね~。この懐かしい「銭湯」といえば、各人それぞれ、年代によって、色々想い出も異なるだろうが、なかでも、あの有名な、「神田川」の歌を思い出す。
「神田川」:喜多条忠作詞、南こうせつ作曲。
この歌は、南こうせつとかぐや姫が歌っていたね~。
あなたはもう忘れたかしら
赤い手拭いマフラーにして
二人で行った横丁の風呂屋
一緒に出ようねって言ったのに
いつも私が待たされた
洗い髪が芯まで冷えて
小さな石鹸カタカタなった
あなたは私の体を抱いて
冷たいねって言ったのよ
若かったあの頃
何も怖くなかった
ただあなたのやさしさが
怖かった
この歌は、当時若い恋人同士が銭湯へ通った時の情景を本当によくあらわしている。
昔は、町のあちらこちらにあった銭湯…。家族や又近所の友達同士が誘い合って一緒に銭湯へ通い、1日の疲れや汚れを洗い流した。あの大きな湯船にどっぷり浸かると、本当に、疲れが取れるよ。そして、この銭湯は社交の場でもあった。ここでは、ご近所のおじさんやおばさんたちとも世間話をしながら、子供達は大人達から社会のルールも学んだのではないだろうか。私など子供の頃、近所の悪がきと、昼のオープンと同時に入浴し、まだ空いている大きな湯船に潜ったり、泳いだり・・・入浴している近所のおじさんたちに良く怒られたものだ。
結婚してからも家に風呂はあったが、大きな湯船にゆっくり浸かりたくて、時々、夫婦で銭湯にいったが、神田川の歌とは逆に、待たされていたのは何時も私だったのを思い出す。そして、ひと風呂浴びた後の「ラムネ」や「コーヒー牛乳」がやけに美味しかったことも・・・。そんな銭湯も、高度成長期を経て生活水準は向上し、住宅環境が改善され自家風呂が普及し、利用者が激減、又、地価の高騰や後継者問題などが絡み激減した。それに対して、健康ランドやサウナなどの特殊浴場に含まれる入浴施設が増加しており、従来の家庭内に風呂を持たない層を対象としたものではなく、家庭内に風呂をもっている人おも対象とした大衆浴場に変化してきている。しかし、我々の年代層のものは兎も角、いまの家庭の風呂にしか入ったことのない子供たちは、見知らぬ大勢の人の中で、裸になって風呂に入ることに抵抗があるのではないだろうか・・・。私も、息子に一度銭湯に行こうと誘ったことがあるが、恥ずかしいから嫌だ・・・なんていっていたが・・・。
ま、理屈は兎も角として、今日は、お風呂の日だから、日本のお風呂の歴史や浮世風呂などのこと、一寸、勉強してみるのもよいかも・・・?
(画像は、神戸の銭湯・高浜湯)
参考:
MIDI音楽「神田川」/神田川の曲が楽しめますよ。
http://www.asahi-net.or.jp/~UD3T-KRYM/902-jasrac/0-kandagawa.htm
東京都浴場組合ホームページ
http://www.1010.or.jp/main/index.shtml
江戸浮世風呂 - 湯屋を中心に江戸風俗を解説、図解。女性の風俗についても。
http://www5.ocn.ne.jp/~ukiyo26/
お湯BUSINESS/世界の共同浴場風俗史が面白い。
http://www.c-c.co.jp/index.html