武蔵発熱
だから 早めに行くなら温泉に連れていけるけど?
とおばさんに言いに行ったら
行く気満々
明日は行かれないからいくべ!
というので水着に着替えてたら
猛烈な雨 雷
だから行かないって
ちょっとゆとり
だからどうするか? 昼寝!
ジェルミナールを読むの 字が小さいので大変なのだ
然し読むうち
↓の歌思い出した
どこで聞いたのだろう?
このYU=tubeより男性の声がそれこそ地底から揺さぶれるような歌声だったがな
長い組曲だなあ?
でも全部歌詞知っているなあ
歌詞↓で見られる
http://www.utagoekissa.com/jizoko.html
バブリーな時代には なんか 歴史上の出来事のように聞こえる
歌だが・・・
ともかくこの歌詞はジェルミナールの世界・・・
で 石炭産業は今はもう 炭坑の多くも閉ざされているけれど
この中の
ご安全に・・・って 原発で働く方たちのよくおっしゃるフレーズではないか
そして 恐ろしい貧困がどんどん蔓延して ・・・なんか ひどくリアルに感じてしまう
この歌のを聞いたころ
私の大学では 教育研究会の全国大会主催校になった
時は 東大闘争の真っ盛りで
活動的学生は大忙しで
全国の学友を迎える準備に人手が足りなくて
マメ 手伝って~~~(当時の私の呼び名はマメじゃ)
年取って自活しながら学校に通ってたノンポリ忙しいおばさんの私に
依頼が来て
働いた。
学校に泊まりこんで いろいろ準備
わたしはおもに印刷物の作成に携わってたが
深夜 打ち合わせの会議などがあると
キャンパス中から いろいろな部署の人たちが集まってくる
うたごえの人たちもいたから
そういうひとたち歌いながら 来るわけで それがだんだん大合唱になったりして
とても素敵だった
ハハハ お手伝い引き受けてよかったなあ!!
と思った そういうとき聞いた歌かもしれないし
大会が始まって レセプションと称して
歌ったり踊ったり 大暴れしたり 愉快なおお遊びもあったのでそこで聞いたかもしれない
デモで聞いたかもしれない
・・・
忘れた これは 安保70年のころの話
で さ 60年安保の時はわたしは高校生だったけれど
あの時 ↓国会を取り囲んだデモ隊(1960年6月18日)
WIKIからもらった
この時 阿倍のアホのおじいちゃん(岸信介 総理大臣だった)は
このデモ隊にはものすごい恐怖を感じたという話もある
安倍のアホは いい気になってバカばっかりやってるが
もしこういう事態↑ になったら
きっと おなかが痛くなって ボクちゃん病気です
と言って 内角も国会も放り出すね!
然し・・・ もはや こうい 民衆のパワーも 殺されてしまったのだろうか?
この婆さんも
あたち お尻痛い あんよ痺れるばっかだし・・・
ああ 情けない!
然し ジェルミナールは これからストライキ組織していく前段階に話は進んでいく
(ゾラは 空想的社会主義へと傾いて行った人のようだ)
この準備段階として 互助組織を作っていくところを今読んでいる
そうだよな
国歌とは 権力機構だ と むくれて
無政府主義がいいとほざく癖があるが
本来 互助組織としての存在意義をちゃんと果たさせないといけないのだね
昨日
若い人に教わった
ただ今雷中
暴言の記事ですんません