一体自分は、どれだけ自分のことを知っているのだろう。
自分からみた私。こうありたいと思う自分。
人から見た私。 人からこう思われたいと思っている私。
自分でも知らない、人も知らない私・・・
まあ、それを敢えて知ろうとしなくても、生きては行ける。
特にキライな自分は、どこかへしまい込んで置いた方が楽でもあるし。
でも、何かを表現しようとすると、見たくない自分にも出会ってしまう。
いや、出会うことができる。
それは幸い
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見たくない自分を知ったならば、そこを攻めればいい。
それも自分なのだから。
隠すのではなく、否定するのでもなく、受け入れる。
だって、自分から逃げようとするから苦しくなる。
見たくなかった自分に出会えたら、それを生かそうと思った方がいい。
あるがままに。
どんな自分だっていいじゃない
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あるがままに
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そう思えた、そこからがスタート。