そんなふうに、私のそばを、ジルベルトというその名が通りすぎた、一瞬まえまでは、彼女は不確定な映像にすぎなかったのに、たったいま、そのような名によって、一つの人格があたえられたのだ、いわば護符のようにさずけられた名であり、この護符はおそらくはいつか私に彼女を再会させてくれるだろう。そんなふうに、その名が通りすぎた、ジャスミンや、においアラセイトウの上で発せられ、みどりのホースの撒水口からとびだす水滴のように、鋭く、つめたく、そしてその名は、それが横ぎった──と同時に、他から切りはなしている──清浄な空気の圏内を、彼女の生活の神秘でうるおし、そこを虹色に染めながら、彼女と暮らし彼女と旅する幸福な人たちに、彼女をさし示し、そうした幸福な人たちと彼女との親密さ、私がはいれないであろう彼女の生活の未知のものにたいする、私にとってはいかにも苦しい、彼らの親密さの、エッセンスともいうべきものを、ばら色のさんざしの下の、私の肩の高さのところに、発散させているのであった。
★マルセル・プルースト「失われた時を求めて 第1巻」p238 井上究一郎訳・ちくま文庫
初めて名前を知ったときというのは、こんな感じなのかもしれません。それにしても、美しい表現です。フランス語が読めないことがもどかしい。