(はがき)
前回の絵手紙教室で、中村さんの作品を参考に。
僧の輪を金(黄)で描いたら「修行僧だからと、私は銀で描いてみたんですけどね」って
ちょっと全体が左側に寄っちゃったので、右側に空の色をすーっと1本引いてみた。
禅語の「獨坐大雄峯」 どくざだいゆうほう。 (この言葉は何度か登場しとりますが)
大雄峯を前に独りここに座っているという意味なんだけど
つまり「私がいま、ここに一人座禅をしていること」
それは、毎日自分自身でできること、したいことを行っている、
こんなすばらしいことはあるだろうか、
そう、それが人生でもっとも素晴らしいことぜよ、っていう意味でもあると
今日の参考:
『こころ休まる 禅の言葉』 龍源寺住職 松原哲明 監修 河出文庫
実際にその場に行けなくても、心に描くこと、
日々起きる出来事に惑うことなく、諦めずに坦々と淡々とただ繰り返すこと、
そこに沸く、ほんのわずかな自信や満足が、次の自分を示してくれるかも、ってね
このブログだって、毎日更新するのはしんどいなって思う日もある
でも、何かひとつやり続けることができたら、また別な何かができるような気がして。
毎日をこつこつと。
背中の輪は銀でも金でも、どっちでもいい気がしてきた
前回の絵手紙教室で、中村さんの作品を参考に。
僧の輪を金(黄)で描いたら「修行僧だからと、私は銀で描いてみたんですけどね」って

ちょっと全体が左側に寄っちゃったので、右側に空の色をすーっと1本引いてみた。
禅語の「獨坐大雄峯」 どくざだいゆうほう。 (この言葉は何度か登場しとりますが)
大雄峯を前に独りここに座っているという意味なんだけど
つまり「私がいま、ここに一人座禅をしていること」
それは、毎日自分自身でできること、したいことを行っている、
こんなすばらしいことはあるだろうか、
そう、それが人生でもっとも素晴らしいことぜよ、っていう意味でもあると


『こころ休まる 禅の言葉』 龍源寺住職 松原哲明 監修 河出文庫
実際にその場に行けなくても、心に描くこと、
日々起きる出来事に惑うことなく、諦めずに坦々と淡々とただ繰り返すこと、
そこに沸く、ほんのわずかな自信や満足が、次の自分を示してくれるかも、ってね

このブログだって、毎日更新するのはしんどいなって思う日もある

でも、何かひとつやり続けることができたら、また別な何かができるような気がして。
毎日をこつこつと。
背中の輪は銀でも金でも、どっちでもいい気がしてきた
