この所また天候不順である。予報でのポイント情報は却って親切が仇で、一日の天気の判断を誤らせてしまう虞れが十分にある。昨夜の雨で折角の屋上での物干しものを、全部取り込んで、急ぎお風呂場に干したものの、今朝仄かに晴れてきたので、また屋上へと移動して、只今干し終えたところである。自分の関東地方、それも世田谷方面のポイント情報だけを頭に入れておけば事足りるので、他所の分は余記憶しない方が宜しいと考えている。パソコンでの情報の方が確実かも知れない。今朝は一下りメイに朝の玩具遊びを付き合った。あの子が少し疲れる程度と一緒に卵ボールを付き合ってみたが、こちらも相応に疲れてしまった。メイは今自分の寝床で寝ている。曇り空で何時何時雨が到来するやも知れず、注意し乍らの午前中の我が家の佇まいである。今朝の公園にツグミが早くもやって来て、あの白い腹部の黒い斑点が綺麗であった。
此処一週間前から誰かが移植した梅花が公園の片隅で咲いている。本来の自然の梅花は未だ莟も少し堅めである。やがて一週かから旬日もすると、莟も膨らみ一二輪開花の兆しが見える事であろう。心無しか桜の枝先の花芽も少し膨らみつつあるかのようである。もう間もなく、待ちに待った春である。今朝のメイは、公園に邪魔なわん子が居なかっせいか、鞠投げをきちんと5回程往復疾走できた。元気で本当に良い子になった。夜間の徘徊も完全に無くなったとの事である。あとは例の、「食べ癖が落ち着けば申し分無しだが」と、家内は嘆きつつも独り言を言っている。今日も天候が晴れて、爽やかで気持ちが良い。確かに、春の音連れが、どこかから聞こえてくるような気がする。
降雪の予報が見事に外れて今朝は晴れの春日である。朝から陽の光が輝き湿った地面からは水蒸気が立ち上がって湿度も回復して、寒さは有っても、何処と無く春の佇まいが漂い始めている。公園の高いところの桜の木の枝には、夫婦の四十雀が、はしゃいだ声で彼方此方と飛び回っている。昨日の降雪の寒さは綺麗に吹き飛んで、小鳥達にも春の兆しが良く分かっているのであろう。天気予報が見事に外れ、昨夜の雪は幻に終わり本当に良かった。メイは今日も2回の公園散歩を熟して帰宅し、廊下での「走れ!走れ!」を6回程往復疾走して、朝食後、今度は、私と鞠投げを、例の音の出る卵で8回程実施した。息急き走ったせいか、疲れて今はベットで静かに寝ている。好い気なものである。大安吉日の今朝の我が家の風景である。午前9時50分頃速達のレターパックが届いた。明けて吃驚、先達ての私の米寿の祝賀会の記念アルバムがアレンジ宜しく、丁度私の誕生日の数字と同じく73葉の写真が綺麗に掲載されてあった。何とも、感慨無量で感激し感謝の極みであり、早速作成のご本人である同門会の事務局長の青木さんに電話して、恐縮至極と御礼を申し上げ、併せて万年筆書きの便箋に加え、封書でお礼状をも差し上げた次第である。大安吉日の今日、正に嬉しい贈り物であった。娘、息子に各一部づつあげて、私は家宝に残したい気持ちである。
昨日の天候とは打って変わって、一応今朝はしとしとの春雨である。公園にメイと何時もの散歩をしたが、未だ未だ寒い。傘をさしての散歩だけに、やるべき事を済ませて帰って来た。家の中での脚洗いなどを丁寧に済ませて、廊下での「走れ!、走れ!」の朝のいつもの行事である。それからメイは、朝の全ての行事をこなして、元気に朝食を取った。今は自分のベットで横になって小憩を取っている。静かで爽やかな部屋の風景である。今朝位での雨でも、傘が無いと濡れてもっと寒かったであろうと感じた。春雨と言うより氷雨の感じである。暦の上での春は、今朝からの氷雨や寒さで、一気にまた冬に逆戻りの感じである。公園の片隅に誰かが移植した小柄な梅の木、良い香りを放ち乍ら白い花弁を開いてきじょうに咲き誇っている。目白や四十柄夫婦は古木の桜の枝を飛び交っていたが、今日の寒さで小鳥の姿は何処にも見られない。もう後一息で気温も10度を過ぎれば早春と言えるかも知れない。待ち遠しい限りである。
暦の上では立春いよいよ初春の出で立ちが始まる。昨日迄が大寒で今朝は未だ未だ寒い。屋上の物干に洗濯物を沢山干したが指先が凍るくらいの冷たさであった。昨夜はメイのシャンプーと私の散髪を家内が何時もの通りやってくれた。それだけに洗濯が多かったのである。霜柱ともこれからはおさらばであろう。春と言えばそれだけで心が何だか浮き立つ。この2月こそは学校も大多忙である。教職員一体となって学生と共々に頑張って行こうと思う。流石今日の日立ちは温暖でこことが良い。道端の民家には寒椿やメジロが飛び立っている。
季節の推移は遅い様で早い。新年が明けてもう一カ月が経過して今日は二十四節気のうちの節分である。故郷ではこの日は、お不動様で2回に分けて節分追儺式が、午后3時と午後8時の2回行われる。松明に灯を点した赤鬼を先頭に、黒鬼と青鬼が続いて回廊を火の粉を散らして、堂内の鐘の音と共に駆け巡る大層な行事である。その鬼を目掛けて年男を始め観客が炒り豆を投げつける勇壮そのものの節分会である。各家庭では柊の枝葉の先にイワシの頭を焼いて突き刺したものを、戸口に飾って邪気を追散する行事が行われる。極めて情緒深い風物詩と言えよう。
いよいよ如月二日目である。世の擾乱が終わりなき結末らしさを経過して、いよいよ12節気の節分と相成った。明日は節分である。身も心も引き締めて冬から脱皮した様な気分で新たに出で立ちを自覚しよう。メイの今朝は頗る元気で、公園迄皆を引っ張って我先にリードでリードする有様であった。ボール投げも全力疾走で3回程実施、この間頃にじゃまされ5回は出来なかったが、健在ブルを見せてコロの飼い主は驚きであった。家でも例の走れ!走れ!が十分の疾走で実施出来て、何とも爽やかであった。只今朝は指先が異様に寒い。そう言えば霜柱が彼方此方に立っていて、踏み外すと滑ったり嵌凹したりして歩行が危ないところも有った。9時過ぎいよいよ出発である。日向でメイがが寛いででいる姿は、何とも穏やかで頼もしい。 事実学校に着いて諸情報を総括した所、この後期の最終結末期であるので教職員互いに学期の仕上げの時期でもある。諸体勢を整備して行事や事態に対応出来るように態度を新たにしている。
晴れて幾分寒いがすっかり晴れた如月の朝だ!霜柱は日陰部分には見て分かる程度で、踏み込むと、霜柱である事が、靴の底が崩れ落ちるので分かり、その音が懐かしい。メイは何故か元気でゴーグルをぐいぐいと引っ張って、公園へと急ぐ始末であった。又も帰って来てから絨毯の廊下で、「走れ」「走れ」を5回程実施して朝の食事である。今は陽当たりの居間で、寝そべって床暖房の暖かさをも、ゆっくりと味わい、自然に受け止めてているようである。此処一週間ばかり iPhotoの写真を、いろいろ細工して取りこぼしの無い様に揃え始めているが、昔は簡単に出来たパソコンの操作が、本を見ないと出来なくなって仕舞っているのが、少し残念である。機器や部材が高度化しているのも、その一因でもあると自覚して、復習がてら取り組んでいる。