オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

情け

2008-12-12 | Weblog
八丈島で受けた「情け」について以前書いた。
二度目の八丈は、大学を卒業前年の秋、10月の下旬に訪れた。宿は、前回お世話を掛けた「みどり荘」である。
大学は、全国に万延していた学園紛争で休校続き、何時開講するか見通しなし。就職の心配もあったが忘れる事にした。

みどり荘の小母さんは僕のことをよく覚えていた。あの時の礼を云い、一週間程世話になった。毎日、秋の海に入り、島をぶらついた。この時期の島は閑散期、他にお客さんもなく僕だけだ。
毎日の食事に魚が出るはずだが、殆ど出ない。小母さんに尋ねると「あんたは、魚が好きじゃなかったから」と、肉をよく出してくれた。

2年半も前のことを覚えていたんだ。年中にお客はあろうに、貧乏な学生のことをちゃんと覚えていて、食事の好き嫌いまで配慮して下さっていた。
それから、八丈は僕が大好きな、より大好きな処になった。

今年も島へ行ったが「みどり荘」を訪ねていない。民宿はやっており、二代目の息子さん(あの時の小学生)が継がれているとの話。みどり荘の近くを何度か探して歩いた。
誰かに尋ねれば直ぐに分かるだろうが・・・。

島は随分近代的になった。特に道路や、家々が変わった。
島の緑・空の色・海の色・あの空気と風は「あの時と」同じだ。いつか、みどり荘を訪ねてみたい。おじさんや、おばさんはもういないだろうが、あの人達の遺伝子は残っている、と思うから。

会社も、そんな優しい遺伝子を伝えて行く組織・チームであってほしい。


先月、伊豆の「湯ヶ島温泉」をちょっと訪れた。伊豆長岡温泉に宿泊し、翌日友人でドコモ東海に勤務するN君が訪ねてくれた。彼の車に同乗し、天城山の麓までドライブした。その途中に湯ヶ島はある。作家の川端康成氏、井上靖氏とも関りが深い土地である。

私は、中学・高校生の頃に読んだ本の所為で、この地は特に印象深い。これまでも何度となく通っているが、温泉場(国道の下にあり、わき道を谷川まで下りる)まで下りるのは、42年振りとなる。尤もあの時は、夜のしじまの中を歩いて下りた。

昭和41年の晩春というよりは初夏か。三島発の夜遅いバスに乗った。行き先は、天城峠を越えた伊豆下田の予定。下田には、高校時代の同級生が温泉旅館の板前として就職していた。此処に泊めて貰うつもりで往復のバス代だけを持って行った。
処が、バスは湯ヶ島が終点であった。運転手に尋ねると此処から下田への乗り継ぎは既になく、三島へと折り返すバスもないという。途方にくれる、とはこのことであった。

困り果てた僕に、バスの乗客で一番最後に降りてきた男が、運転手との会話を聞いていたのだろう「俺のところへ来いよ」と気軽に声を掛けてくれた。年の頃は二十代の半ば過ぎか、ヤクザじゃない、かと云ってまったくの堅気風でもない。ちょっと異風な雰囲気のする兄さんだった。
こちらは、右も左も分からぬばかりか、世間知らずの田舎でのアンちゃんである。にも、関わらず、その兄さんは、僕を泊めてくれるという。見ず知らずの人であるが、僕はホットした。
バス停から、温泉場へとつづく、暗い木立の細道を10分程下って行った。谷川ほどしかない、狩野川沿いの狭い所に温泉旅館や少しばかりの民家がある。(尤も翌朝に分かったことだが)
暗闇の道を歩きながら、男はひと言「訊かれたら、俺の友達だちだと云え」と言った。
男のアパートは、川沿いの崖の上に建つ、六畳一間に流し台が付いた小さな部屋で、部屋に誰も居なかった。直ぐに寝たが、部屋の電気を消すと、谷川の瀬音が耳元で聞こえる。暫くして闇に目が慣れ、谷に面した窓を見ていると、ホタルの灯りが一匹、二匹とゆれている。そうしているうちに、何時の間にか眠った。

ドアに近い場所で寝ていた僕は、夜中に人の気配でフット目が覚めた。見上げると女の人が、僕の枕もとを跨いで奥に足を踏み出した処だった。部屋に入り、付けた電気の灯りで僕は目が覚めたのだろう。灯りが消え、また眠った。
翌朝、早やくに男と一緒にアパートを出た。女は、未だ眠りの中に入る。
外に出ると、糸を引くような雨が降っている。男が差し出した番傘には大きく旅館の名前が書かれていた「湯ヶ島舘」。
名も聞かず、訊かれず椙木立の細い道をバス停へと送ってもらう。篠つく雨と靄の中を傘を差し掛けてもらいながら黙って登って行った。

後日、蝉時雨の木立を下り、アパート訪ねた。小さな菓子折りを携えて。
部屋には、女が一人で居た。「この前は、お世話になりました」その一言だけを伝え、アパートを後にした。

小さな山あいの温泉場に暮す男と女。宿の番頭か料理人の男、温泉街の酒場に勤める女。そんな二人がひっそりと暮す部屋に、見ず知らずの若者を「俺のところへこいよ」と言ってくれた兄さん。
いい時代だったと云えば、それだけのこと。「俺のところへ、こいよ」といえる男に、なりたいものだ。何時の時代だって。

そうでなけれや、八丈島の小母さんや、湯ヶ島の兄さん。これまで巡り会ってきた、数多の兄さんや姐さん、オジサン・オバサン、お天道さんに顔向けのしようがない。と思いつつ生きてきたが、何時になったら、顔向けができるようになるのやら・・・。
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簡単稲荷寿し

2008-12-12 | Weblog

12月12日(金) 早や週末を迎える。こうして今年も過ぎて行くのだろうか。

今日の弁当は、いなり寿司。

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先日買出しをしておいた、稲荷すし用に味付けした物を使う。酢飯は適当に砂糖・塩と酢を放り込む。これに「手間いらず」(高知県安芸市入河内産の柚子酢)を少々入れる。後は、胡麻のみ。此れだけでは物足りない気がし、昨日使わなかったコンビーフとキャベツ炒めをおかずとする。コン&キャベは、時々顔を出す新橋の小さな居酒屋、「雪国」のメニューにある。此れを肴に一杯600円(6時半までは半額で、これが狙い目で、時間に間に合えば3~4杯引っ掛ける)の菊水をやる。

もう一品、定番の卵焼きを作る。(チョット失敗する)

 

昨夕はかっての剣道仲間であり、弊社制作の映像「さまざまにボランティア」に出演・協力頂いたH氏(剣道7段)の奥様の通夜に参列した。遠くは宮崎からも駆けつけてこられた方、諸先生・先輩諸兄等多くの方が参会し、氏と奥様の人柄が偲ばれた。

 

帰途、私が新入社員の頃にお世話になった、Sさん(僕たち若い社員を気遣ってくれた)の奥様が今春・逝去されたことを思い出す。遅ればせながら、年内にお悔みを申し上げ方、ご様子を伺いに行かなくてはと思いつつ今日に至った。Sさんとも交誼が厚く、当時の仕事仲間であり、敬愛してやまぬOさんに電話を入れる。随分と長くご無沙汰をしている。最近の様子などを聞くと、何と2年前より体調を崩し仕事をしていないとのこと。本題とは別に驚く。

 

Oさんは、僕より3歳程年下だが、新入社員の頃、担当は違ったが同じ職場に勤務、全く仕事が出来なかった私の業務をお手伝い頂き、鮮やかに、スイスイとこなしてくれた。そのお陰で、当時、手作業だった給与事務が進んだ。彼の手伝いがなければ、現場にる人たち百数十名の給料を支給日に支払えない処だった。

「その後、20年余が経過し、彼はその大会社の然るべきポジションに就いた。更なるステップを約束されていたが、意に沿わぬことがあったのか、潔く早期退職をした」この時も残念でならなかったが、この度は体を壊したとのことである。心配をしたが、何とか良くなりつつありお酒も付きあえるし、外出も出来ると云う。前述の、Sさんへの連絡の労をお願いする。

(因みにOさんの結婚式の司会を僕がやった。昭和48年5月15日沖縄返還記日、Oさんの誕生日であった。その奥様も後に剣道をなさるようになったとのこと)

そう云えば、S氏は私を呼ぶ時ニックネームで「社長」と言う。現場で一緒に仕事をしたときから、そう呼んだし、昨夜の電話の時もそうだった。

何故そう云うニックネームかは簡単、僕の態度が若いときから大きく、不遜であったこと、彼に何時も仕事をやってもらったからに過ぎない。彼と僕の間では、この呼び名がすっかり定着してしまった(僕の本名を忘れてしまったかな・・・?)。三十余年を経て、僕は零細会社の社長になってしまった。が、スタッフや他所の人から社長と呼ばれるのは嫌だ。僕を社長と呼んでいいのは、Oさんだけ、君だけだよ。

こんな私に、よくよく長くお付き合いを頂き本当に有難い。

 

剣道と、かっての仕事仲間に関わる話。

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今日のサンドはすごい

2008-12-11 | Weblog

12月11日(木)今日も暖かそうだ。何時もの如くに6時過ぎから弁当つくりに着手。心して掛からなければ、食べ手の厳しい評価を浴びる。これも成長へのステップと喜ぶべし。

さて、今日のメニューだが「サンドイッチ」週に一度くらいのペースでこれになる。

食材をキッチン台に並べてみる。

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渋谷の亭主から頂いたステーキ肉、これで極上のステーキサンドを。娘のリクエストである卵サンド、それにハムとチーズ、野菜。更に生ハムとコンビーフを用意する。6人前程度を作る予定。栄養失調気味のK君にも肉を食べて貰おう。

下味をつけ肉を焼く、味見をしてみる。肉本来の歯ざわりと旨味のある肉汁が広がり絶妙である。思わず、もう一切れ口に入れる。自分だけ愉しんではいけないと、新聞を読んでいる妻にも食べさす。とうとう、冷蔵庫からもう一枚肉を取り出してこれも焼く。(その結果、生ハムとコンビーフの出番は次回となる)ゆで卵を潰し玉葱を刻む。マヨネーズ・塩・胡椒で味付け。(チョット濃すぎた)

盛沢山のクラブハウスサンドイッチが完成。

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誕生日

2008-12-10 | Weblog

12月10日(水) 今日も何時ものように起床。何故だか早朝(払暁)には目覚めてしまう。ぐっすりと眠りたいものだが、もう無理だろうか・・。ほっといても彼岸に行けば幾らでも眠れる、眠りっぱなしか。

6時ごろより台所に立つ。昨夜に考えたメニューは、渋谷「奈加野」のオヤジから頂戴したステーキ肉を焼くつもりでいたが、家族の弁当箱が小さくてどうも按配がよくない。

結局、小エビのフライ、茸のテンプラ、厚揚げとウインナー・小松菜の煮物、ポテトサラダ、ホウレンソウのおひたし、とする。今日は、盛沢山だ。ご飯を4合炊く。

 

  

     images       images

       特大プリンケーキ              ボリュームたっぷり弁当

小エビに下味を調えフライに、舞茸・大なめこの天麩羅、これにジャガイモとさつま芋を少々、付き合せに素揚げとする。ポテトサラダが沢山できたので、一口コロッケを作る。

 

昨夜帰宅すると、次女が誕生日のお祝いをプレゼントしてくれた。ありがとう。

今日の昼前には、会社のみんなが特大の「プリンケーキ」で祝ってくれた。誕生日がきても何の感慨も無くなったが、こうして会社のメンバーがお祝いをしてくれると、恥ずかしい反面、こんなに嬉しいものはない。出来の悪いオヤジに気配りをして貰い申し訳ない。責任の重さを噛み締めながら、感謝・感謝です。 

そう云えば、二十歳の誕生日。小さなショートケーキを買い、中野のアパート狭い部屋で暗く、一人誕生日を祝った。二十歳の区切り、過ぎし20年を振り返えると、情けなくなった。

今も変わらず、自分の人生を未だ真っとう出来ず、迷い、漂ってばかりなり。

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とうとう呆けか・・・

2008-12-09 | Weblog

12月9日(火) 今朝は5時過ぎに目覚める。そのまま起床し、台所へ。

今日は、誕生日だった。娘に言われて思い出す。「誕生日、冥土の道の一里塚」まさにこんな心境だ。

何もせず、何も出来ず、流れのままに生きてきたかと思うと世間に向ける顔もなし。ましてや、天におわすであろう神仏に遇わす顔などない。そんな訳で、今暫く今生に席を置かせて頂くしかない。ご容赦の程!

今日の弁当メニューを暫し考える。鶏肉と先日買ってきたハンバーグをメインとする。

飯を炊く。米びつの中を見ると残り少ない。全部を釜に入れると5合余りとなる。丹念に米を磨ぐ。

 images

おにぎりは、K君用です。弁当4人分。

 

やおら弁当作りに取り掛かる。鶏肉と人参・大根・蒟蒻を煮る。酒を入れるつもりが、油を入れていた。なんと云う間抜け、頓馬、アホ、呆け・・・どうも脳に血が巡っていないようだ。

ハンバーグを焼く。これも失敗だ~、火のとおりが悪いので途中で電子レンジに入れる。処が時間を掛けすぎて中が固くなってしまった・・・あ~あ~。ソースを作るがこれもいまいち、いまに、いまさん。

最後のメニューは、ホウレンソウと卵の胡麻油炒めとする。

失敗はつづき、包丁を落とし危く足に当たるところだった。御難はつづく、食器、調理用具を洗い、最後にフライパンの水切りでコンロに掛けていたところ、指先が触れて火傷し水脹れとなる。

ついてないと云うか、呆け呆けのスタートなったお粗末な次第。

 

 

 

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煮物と炒めもの

2008-12-08 | Weblog

12/8日(月) 今朝はこの冬一番の寒さかな? 5時過ぎに目覚める。

 

何時ものように6時過ぎから弁当つくりを始める。

一昨日の土曜日、会社へ出かける前に、中目黒まで妻と買出しに行き、たっぷりと買い込む。

今日のメニューは、昨夜のうちに考えておいた煮物と炒め物。

大根と小松菜・椎茸に厚揚げ、これらとホタテの貝柱を煮付ける。僕の料理の癖で日本酒をたっぷり加える。

炒め物は、豚肉と椎茸、筍・マイタケをオリーブオイル炒めとする。

この二品だけでは淋しいので、リュウキュウ(タロイモの茎)とシラスの酢ものを作る。ユズ酢を少量垂らすが、柚子は好みがあり難しい。郷里の隣村村の馬路村は村興しで盛んに販売している。この村の「ごっくん馬路村」や「柚子醤油」は人気商品で、今年は品不足になったとのこと。

そう云えば、田舎の従兄弟が作った柚子酢を一升送ってくれるとか。有難いことだ。

リュウキュウは、渋谷の「奈加野」の親父が郷里の知人から送ってきたものをお裾分け頂いたもの。東京では見たことが無い野菜。郷里の高知では、味噌汁に入れたり干したものを煮たりする。酢ものは定番である。

今日は、手早く仕上がったので妻からお褒めを頂くが・・・。味はどうだろうか?些か自身がない。(娘から何か手厳しいコメントがあるだろう・・・)

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簡単メニュー

2008-12-05 | Weblog

12/5日(金) 食材が不足している。此処のところ休日に家に居ないことから買出しが出来ていない。ありあわせの材料で弁当を作る。今日は、3人分でいい。それにバイトのK君用の「おにぎり」。

佐賀からの豚肉の残りと野菜(きのこ・玉葱・キャベツ・ピーマン)を炒める。青ヶ島の「マツミおばさんのタレを隠し味にひと垂らし。ほうれん草のおひたし胡麻和え。定番の卵焼きとなる。ご飯の上に、越前からの若布を散らす。

おにぎりは「おかか」とする。K君がとっても嬉しそうに喜んでくれる。昨日の「牡蠣飯おにぎり」とっても美味しかったとのこと・・・。もっていきがいがある。

 

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昨夕、以前に同じ会社でご一緒したT氏が、人形町の弊社を訪ねてくれる。我々が「迎賓館」と自称する、蕎麦屋「高松」にて歓談。最近の経済状況から森羅万象に話題が広がる。氏の奥様と妻が、以前に同じ職場で、お世話になっている。至る所にご縁あり。

昨夜も、電車を乗り越してしまった。

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今日もサンド

2008-12-04 | Weblog

 

 

12/4(木) 今日は、何だか体が重くて弁当作りが億劫。動きがのろくて6人分のサンドイッチを仕上るのに1時間半も要した。昨夜の酒が過ぎた所為か、はたまた年齢か! 昨夜は、以前在席した会社の郷里の県人会があり出席。皆、飲むは飲むは、25人で日本酒2合徳利が50本は空き、これにビーや焼酎。杯が飛び交うので飲まざるをえない。(店の親爺が嘆いていたこれじゃ、儲からん)更に、帰路の社内で偶然にも会に出ていた後輩が、隣に立って入るのを下車前に気付く。彼は、10年ほど前に退社して自主路線を歩みはじめた。その後の様子や業界の状況も知りたいので一杯やろうと誘う。駅の近くの越前蕎麦屋(最近出来た店で初めて入る)にてビールと日本酒を飲みながら話を聞く。自分の会社とコラボできそうな案件がありそうだ。彼も苦労しながら自分の道を歩んでいる。頑張れ! 今日もサンドイッチにする。何時もの卵&野菜と好評のポテト・ツナ、それにカッサンドにする。トンカツは佐賀の酵素豚である。この豚は3~4年前から佐賀の知人に紹介されて毎月のお取寄せ品。癖がなく美味い。昨夜のカキご飯が残っているので、これをおにぎりにしてK君用にする。旬の味を味合わせてやろう。(このカキは、広島在住の後輩が、毎年この時期に送ってくれる。有難い) そんな訳で、盛沢山の量となった。さて、お味は

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変り種オムスビ

2008-12-03 | Weblog
12/3(水)明方に目覚める。そのまま本を読み朝を迎える。
何時ものように6時起床、4合の飯を炊く。今日の弁当は、おにぎり。
パターンをかえて、具材に牛肉、海老を使うことする。それに定番の鮭・おかか。

肉は焼肉風に、海老は名古屋名物とやらの「天むす」風を目指す。
海老は下味を付けて揚げる。(揚げ物はど~も上手くいかない)
おかずにウインナーとジャガイモのフライを付ける。

写真は、4合の米を全てオニギリに仕上げたもので~す。
蛇足だが、昨日のサンドイッチは好評だった、ようだ?
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其々の好み

2008-12-02 | Weblog
12/2(火) 今日の弁当はサンドイッチとすき焼きの二種類となる。

昨夜、10時過ぎに帰宅し娘達に今日のメニューの希望を聞くと、サンドイッチ、オムライスと云う。妻は、私が提案したすき焼き弁当でいいと言う。調整の結果、サンドとご飯ものの二種とする。

6時前に起床し、卵・ジャガイモを茹でる。キャベツとセロリを刻む玉葱の薄切り。ツナ缶を取り出す。
サンドイッチは、ツナ、ポテトサラダ、タマゴの三種類を作る。
一方で、玉葱・蒟蒻・きのこを具材に肉を煮る。すき焼き弁当とする。
味見をする、何れも自分好みの上出来だった

今朝は何とかK君に会うことが出来、サンドイッチを渡せた。昨日は出社が遅れK君用のオニギリ自分で食べてしまいお陰で食べ過ぎとなる。
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