MASの搭乗員日誌

気がつけばフルスロットル!別館

気を取り直して

2024-01-22 20:29:34 | 軍需工廠

本来なら年明けに製作計画をまとめてボチボチ作業に取りかかるつもりだったのですが震災対応でそれどころではなくなり。

何となく浮かれた事も憚られるような・・・乗らない気分だったので手つかず状態。

震災対応で現状できる範囲は落ち着いたしクルマ更新の件も目処がついた事だし・・・取りかかっていこうかと!

ざくっとした作製計画

1・動力は電動

2・主翼:補助翼修正 フラップ追加

3・胴体:ダミーエンジン追加 操縦席 空中勤務者追加 尾輪引込み できればカバーを追加

4・全備重量は1,800g以内を目指す

とりあえず今はこんな感じ、製作に関しては主翼作製が一番時間かかりそうです。

 

主翼表面

実機図面と合わせてみる。ノルナの赤い警戒ラインにまで補助翼が伸びております。

ラジコン的なディフォルメでここまで補助翼を延長しているとは思いますが私が所有する他モデルでここまで極端な物はないので実機に近くします。

 

主翼裏面

フラップを追加・・・機体中央部は加工がタイトな感じ。

 

主翼骨組み

購入し開封するまで主翼もFRP製で加工は難しいと思っておりました。

木製であるなら加工する意欲が湧きます。とりあえずフィルムが貼ってあるままだと考えがまとまらないので剥がしました。

 

これがラジコンメーカーの設計した骨組み、綺麗にまとまっております。

 

翼端

図面と合わせてしまうと補助翼の面積の他に翼端での角度の違いも気がついてしまう。

赤いラインに合わせます。

 

フラップは・・・

中央部には主翼固定のネジ穴があるので内部骨格を見てその位置に合わせていきたいと思います。

 

主脚は・・・

随分サイズ感がちがいます。これも内部骨格を見ながらできるだけ近づけていきます。

 

やはり主翼は時間がかかりそう・・・とりあえず最短で4月まで車がないので製作に打ち込んでいこうと思ふ。


戦友

2024-01-13 20:21:13 | 搭乗員日誌

1997/03/14 - 2024/01/13

 

1997年05月頃

購入当初、当時の実家の前で毎週のように洗車してたな~。

 

2024月01月14日 追記

一日が経ち戦友とのこれからは思い出となってしまいました。

 

2023年12月21日

会社の帰りにセルフスタンドで給油していた時に何気にリアハッチゲートの隙間が大きいな?と感じました。

帰宅後にチェックのためハッチゲートを開けた時に上に開くのではなく急に手前に飛び出てビックリ!

 

車体側

ハッチゲートのヒンジが錆び朽ち果ててしまっている。

 

ハッチゲート側

こちらも同様な状態。

 

ゲートのフックは固定が効くし上部はテープで固定すればとりあえず簡単に外れそうもなく普通に自走できるのでこの間にパーツを見つけようと思っていました。これが甘かった。

・・・ない・・・ない・・・どこにも全然パーツが見当たりません。ホンダカーズでは部品供給終了で何もできず。

ネットで国内では見つける事ができずアメリカでアキュラブランドを含めて探し回るも該当せず、板金屋数件に相談するもどうにもできず。インテグラはノーマルのベース車両があまり売れていなかったので部品取り流通も少ない様子・・・万事休す・・・いや、もっとSNS活用、資金や労力を惜しまなければ何とかなったのかもしれません。

ただ、私の力量ではもう限界だと感じてました。

ここ10年くらいは車検の度に店舗では供給終了部品の手配ができず、自分でオークション等で探し回り購入してから渡していた状態となり毎回お別れの恐怖を味わっておりました。

今回ここに至り、もう潮時なのではないか・・・。現に何もできない・・・お別れの時が来てしまった。エンジンやミッションが痛んでお別れが来る事は覚悟していましたがまさかたかがヒンジでこうなるとは・・・。

とは言えヒンジも重要な部品なのは確か、そこのケアを怠っていたからこんな状態に陥ってしまったわけです。

最初は誰にも渡したくない、このまま廃車にしようとの思いが支配的でしたが日が経つにつれ誰かがこのインテグラを蘇らせてくれるなら、たとえパーツ取りとなっても誰かの血肉になれるのならと思い改め、数社に査定をしてもらい買い取っていただく事にしました。

 

2024年01月13日 15時頃

引き渡し日、雪降る中で最後の洗車

2度追突された事はありましたが私がぶつけた事は一度もなかった、これは誇りです。

 

赤ホンダ

珠玉のエンジン!200馬力最高!

 

運転席側のシートは昨年11月に座面下が割れたので交換したばかりでした。

 

2024年01月13日 17時00分 引き渡しの店に到着

26年と10ヶ月 私の人生の半分を共に過ごし走った115,967Km

喜怒哀楽 様々なシーンを思い出す。

この記事執筆中も胸がはち切れそう・・・涙腺が緩くなりました。

共にできた時間幸せでした。

 

 

2024年01月13日 17時20分

最後に記念撮影をしてもらいました。本当にお別れです。

最高の戦友でした。

ありがとう!これからも元気で・・・。


2024年・・・

2024-01-08 11:08:05 | 搭乗員日誌

01月01日 16時10分

娘を連れてニトリに買い物に行きちょうど駐車場に降りた時でした。

さして混雑していない広い駐車場の真ん中だったので事なきを得ました。

自宅も物が散乱したのみで人的被害はなく済みました。

能登は親戚の家もあるし仕事で向かう事もあります。

何かが起こった時に自分がどこにいるのか、場所やタイミング等些細な違いで人生は大きく変わってしまうものと実感。

毎日を繰り返して生きられるのは奇跡の積み重ね・・・まぁ普段そんな事に考え及ぶ事はありませんが今回は身近で感じた次第です。

 

今回の地震で亡くなられた方々の冥福をお祈りすると共に被害にあわれました方々にお見舞い申し上げます。