選ばれた小さな文庫のなかに、いかに巨大な富が存在しうることだろう。数千年にわたる世界のあらゆる文明国のなかから選ばれた、最も聡明にして尊き人々の世界が、その研鑽とその叡智の所産を、文庫のなかでいとも整然とわれわれに展示してくれているからである。それらの人々自体は姿も見えず、近づきがたい存在であり、またもしわれわれが彼らの弧独を破り、彼らの営為を妨害するならば、彼らはそれを堪えがたいと思うであろうし、あるいは社会的諸条件が彼らとの交流を不可能ならしめる場合もあるであろう。しかしながら、そこには彼らが己れの最上の友にさえも示さなかった思想が世紀を隔てた第三者のわれわれに、明瞭な言葉で述べられている。まことにわれわれは、人生における最大の精神的恩恵を書物に負うているのである。(エマスン)
トルストイ「文読む月日(上)」(「一月一日」の項)ちくま文庫・北御門二郎訳)
トルストイの「文読む月日」は、トルストイ版「ぼくの切抜帖」とも言える本。ちくま文庫で3冊。宗教的・道徳的な色彩が非常に強いので、それほど広く読まれていないのかもしれませんが、言葉の宝庫です。ここから更に「切り抜く」のも、何か変ですが、それでも、ときどき、切り抜いてみます。
確かに「書物」から、すべては始まるのです。ここでの「書物」は、いわゆる「古典」を指していますが、もっと広く考えれば、すべての「言葉」に、われわれは「精神的恩恵」を負っているのではないでしょうか。